第2話 序章 『かくして【大王の血脈】は、美貌の騎士団長に出会う』(2)

【紀元前三三四年 アルゲアス朝マケドニア王国占領下エジプト アレクサンドリア】

 かつて世界帝国を成し遂げた偉人がいる。

 その支配者の名は、アレクサンドロス三世。

 紀元前四世紀のアルゲアス朝マケドニア王国の王であり、人類史上名高い『アレクサンドロス大王』、その人である。

 彼は、戦略・軍事・統治の天才であり、ギリシャ・メソポタミア・エジプト・ペルシャという地中海沿岸全域から中東のすべてを征服した。

 これは当時においては、『世界制覇』に他ならない偉業であった。

 だが、アレクサンドロス大王は軍事に長けて世界を制覇しただけではない。

 異なる文化地域をまとめあげたうえに融和を進め、さらに通貨の共通化などの施策により経済革命を起こし、卓越した統治能力をも示したのである。

 まさに、アレクサンドロス大王は『世界を変えた』のであり、歴史上の多くの偉人から、なおも大英雄として崇拝されているのである。

 大王の足跡は、古代とはいえ割と残っている。

 討伐に赴く期間が長く、その戦歴が足跡としてそのまま記録されているからである。

 だが、その大王の経歴に空白の数年間がある・・・歴史は伝えていないが、その空白期間に重要な秘密があったのだ。

 その秘密は大王の野望に大きく貢献しており、その秘密の力があればこそ、あれだけの短期間に世界制覇を為し遂げることが出来たのだ!

 それは四年前に遡る。

 まだ大王と呼ばれる前の若き十八歳の青年アレクサンドロスは、父王ピリッポス二世の東方遠征に同行している途中の小アジア地方で、ある重大な発見をしたという。

 それは石窟の寺院跡に宿をとったときのこと。

 大王は夢を見た。

 荒唐無稽と思われた夢であったが、なぜだか大王は無視出来ず、夢のとおりに石窟の奥に進み、大量の粘土板を発見した。

 粘土板には図形と文字がぎっしり刻まれており、しかし全く読めない代物だった。もちろん普通であればそのまま捨て置いたであろう。

 しかしこれも夢のお告げのとおり持ち帰り、当時建設したばかりの大図書館に持ち込んだ。その後彼は、アレクサンドリア派の学者たちの力を結集し解読を試みた。

 解読はかなり難航したが、一年後、大図書館に収蔵されていた太古の文献を基に読み解くことに成功した。

 それは、驚くべき成果だった。

 大王が、読み解いた内容を詠唱すると共に、人類がかつて手にしたことが無いであろう不思議な超常事象を起こすことが出来た。

 嵐を起こし、稲妻を落とし、水で消すことの出来ない不思議な火炎を吐き、一瞬にして山を越え、空を駆ける。

 そして海の水を退けて海底に道を作り、軍艦を空中に持ち上げ・・・というように、あらゆる人知の及ばぬ事象を引き起こすことが出来た。

 これ以来大王は、父王の軍事遠征に同行せず大図書館に駐留し続けて、解読と習得に専念した。

 こうして大王はこの人知の及ばぬ力を身につけ、これを『魔術』と称した。

 アレクサンドロス大王自ら、魔術師の始祖となったのである。

 だが彼は支配者らしく、自ら身につけるだけではなく、この力を部下につけさせることを考えた。術式を体系化し、他の者でも使役出来るように考えたのである。

 そして大王自らメンバーを選出し、魔術師となるべく秘儀を伝え、魔術を使役出来る秘密結社『マケドニア騎士団』を結成した。

 マケドニア騎士団は、大王の期待にたがわぬ活躍を見せ、世界帝国建設への尖兵となったのである。


【紀元前三三二年六月 アルゲアス朝マケドニア王国占領下ペルシャ バビロン】

 古の時代、メソポタミア地域のユーフラテス川沿いに建設された都市バビロンは、かのハンムラビ法典を制定したハンムラビ王の時代に一大都市に成長した。

 その後アッシリア帝国やアケメネス朝ペルシャの滅亡を経て、新たなるこの時代の支配者は、この都市を自らの新王朝の首都と定めた。

 不思議な粘土板の知識を吸収し、自ら魔術師となり、マケドニア騎士団を率いて世界帝国を成し得た『支配者アレクサンドロス大王』。

 歴史は伝えていないが、わずか数年で世界を統べた裏には、こうした魔術の恐ろしき力があったのだ。

 その大王も、長きに続く遠征の果てに、とうとうこのバビロンの地で最期を迎えようとしていた・・・。

 だがそれは、歴史が伝える病によるものではなく、被征服民である蛮族による暗殺でもなかったのだ。

「プトレマイオスよ・・・『影の者たち』はどうした?」

 大王はすっかり生気を失った瞳で、側近である将軍プトレマイオスに問う。

「陛下、ご安心ください。駆逐に成功しました」

「・・・そうか、それで・・・『闇の粘土板』の封印は? うまくいったか?」

 大王は気力を振り絞り、最も気になっていたことを問う。

 ・・・そう、この歴史上もっとも偉大な大王が、その強大な生命力を賭して臨んだことだ。

 別の側近アンティゴノスが答える。

「ご安心ください、無事陛下の術式により封印がなされました。これで長きにわたり陛下の世界帝国は破滅の危機から救われたことになります」

 大王は安堵し、静かに目を閉じた・・・。

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