おしかけ彼女がクレオパトラって本当ですか?

如月瑞希

第1話 序章 『かくして【大王の血脈】は、美貌の騎士団長に出会う』(1)

 序章 『かくして【大王の血脈】は、美貌の騎士団長に出会う』


【西暦二〇二一年三月 イスラエル共和国 エルサレム】

 ここ中東の中核都市エルサレムでは、三月といっても緯度の関係でなかなか暑い。

 何しろ日差しが強いので、もう初夏ではないかと思うくらいだ。

 俺は汗を吹き出しながら、街中を歩いていく。

 中東の都市は、似たようなところがあるが、大抵煉瓦か石積みが白に塗られているという住居が多い。築百年以上などザラなのだ。

 東京で見るようなビルは、中東戦争後に再開発された都市部に多く見られるが、俺は昔ながらの日干し煉瓦の建物を見るのが好きだ。

 俺、西郷平八郎は米国ボストン大の考古学研究生として、師事している教授に従いこの地のエルサレム工科大に留学している・・・のだが。

 先ほどから怪しげな男達に追われている。

 もちろん、理由なんかわかりゃしない。

 見た目が異様で、明らかに周囲から浮いている。

 この中東の気候で黒いマントに身を包み、フードの奥深くには顔・・・というより、なんというか闇のような漆黒があるのみ。つい先ほど街角で出くわしたと思ったら、いきなりこっちの腕をつかんできやがった。

 それも凄まじい力で。

「おまえが『大王の血脈』・・・だな?」

 はあ?

 ・・・いきなり意味不明の言葉吐いてきやがった。

 不気味なうえに、アタマがイカレてやがんのか?

 大王だか何だか知らんが、本能的にヤバイと感じて、咄嗟に相手を振り払って突き飛ばしたのだが、その瞬間相手の顔を覗き込んでぞっとした。

 そこにはやたら細長い顔・・・たぶん顔だろう。

 たぶん、というのは青白い顔色のせいで、フードの闇に溶け込んでハッキリしないからだ。

 だがかろうじて見えるのは、やたら細く青白く・・・不気味な顔だ。

 暗いフードの中からは、ぎらぎらした大きな吊り眼が見えるだけ。

 それに、掴まれた瞬間そこに凄まじい殺気を感じて、この暑気の中にもかかわらずぞっとした。

 武道の達人でもない俺がはっきり感じる殺気って・・・どんだけなんだよ!

 なんで追われなきゃならないんだ!

 俺は単なる一介の学生なんだぞ!

 どこぞの秘密工作員でもなんでもない!

 ワケわかんねぇぞ!

 俺は街中の喧騒や人込みを利用して逃げ回ったのだが、なぜか角を曲がると先回りされている。

 そもそも、こんな異様な連中なのに人込みの誰も注意を払っていない気がする!

 どういうことだ?

 まずいことに、この気持ち悪い輩はどうやら一人ではなく、何人も街中に潜んでいたらしい。

 そうこうしているうちに・・・俺は、とうとう行き止まりに追い詰められた!

 小説で主人公がピンチになるという、よくあるパターンだぜ・・・。

 だけど、これはリアルだ。

 どうしようもない。

 まずい!

 すでに不気味なフードの連中は、六人ほど俺に詰め寄ってくる・・・。

 もうすっかりパニクっちまって、アタマん中も真っ白だ!

 どうする?

 ・・・・

 一瞬の間(だと思う)。

 ・・・・静寂だ。

 そんなはずはない、のだが。

 白昼の市街地、喧騒の真っただ中のはずなのだが。


 俺の目の前には、ストップモーションのように切り裂かれるフード男が! 

 突如奥から現れた人影が、フード男たちの間を次々と舞い、次から次へと切り裂いていく!

 アタマが真っ白だった俺が、その人影のあまりに流麗な動きに見惚れてしまったほどだ。

 蝶のように舞い・・・っていうのは、こういうことか?


 完全にいくつもの肉片に切り裂かれた死体が折り重なり、血飛沫が飛び、大量の血溜まりがあっという間に出来ていく。

 ツンとむせるような血の匂い・・・惨劇・・・。

 静寂の中、すべてのフード男を切り裂いたその人影は、ゆっくり俺に近付いてくる。

「☆〇△・・・・□◎▽※・・・?」

 とても美しい声だ。

 逆光になっていてすぐにわからなかったが・・・この声は・・・女性?

 凄惨な殺戮行為とかけ離れたその鳥のように美しい声に、俺は訳が分からず混乱し、ただ声のするほうを呆然と見ている。

 だが・・・話している言葉がぜんぜん分からない!

 こう見えても考古学で海外経験が豊富なんで、英語をはじめ数か国語を操れるんだが。


「そなたが『大王の血脈』なのか・・・?」

 あれ? 急に言葉が通じたぞ?

 またしても俺が動揺していると、

 声の主は優雅に微笑み、そして・・・

 こう言ったのだ。


「さあキスをしよう! 話はそれからだ」

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