第28話 第二章 『さあキスをしよう! 話はそれからだ』(19)

 ◇◇

 ようやく彼の住まいという家屋の前に着いたところで、妾は足を止めた。

 階段の脇の影から、誰かがこちらをうかがっているのだ。

 咄嗟にハチの腕をぐいっと引いて、妾の身体の背後に寄せる。

 タダモノではない。

 僅かだが、魔術らしき波動を感じる。

 妾の様な最強術者でないと感じないほど・・・僅かなものだが。

 逆に言えば、これほど僅かな波動しか出さないとは、見事と言えよう。

 ハチはいきなり引っ張られ、何か言おうとしたが、すぐに妾の緊迫した雰囲気を読み取り黙っている。賢明だ。

 聖槍を取り出す詠唱をと思った、その瞬間・・・!

「クレオ、ようやく見つけたわよ!」

 人影がスッと出てきて、腰に手を当ててこちらをちょっとだけ睨んでいる。

 驚いた。

 口から心臓が出そうになるとは、まさにこのことか。

 妾より少しだけ高い身長。

 妾より少し控えめなバスト(えっへん!)、だが、均整の取れた美しいプロモーション。

 そこにいつもと変わらぬ落ち着いた色合いの、チュニックドレス。

 妾と似たような栗色のセミロングヘアーを柔らかに束ねた髪型。

 そして、ちょっとだけシャープな顔つき・・・。

 そう、それはもう、良く知ったる人物だったのだ。


「・・・セクメトナーメン、どうして・・・おまえが、ここ・・・に?」


 妾は絞り出すように、それだけ呟くと、

「どうして? ですって?」

 あ、やっぱり、なんか怒っているな・・・セクメトのやつ。

 いやいやいや!

 それよりなぜここに?

 ・・・だが、すぐさま思い出した。

 術式を発動し、空間が歪んで妾が未来へ跳躍する寸前、誰かが飛び込んできたっけ。

 あれはセクメトだったのか!

 しかし、そんな分析を即座に一蹴するように、彼女が大声でまくし立ててくる。

「心配だからに決まっているでしょう!」

「む、何を心配することがある! 妾は誇り高きマケドニア騎士団長なのだぞ。どんな敵にも後れを取ろうはずがない!」

 セクメトナーメンは、ちょっとだけ眉を動かし、

「武術や魔術についての心配なんて、あるわけないでしょう?」

 むむむ、まだ語気が荒い。

 じゃあ、なんなのだ。

「心配なのは、日常生活に決まっているでしょう!」

 ・・・・。

 そう来たか。

 そこを突かれると痛い。

 しかし、そもそも騎士団長という以前に、ファラオとして生きてきたのだぞ?

 国事はこなしてきたが、日常生活の身の回りのことは、全て侍従長以下の小姓たちに任せてきたのだから、出来る訳が無かろう。

「セクメト・・・妾は騎士団長以前にファラオなのだぞ? 身の回りのことなど出来ないのは仕方がない、それも覚悟をしてきたのだ」

 我ながら完璧に、開き直った。

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