第10話 第二章 『さあキスをしよう! 話はそれからだ』(1)

 第二章 『さあキスをしよう! 話はそれからだ』


【西暦二〇二一年三月 イスラエル共和国 エルサレム】

 ここ中東の中核都市エルサレムでは、三月といっても緯度の関係でもう暑い。

 何しろ日差しが強いので、すっかり夏ではないかと思うくらいだ。

 俺は汗を吹き出しながら、街中を歩いていく。

 中東の都市は、似たようなところがあるが、大抵煉瓦か石積みが白に塗られているという住居が多い。築百年以上などザラなのだ。

 東京で見るようなビルは、都市部の中でも戦後再開発された区画に多く見られるが、俺は昔ながらの日干し煉瓦の建物を見るのが好きだ。

 しばらく歩くと、目的地であるエルサレム工科大学のキャンパスに入る。

「サイゴー! こっちよ」

 すぐ向こうには、俺が師と仰いでいるアメリカ合衆国ボストン大学、文化人類学部のキャサリン・ホワイト教授が笑顔で手を振っている。

 Tシャツにジーンズというラフな格好で、年のころは四十代半ば。

 背が高い痩せ形で、フィールドワークが多いせいか女性の割には日焼けしている。そのため金髪のセミロングをなびかせてはいるものの、学者というにはかなり精悍なイメージだ。

 考古学と一口に言っても、民族考古学・歴史考古学など多岐に分かれており、アメリカ考古学会においては、人類学の一部であるというのが主流である。

 よってホワイト教授も文化人類学部所属となっているが、専門はシュメール文明だ。

 おっと、自己紹介が遅れちまったな・・・。

 俺の名は西郷平八郎、十九歳だ。

 普通は大学生になりたて、という年齢だが、俺は高校からスキップ(飛び級)を重ねており、すでに理論物理や生命科学、工学などの博士号(Ph.D)をいくつか持っている。

 だが反面、本当にやりたいことがなかなか見つからず、自分を持て余し気味だった。

 自分のキャリアを、この後どう進めていけば良いか・・・とか。

 ところが昨年、あるきっかけがあって米国ボストン大に留学したところ、そこで考古学と出会った・・・自分の中ではまさに「これだ!」と感じた。

 そこから、ホワイト教授の研究室に所属し、いまは教授と共に人類文明の起源ともいえるシュメール文明の研究に打ち込んでいる。

 今回は、最新鋭の年代測定法を開発中というこのエルサレム工科大学に、教授の随行(っていうか実質身の回り全般を請け負う付き人だな)として、共に滞在しているところだ。

 まあ、空いた時間は神殿の丘を始めとする貴重な遺構も調査出来るし、滞在経費は大学持ちなので、まったくもって悪くない話なんだ。

「ハチ、頼んでおいた文献のチェック終わった?」

 いつものようにホワイト教授が軽く聞いてきたけど、量が多いし、リファレンス(参考文献)の確認が多いんで大変だったんだけどな・・・。

 まあ、ひと工夫したから終わったようなものの。

「終わりました。一時間ほど前にようやく、ですが」

「期限が守られれば、何分前だろうとオッケーなのよぅ」

「ははは・・・じゃあ後でラボのサーバーに転送しときます」と言って、そこで別れようと思ったのだが・・・。

「あ、ちょっと待って」

 教授は、にやりと笑って聞いてくる。

(うわ! この笑顔・・・イヤな予感しかしねぇ!)

「念のため聞いとくけど。リファレンスの検証も終わったのよね?」

 ふっ、そう来ると思ったぜ。

「もちろんです」

「じゃ、さっそく地層関連から見ようかなっ」

「ええっ?」

 そりゃ驚くわ。

 しかも、俺は顔に出やすいんだよ(ポーカーとか絶対ダメなタイプ)・・・。

 文献には、主に『土器の分析』『シュメール言語体系』『古代の地層分析』の三種類あって、俺の予想では、教授は『シュメール言語体系』から読み始めると踏んでいたからだ。

 なぜなら教授は、自分の一番興味のあるジャンルから手を付けるという癖があるからだ。

 ほらよくあるだろう?

 メシを食う時、好きなおかずから食っていくってやつ。あれと同じだよ。

 だから、教授の好きなテーマである『シュメール言語体系』のリファレンスをとりあえず提出し、残った二種類については今晩にでもチェックして、それをあとでこっそりサーバーの中に突っ込んでおこうと思っていたからだ(つまり、いまはまだ出来てナイ!)。

 それを『古代の地層分析』からだと!

 一番後回しにしそうだと思ったやつじゃんか! くそっ・・・。

 脂汗が垂れてきちまったぜ・・・。

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