第9話
「ここで連絡を取ったら、それはケンジくんに真剣にアドバイスしてくれている友達を裏切る行為でもあるんだよ。連絡を取るようなら、アドバイスくれた友達を失うことを覚悟したほうがいい。」
よしの先生は、ヴォーカル・レッスンの先生だった。
優しくて、朗らかで、教え上手で、本当に大好きな先生だった。
いつしかプライベートでもよく遊ぶようになっていた。
男だけど、尊敬と友情心が相まって大好きだった。
大晦日の夜に、どうしても未練を断ち切れない女性のことをよしの先生に相談していた。
よしの先生は、自分の過去も教えてくれた。
~~~
自分と同じくらいの年齢のときに、同じようにどうしても別れたことを受け入れられない相手がいた。
「結局自分のことしか考えてないんだね」別れるときにそう言われた。
どうしてあんなことをしてしまったのか、やり直せることならやり直したい。
何度相手に連絡を取って、復縁をお願いしようとしたかわからない。
いろんなツテを当たって、相手ともう一度仲良くなれるような、交友関係をどんなに手繰り寄せようとしたかわからない。
でも友達に言われた。「連絡を取らない方がいい」
連絡を取ることは、その友達のことを裏切ることだと思った。
連絡は取らなかった。
同じ音楽業界だったから、ごくたまに仕事ですれ違うことがあった。
でも相手は、何も気にしていない。
いつも通りに声をかけてくる。
辛かった。
自分の想いを伝えたら、その関係も壊れてしまう。
だから連絡は取らなくてよかったんだって、何年も経った今になって思う。
友達のアドバイスを守って良かったって思っている。
~~~
「だから、ケンジくんにも、本当にケンジくんのことを考えて、アドバイスをしてくれる友達の意見を裏切って欲しくない」
「ここで過去を振り返らずに、前を向けるかどうかに、ケンジくんの未来がかかっているんだよ」
「人は好きになるには、時間がかかるけど、『嫌だ』って思うのは一瞬で、しかもそれをひっくり返すのはほとんど無理なんだよ」
「覆水盆に返らずと言うでしょう」
どれも自分には、辛い言葉だった。
僕は、どうしても朝早く目が覚めてしまい、冷めた頭でどうしようもない焼かれるような後悔に押しつぶされるんだ、と弱音を言った。
「同じだよ。」
「もう別れてから何年も経った今でも、相手を夢に見るんだ。」
「起きたときに夢だったと気づいて絶望する。」
押しつぶされそうなとき、どうしたらいいのでしょうか、と僕は聞いた。
「変な話だけど、心の中に相手を作って、『みて、いま僕はこんなに人間として成長したんだよ』って言っているよ」
それは、僕も心当たりがあった。
仲が良かった頃の彼女だったら、今の自分を見たらなんていうだろうか。
『ほんと救いようのないバカね。きっと相手の方が傷ついてるわよ。まぁでも、くよくよしてても仕方ないじゃない。結局縁がなかったのよ。また新しい人探して頑張りなよ。そんなものよ。私の知り合いでも、そういう話あったわ。~~って子が...』
そんな風に言ってくれそうだった。
僕は彼女のそういうくよくよしないところが好きだった。
よしの先生の、目に熱がこもってきた。
「僕は本当にケンジくんのこと、特別な人だと思っているよ。」
「もっと自分に自信を持ってほしい。」
「狭い世界にとどまるような存在じゃない。」
最初は嬉しかった。男友達にこんなことを言ってもらえるなんて、、、
でも、だんだん違和感を感じた。
「よくケンジくんは『男だから、女だから』とかいうけれど、そんな決まりごととかは、ケンジくんには関係ないよ」
「僕はケンジくんのこと大好きだよ。」
「ケンジくんはセクシーだ」
最後あたりはボディタッチも増えてきた。
「なにか聞きたいことないかい?」「なんでも答えるよ」「こんな日なんだ、無礼講だよ」
「先生は、... ストレートなんですか?」
「いや、僕は両方いける」
「男の人とも、女の人とも付き合ったことがあるよ」
そういうことだったのか。
... .... ....
その日は言葉に気をつけて丁寧にお別れした。
女性にアプローチするときは、まずは好きになってもらい、それから相談に乗ったりして「和む」、それから体の関係に持ち込むものだ。
よしの先生も結局は体目的だったのかな、と思うと、さみしい気持ちだった。
ただなかなかない経験にはなった。
体の関係をアプローチされたときの、女性の気持ちが本能的に分かった気がした。
誘うときは、堂々と、少し笑いを挟むくらい余裕を持って、でもあけすけじゃなくて、さりげなく、誘わないといけない。
そして、女性に、周りの女友達から見ても軽い女だと思われないような言い訳と、やり捨てされない安心を与えないといけない。
僕はその冬7回もデートして、最後の3回のデートで体の関係をアプローチしたけれど、連続で断れてそのまま音信不通になった女がいた。
気持ちがよく分かるような気がした。
自分が体の関係をアプローチされて、ごく自然とわかった(笑)
「ここで体を許したら、もちろん共通の知り合いはいないから、どこにも話は漏れないだろうけど、周りから見て、自分はどう思われるんだろうか?」
女性じゃないから、やり捨てされる恐怖心はなかったけれど、「乱暴されるんじゃないかな」と怖かった。
体の関係にはならなかったが、本能的な感情として、女性の気持ちがわかった気がしたのだった。
クリスマス・キャロルに思いを馳せて @i_love_you_both_good_and_bad
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