第29話 第二章 『さあキスをしよう! 話はそれからだ』(20)

「だ・か・ら! 私がこうしてついてきたんでしょう!」「『大王の血脈』を護るって言っても、まず、日々生きていけなければ意味無いのよ?」

 ぐぬぬ・・・めちゃめちゃ当たり前のことを言われて、ぐぅの音も出なかった。

 現に、さっきも空腹で行き倒れそうになってたしな・・・。

 くそ、浅はかと謗られても仕方がない。

 セクメトナーメンは、ようやく表情を緩めて寄ってきて、妾の手を取り自らの頬にあてがう。

「心配しないで、クレオパトラ。わたしが来たからには日常生活も魔術も、ぜーんぶサポートしてあげるから」

 とか言いながら、妾の手に自らの頬をすりすりしてくる。

「あ、ああ」

「わたしのクレオ・・・よかった、こちらの時代に来てから少し探したんだから・・・」

 セクメトナーメンは、安堵の表情を浮かべ(ここまではよいのだが)、すりすりを止めようとしない。

 そうこうしているうちに、すりすりしながら恍惚の表情を浮かべている。


 ・・・そうなのだ。

 セクメトナーメンは幼いころから一緒だったせいか、妾に対し過剰な母性愛を示す傾向がある。

 もちろん妾は慣れているし、ついてきてくれたのは・・・正直、ありがたいと思う。

 なにしろ戻ることの出来ない未知の世界に、わが身を顧みず、一緒に飛び込んできたのだから。

 だが、

 ちょっとタイミングが悪い。

 いまは背後にハチがいて、こちらを覗き込んでいるのだ。

 なんとなく肩越しに分かる彼の表情は・・・突然の登場人物のちょっとおかしな行動に驚くのを通り越して・・・引き気味だ。

 むぅ。

 ようやく食事を機に、彼とも打ち解けムードが芽生えつつあるのに、これではなんかややこしくなってしまう。

「わ、わかった。セクメト・・・その・・・ありがとう・・・だから、この手はもういいか?」

 と言うや否や、手を強引にひっこめた。

 セクメトは「あっ」とか言いながら残念そうにこちらを見るが、容赦なくひっこめた。

 ・・・いつものパターンで、甘やかすと永遠に続くからな。

 こういう母性愛が出まくるときだけは、どっちが年上だか分からなくなるよ・・・。

 ◇◇

「あのな、ハチ・・・彼女がさきほど話に出てきた、侍従長のセクメトナーメンだ」

 くるりと俺のほうを向いて、クレオパトラが慌てて説明する。

「セクメト、彼はヘイハチロー・サイゴー・・・『大王の血脈』だ」

 セクメトナーメンと呼ばれた新手の美女は、まじまじと俺を見ている。

 ううむ、本当にセクメトナーメンと呼ばれる女性まで登場するとは・・・偽物にしては手が込みすぎている。

 しかし、それよりも思わずちょっと引いちゃったよ・・・まぁ、無理もないだろ?

 だって、クレオパトラに負けていないかもっていう美女が・・・クレオパトラの手をすりすりして、恍惚の表情を浮かべるんだぜ?

 ・・・・

 なんと残念な美人さんなんだ・・・。

 結果、実に不可解な『一見すると古代エジプト美女』が、さらにひとり増えちまったってワケだ。

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