第3話 第一章 『世界を統べる騎士団長は、決断を下す』(1)
第一章 『世界を統べる騎士団長は、決断を下す』
【紀元前四十九年五月 プトレマイオス朝エジプト王国 首都アレクサンドリア】
まもなく初夏になろうとする古代都市アレクサンドリアは、すでに熱気を含んだ風が吹き、周囲の砂漠から砂を運び込んでは巻き上げ、視界を悪くするほどである。
地中海に面したアレクサンドリアは港湾も整備され、地中海各地からの交易が盛んであり、地中海一の繁栄を謳歌している。
既に人口は百万とも二百万ともいわれ、まさに世界的な大都市である。
またナイル流域を中心とした一大穀倉地帯を背景に、交易と共に世界最大の経済中心地でもあった。
為政者であるプトレマイオス朝は、かのアレクサンドロス大王の側近であったプトレマイオス一世が二百五十年ほど前に開いた王朝であり、大王が力を入れて建設したこのアレクサンドリアを首都としている。
だが、経済的に豊かなプトレマイオス朝ではあるものの、一番の特徴は、やはり学術であろう。
王朝の開祖プトレマイオス一世は、私財を投じ、世界最高峰の学術研究施設ムーセイオンをここに開いた。
そして、古今東西あらゆる文献、そうまさに『人類の智の集積』とも言うべき大図書館も併設したのだ。
このムーセイオンには、幾何学のエウクレイデス、地理学のエラトステネス、数学や物理学のアルキメデスなど後世に名を残す賢人たちが集い日々研鑽を重ねていた。
彼らの下で、文学・幾何学・天文学・物理学・医学などが大きな発展を遂げ、人類叡智の大きな前進に寄与したのである。
このように、プトレマイオス朝というのは歴史上はじめて、武力ではなく智力によりその力を維持しようとした王朝なのである。
これも、かのアレクサンドロス大王の血が色濃く反映されているためともいえよう。
大王は占領統治地域の融合に熱心であり、そのためには文化レベルでの交流を促進する必要を重視していた。つまりは、学術重視の姿勢である。
そしてプトレマイオス朝開祖のプトレマイオス一世は、大王崩御の際にも付き従っていた側近中の側近だった。そのプトレマイオスは大王の考えを受け継ぎ、学術重視の環境を整えたのである。
それが学術の殿堂『大図書館』や、研究施設『ムーセイオン』も持った文化の世界的中心地であった。
しかしプトレマイオス朝が大王から引継いだものは、学術だけではなかった。
・・・・そう、歴史上には表れていないが、学術より遥かに重要なものを引き継いでいたのである。
◇◇
妾(わらわ)の名は、クレオパトラ七世・フィロパトル。
このプトレマイオス朝エジプト王国のファラオ(統治者)である。
つまりは女王だ。
「ぐあー、暑い! なあセクメト、ここには男がいないから・・・脱いでいいよな?」
まだ五月なのだが、赤道も近いこの地では日差しも強く、すっかり夏本番と言ってもいい。
柄にも合わず(妾は体を動かす方が好きだ)、首都アレクサンドリアの大図書館に一か月ばかり逗留し、人生最大ともいえる懸案に向き合っている。
・・・のだが、そもそも図書館という構造上、窓を大きくして書物を痛ませるわけにもいかないので、とにかく中がクソ暑いんですけど!
さすがに耐えきれなくなり、来ているチュニック(綿製ワンピース)を脱ぎにかかる。
「クレオ・・・これでも図書館の中は割と涼しい方だし、風も入っているでしょ? 我慢出来ないの?」
といわれたものの、すでに妾は我慢の限界を超えたので、さっさと上半身肩口から脱いでしまった。
妾自慢の豊満なバストが、これでもかと言わんばかりに、たゆん、と姿を現す。
よしよし、毎日チェックしているが、張りがあって大きさも形もバッチリだな。
我ながら美しいバストだ。
完璧なプロポーションじゃないか。
侍女にもらったタオルで上半身の汗を拭うと、ようやく少しスッキリした。
ふふん。
これで、どこぞの素敵な殿方でもいれば、妾のボディーにイチコロであろうに・・・。
いっそのこと全裸になってしまおうか。
「いくら女性のファラオがいるから男子禁制にしているとはいえ・・・ちょっとはしたないわよ?」
書架に掛けた階段に腰を下ろす妾に意見するのは、セクメトナーメン。
妾が幼少期から、姉妹のように過ごした四歳年上の侍従長。
妾の家庭教師でもあり、軍事教官でもあり、そして唯一無二の大切な友人でもある。
目鼻立ちがきりっとした顔立ちはとても美しく、ムネは妾のほうが大きいものの彼女のほうは背が高くて均整の取れたスタイルだ。そのうえ才知に長けている。
妾のことを愛称で呼ぶのも、厳しい意見を言うのも、すべて許されるのは彼女だけ。
「いや、だって暑すぎるだろ・・・それより、該当しそうな資料はこれでいいな」
書架から目当ての資料をセクメトに渡していたのだが、今のでお目当ての物が揃ったはず。
階段を下りて、大理石の巨大なテーブルを見る。そこには山のように積んである書物がある、これからこいつらを読み漁って大切なことを調べねばならない。
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