普通と異常に揺られる私のクリスマス

空海 陸(そらみ りく)

 

 今日は聖夜前夜、クリスマス・イヴだ。クリスマスというのは1年の終わりを告げる楽しい楽しいイベントだ。クリスマスが終われば、年越し、正月と楽しいイベントが続いていく。クリスマスの盛り上がりはすさまじいものだ。12月になるとテレビではクリスマス特集が組まれたり、街は綺麗な光で彩られ、人によっては数カ月前から交際相手に送るプレゼントに頭を悩ませたりしている。経済的な活動も活発になる。クリスマスをテーマにした様々な創作もあるくらいだ。クリスマスやクリスマス間近の世間、街行く人々はどこか浮かれ気分にみえる。

 憂鬱だ。大人になった私は……大人になる前の私もこんなイベントはくそくらえだと思っている。家庭に難があり、家を飛び出して貧乏暮らしをしている私にとってクリスマスにはいい思い出がない。この時期は憂鬱なのだ。特に学生時代の私にとっては最悪と言うたった二文字の言葉で表されてたまるかと言うほど嫌な時期だ。クリスマスから年越し、そして正月。最悪のコンボだった。今の様に自立して飲食店に行ける余裕があれば、ずっと外出していただろう。

 こうして今、クリスマス・イヴに低賃金バイトをしていて、考え事をしている自分はみじめに見えるが、気にしないことにした。

 サンタクロース? クリスマスプレゼント? 知らない名前だ。学生時代には嬉々として語られる「普通の人」にとっての幸せごとにはうんざりとしていた。彼ら彼女らを恨んでいるわけじゃない。「普通」は楽しい楽しいイベントなのだから。


 例えばテレビのドラマが恋をテーマにしたものでいろいろな人をきゅんとさせる感動物語。「普通」は楽しい視聴体験をできる。だが、愛した人に先立たれた人はどうだろう。愛した人が暴力をふるってくる野郎だったなんて言う経験を持つ人はどうだろう。そんな人にとってはただ辛いだけだ。だからといって、「普通ではない」自分が、「普通の人の幸せ」を邪魔することはできないのだ。ごく「普通」のことだ。そんな少数派のことを配慮しての表現なんてできるわけがない。「普通の人」の広範、公共の福祉を著しく損なうような表現以外は叩かれるべきではないのだ。何も移せなくなってしまう。幸せな家族は駄目。幸せそうに生きる独身は駄目。容姿がすぐれている人は駄目。容姿が劣っている人は駄目。人間は駄目。動物は駄目……きりがない。

 自身の感情、特に負の感情が源にある行動には論理性は保証されない。

 



 ああ、肩身が狭い。私は特に人を傷つけるつもりはない。働いて飯を食って趣味に走る。それだけで十分だ。やっぱり十分ではないが、それは置いておく。いやでも目に入って来るものがある。双方ともごく一部ではあるが「普通の人たち」と「異常な人たち」の戦いがはいってくるのだ。私は「異常」だ。分かっている。それも受け入れている。だが、「異常な人たち」が感情を隠した論理性の保証がない一見正しそうな空虚な正義を振りかざして、「普通の人たち」を攻撃している。「異常な人たち」はある意味排斥される、のけ者にされていることに慣れている。「普通の人たち」は慣れていない人が比較的多い。寄ってたかって攻撃されれば多大な不快感を覚えるだろう。「普通の人たち」が反撃するのも「普通」だ。

 

 ああ、やめてくれ。せめて攻撃する必要のない人を攻撃するといった理不尽をやめてくれ。私が「異常な人たち」を嫌う理由は理不尽に相手を傷つけるからだ。そもそも矛先がおかしい。傷つける、攻撃する対象を間違えている。たとえ「異常な人たち」が息苦しいと感じていても、それは自身に問題があるか、攻撃対象とは別のところに問題があるから、私は「異常な人たち」を嫌う。私は「異常」ではあるが「異常な人たち」の中にいるわけではない。また私が彼ら彼女らを嫌うのも「普通」だ。ここだけはいくら私が持つものでも「普通」であるはずだ。あいつらは「狂っている」んだ。

 私は「異常」だが、それをひた隠して生きている。好きなアニメ、漫画で二次創作を検索したら、公式のカップリングから、女性が排除されて、男性同士が恋愛しているものがあった。見たくないものを見てしまったと思うが、その表現にいちゃもんをつけようとは思えない。


 ああ、「狂えない異常者」はこんなにもつらいのか。この辛さを分かってくれる人はほとんどいない。私は「異常ではあるが、狂ってはいない普通をかぶった」人間だ。「普通」をかぶっているのだから当たり前かもしれない。だが、「普通の人たち」が「異常な人たち」に向かって振るう正論が私にまでダメージを与える。たとえ、「異常な人たち」を説得しようとしても意味がないのだろう。だって、彼ら彼女らにとって「異常こそが普通」であるのだから。それでも説得しようとすると、「異常な人たち」から寄ってたかって叩かれる。「普通の人たち」は手を差し伸べてくれない。そもそも説得なんでできるはずがないというオチまでついている。そんな光景を何度も見た。

 

 

 

 ああ、妬ましい、羨ましい。幸せそうな表情で街中を歩く人たちが。子供の頃の私は世界が極端に狭かった。広がった今では当時の自分が非常に馬鹿らしい。だが、もう遅いのである。こんな嘆きをしても「異常」を理解できない「普通」が私を苦しめる。「普通の人たち」が「全員」いい人かと言うともちろんそうではない。

 温かい家がある。家族に暴力をふるわれない。子供のころから食生活がしっかりしており健康的な肉体をしている。朝食昼食夕食と1日3食しっかりと食べれる。そしてなによりも何かに集中するときに自身だけではどうにもできない邪念が出てこない。これらのすべてが当てはまらないにせよ、努力をできた環境に生まれた「普通」の人間が「異常」であり勉強不足である私を叩くのだ。偉そうに「自分自身の力で身を立てた」といい自己責任論を展開するのだ。多くの人の前では周りには感謝するくせに。さらには「普通」の人間がわざわざ自身の鬱憤を晴らすために弱い者いじめをすると言うことすらある。


 ああ、くそくらえだ。「普通」の鎧を着た「化け物」めと叫びたくなる。だが、反論はできない。したとしてもむなしいだけだ。ほとんど相手にされないだろう。議論や話し合いは対等な立場にあってこそ成り立つ。相手が上なのだから、どうしようもない。反論しても意味がないのだ。なにより、どんな相手にせよ自分が「異常な人たち」と同一に見られるのが耐えられない。

 

 ああ、ずるい。少数派の苦しみは理解されない、いや理解されていたとしても配慮はされない。別にそれは「当然のこと」だ。だが、「狂えない異常者」にとってはこの世界はこの社会はあまりにも息苦しい。いっそ「狂える異常者」になれれば「異常な人たち」の仲間になれて、自分の居場所ができていいのかもしれない。「狂える異常者」の愚かさ図太さが羨ましくなってくるほどだ。

 

 ああ、人間が嫌いになりそうだ。私には人を理不尽に傷つけることはできない。自分がされてきて、十分に痛みがわかってしまうため、それを誰かに与えるのはできないし、そんなことをしてしまえば自分も苦しむ。「異常な人たち」そして「普通の人たち」のように他人を理不尽に傷つけることによって快感を得るなんてことはありえない。

「普通」であるいい人は同じく「普通」のいい人と関係を持つ。男女間であれば結ばれる。好き好んで「異常者」と付き合うことはしないのだ。「普通」とは何だろう。「普通の人たちたち」にとっての「普通」は「当たり前」であり、ほとんどの人に当てはまる。「普通の人たち」にとって「普通」というのは、私にとって本当にうらやましい。

 

 

 ああ、私は普通になりたかった。「異常者」に正義は成り立たない。「普通の人たち」が言う少なくとも私にとっては無責任な綺麗ごとにも従えない。一生この「異常という呪い」とうまく付き合っていくしかない。冬休み、クリスマス、年越し、正月、バレンタイン、春休み、ゴールデンウィーク、夏休み、海……こういう時期にはつい考えごとをしてしまう。これら以外の時期に好きなものにはまっても、必ず「異常な人たち」が侵攻してくる。汚い感情を込めた槍を持って突進してくるのはやめてくれ。私は異常を隠して透明になりたいのに、どうしても濁ってしまう。携帯に触れれば手軽にネットに接続ができる。ネットに触れる母数が増えた分、「異常な人たち」も増える。自分が素晴らしいと思った創作物の作者が「意味の分からない狂人的な感覚を持っており、スルーすればいいものをスルー出来ずに攻撃をするような異常な人たち」のせいで謝罪などをした日には最悪な気分になる。他者を平気で傷つけるような人は自省をしない。「普通の人たち」が「異常な人たち」を正論で殴っても、彼らには殴られたことすらわからない。また正論を見ずに攻撃されたことに反撃をする。議論、対話なんていうものじゃない。「異常な人たち」にとっては愚かな貴方たちに啓蒙けいもうしようといった立場を取っている。最底辺の人間のはずなのに。

 

ああ、ふざけるな。私は「異常」でも「異常な人たち」の一員ではない。くどいが、あいつらはくるっているんだ。自分が受けた理不尽を考えればよほどのことがない限り、その辛さを他人に味わせることなんてできるはずがない。結局は自分の快楽のために行動をしているのだ。割に合うのは「狂えない異常者」「健常者たろうと真に努力する異常者」なのだ。



「異常者」でありながら「異常な人たち」を嫌悪する私は「普通」に近づいているのだろうか。それとも、どこか遠い場所に進んで言っているのだろうか。

 

 自立した当初は「普通の人たち」にとっての楽しい出来事のときに、働くのが嫌だと思った。だが、今はその方がむしろありがたい。別に変な献身をする心持ではない。今も暴れている「異常な人たち」と自分は別であると思え、気が楽だからだ。低賃金の仕事だ。本当はもっといろいろと楽しいことをしたい。温泉旅行に気兼ねなく言ったり、綺麗な景色を求めて海外に行ってみたりもしてみたい。でも、「普通」になれなかった私にはそんな余裕がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くだらない思考をしているうちに仕事が終わる。まだ考えることはあったがこれくらいでいいだろう。いつものパターンでは結局最後には自己嫌悪に陥るのだ。帰り道を歩く。街中に「異常」がある。泣いている男性がいた。「普通の人たち」はどうするのだろうか。街行く人たちは彼に声をかけない。まあ、「普通」のことだろう。

 

「普通」になりきれない私は彼に声をかける。

 

「どうしたのですか? 風邪をひいてしまいますよ」

「すみません。放っておいていただけませんか? そのうち帰るので」

「分かりました。では、お気をつけて」

 うん、まあ、こんなものだ。都合よくいい男がいて、都合よく幸せになれるというようなまるでどこかの創作のようになることはない。

 

 街を歩く。この時期は時間が遅くても街が照らされる。きれいな光が私を浄化してくれているみたいで、イルミネーションは嫌いになれない。

 

 

 恋。諦めたものだ。そういえば、一度だけ告白されたことがある。「異常な私」にはできるものではない。たとえできたとしても高校生の頃の私はクソみたいな家に戻らないといけなかった。誰かの貴重な高校生活を私で埋めることはできない。自身の異常性を説明したら、拍子抜けするほど相手はあっさりと諦めた。どこか「それでもいい」と言う言葉を待っていた気もする。

 

 なんだか涙が出てくる。ベンチに座って、ふさぎ込む。少ししたら帰らないと、夜も遅いし。

 

「すみません。大丈夫ですか?」

 男性に声をかけられる。ナンパだろうか。そんな気にはなれない。

「いえ、気にしないでください。もう少ししたら帰るので」

 先ほどの男性を思い出して、同じように返答してみる。

「そうですか。先ほどはありがとうございました。なんとなく助けられた心地がします。20分前からずっとそうしていたので、気になってしまって……」

 どうやら声をかけてきた男性は先ほど泣いていた男性のようだ。

「最初から見ていたと言うことですか?」

「はい、あの後すぐにお礼を言おうと思って追いかけたのですが、声をかけられなくて。あっ、ココア! ココアをそこのコンビニで買ってきました。甘いの大丈夫ですか?」

「はい。いただいてもいいのですか?」

「どうぞ」


 缶のココアだ。感を持つと冷えていた手が温まる。とても暖かい。少し熱いくらいだ。彼の様子や間の状態からして、睡眠薬が入っているというようなことはないだろう。一口飲む。ああ、とても甘い。隣では彼もココアを飲んでいる。

「警告しておきます。私は異常者です。健全な人間ではありません。こうして対応しましたが、貴方に今以上の不快感を与えるだけです」

「街中で泣き喚いた僕は異常ですかね?」

 笑う彼はイケメンと言うわけではない。どちらかというと容姿では劣っている方だろう。


「……失恋でもしたのでしょうか? 私はあんな風に人目を気にせず泣けるあなたが羨ましいです。どうですか? 私は嫌味な人間です。もうこれ以上私と話すのはやめた方がいいですよ。ココアについてはありがとうございました。親切心にはお返しできませんが、ココア代は払います」

「いえ、いらないです。少しだけ僕と話していただけませんか」

「……構いません」


彼は1つ深呼吸してしゃべる。

「貴方は異常者ではあったとしても、他人に気を使える人ですよね? 本当に異常者ならば、こんな丁寧に人と接することはできないはずです」

「漫画のように貴方とくっつくなんてことはありませんよ」

 変に興味を抱かれても困るので突き放す。


「はい、それはもういいです。そういう目的じゃありません。僕の話をしますね。今日、初めての彼女との初めてのクリスマスだったんですよ。集合場所に行っても彼女は一向に来ない。そして、ずっと待ち続けたあげく一言『好きな人とくっつけたから、もうお前はいらない』と。どうですか? 酷いでしょう」

「それは悲しいですね。ただ、私は恋愛とかに興味はないし、したことがないので、特にうまい慰めとかはできませんよ」

 恋愛のことを思い出して気分が悪くなった私が興味がないというのは無理がありそうだが、こうはなしておくのがいいだろう。。


「ま、誰かに打ち明けたかっただけですね。貴方は自衛のためにも、そして僕のためにも僕を遠ざけていますよね? 自分のことを異常者だとおっしゃっていましたよね。僕も自分のことを異常者だと思っているんですよ」

「どうしてですか?」

「前々から言われていたことでもあるんですけれどね、僕はどうにも考えすぎだと。話していて面倒くさいといわれるんです。自覚はしていますが、努力しても直せませんでした。同情を引くために話すとですね、クリスマス直前に両親が離婚したんですよ。それで、全くクリスマスにいい思い出がなくて、今日やっとそれが払拭できると思ったらこの仕打ちです。神様がいたとしたら、どうして僕はこんなことをするんだ。もっとそういう目に遭ってもいい奴がいるだろうと怒鳴りたいくらいです」

 分かる。私も何度もそう思ったことがある。


「分かります。異常者だとしても、普通であろうとしているのに、なんで他人を平気で傷つけるクソ異常者よりも不幸せに生きないといけないんだとおもっていますね。あと恵まれた環境にいながら、それを自覚しないできれいごとばかり言って、自覚あるのか無自覚なのかわからないけれどナイフを振り回すみたいな」

「あっ分かります。分かります!」

彼が声を弾ませて、話に乗って来る。私もこうやって意見が合いそうな人には初めて出会った。今までにもいたのかもしれないが、こうやって自分の考えを話したのは初めてだ。


「普通がなんなのか異常が何なのか、哲学者でもないのに哲学者のように考えちゃったりしますか?」

 恐る恐るこちらからも聞いてみた。

「します。それで、そのあと何も苦労がなさそうでそんなことを考えないような人に対して内心で優越感に浸った後、これじゃあ他人のことを考えないで一方的に自分の意見を押し付ける腐った異常者と同じじゃないかと自己嫌悪に陥るのですよね」

 ……この人、本当にわかっている。私と同じだ。

「はい、えらく話が合いますね」

「はい、そうですね。こういうのって実際に似た立場に立つか、厳密な前提を設定して想像しないと分からない話なんですよね。貴方も僕と同じ感じかもしれませんね」

「フフ、そうですね」

 思わず笑ってしまう。あれ、こうやって心の底から笑えたのっていつ以来だろう。

「ハハハハ、なんか初めて会いましたこういう人。あれ、なんかこう笑ったのは偉く久しぶりな気がします。あっすみません。ちょっと感情の振れ幅が大きすぎで、ついていけてません」


 ……本当に私と似たような思考回路をしている。多分彼も私のように「普通」と「異常」の間でさんざん悩んだのだろう。なぜだか……いや、理由は分かるが彼を急に愛しく思うようになった。


「寒いですね」

「ああ、すみません。話が楽しくて、つい時間を忘れてしまいました。えーと、もう帰りますか? 僕としてはもっと話したいのですが……性行為を絶対にしないという条件で僕の家に来ませんか」

「それを言うなら普通女性側では?」

「すみません。ちょっとそうした行為に嫌悪感があって……両親の離婚のことを言ったじゃないですか。なんかそれで生々しいのは無理で……」

「分かりました。じゃあ、行きます」

 

 私にとってはありがたい話だ。しばらく無言で歩く。

「こういう時って何か話した方がいいんですかね」

 彼は聞いてくる。女性に振られたばかりで、自信を無くしているのかもしれない。

「さあ? 少なくとも私は無言でも構いませんよ」

 

 彼の家についた。部屋はそこまで広くない。私の家より部屋が1つ多いといった程度だ。それでも貧乏さを隠せていない。彼も私と同じくバイトで何とか食いつないでいる様子だった。

 話し込む。本当に話が合う。気分が最高だった。一時的に。今までの抱えていた負の感情をすべて下ろしている気分になれた。彼がより愛おしくなる。異性としてというより人間的に気になるようになっていった。











 朝になった。もう8時だ。

「この後予定ありますか?」

「これから2時間後にバイトがあります。19時には終わりますね」

それ以降は空いているという意思表示をする。

「僕は今日はバイトないのですが、もしよろしかったら、街で一度落ち合いませんか?」

「クリスマスデートですか? それでも、まあ、構いません」

「じゃ、じゃあよろしくお願いします。集合場所は昨日話した場所でいいですか」

「構いません」



 バイトをする。バイトがいつもより何となく長く感じる。いつもは考え事をするか、自己嫌悪に陥るか、ボーとするかで時間が流れていく。だが、今日は違う。いつもはそんなことを思わないが、はやくバイトが終わってほしいと思うのだ。

 変に自分の気持ちを濁すこともないだろう。早く彼に会いたい。彼に会って話したいのだ。あれだけの時間でも最高ではあったが、それでもまだ話したいことはたくさんある。

 

 レジにカップルが来る。いかにも一発やってきましたという感じだ。ガラが非常に悪い。

「クリスマスなのにコンビニバイトって可哀そう」

 私を前にして堂々と女性がそう言う。私は無視をする。気分は良くないが、ネット上にいる「異常な人たち」に比べれば可愛いものだ。さっさと会計を済ませて、さっさと去ってもらう。


 やっとバイトが終わる。時刻は19:05いつもより早く着替えて、早く店を出た。

 彼に会いに行く。彼に会えた。彼は私に気がつくと立って、私の方へ歩み寄る。そして彼はココアを渡してきた。

 

「バイトお疲れ様です。予約を取ったので、食事に行きませんか。盛り上がって話をするということはできなさそうな雰囲気のお店ですが、美味しい料理を食べられると思います」

「構いませんよ。ぜひ行きたいです」

 食事を終える。美味しかったのではあるが、味はあまり分からなかった。とりあえず上品な味だったて感じだ。

「あー背伸びしてみたのですが、あまりよくなかったですかね?」

「いえ、嬉しかったですよ」

「えーと……」

「ああ、私に気を使ってくれたのですよね。昨日は拒絶するように言ったのですが、昨日のココアのことを含めて、ありがとうございます」

「すいません。実はあなたのことを利用しました。あのお店、今日彼女と行く予定の店だったのですよね。昨日のはキャンセルしたのですが、今日のはまだキャンセルしていなくて、それで……」

「構いませんよ」


 そう言われても全く気にならなかった。あれ、いつからだっけ。多用していた「構いません」は彼と会ってからは、本当に気にならなくて使っている気がする。気にしていても「構いません」と私は言ってきた。この「構いません」はどこか私の「異常」を隠しているような気がして、好んでよく使うようになった。


 彼は言葉に詰まっているようだ。

 

「この構いませんよと言ったのは本当に構わないと思っています。さっき食事に誘ってくれたときも、貴方の家でしゃべっているとき貴方が謝ってきたときも同じです。気にしないでください」

 

「分かりました」

「フフ、こんな時に雪でも振ってくれれば、ムードがあるんですけどね」

 そう言って笑ってみる。

 

「確かにベタですね」

 彼は何か深刻な考え事をしているようだった。

 

「どうかしたのですか?」

「街中ですが、すこし『異常なこと』をしてもいいですか?」

 彼は何かを決意したような表情をしている

「構いませんよ」

 彼は深呼吸をする。

「急ですが、僕の家に住みませんか? あ、ちゃんと理由を説明します」

「どうぞ」

とりあえず聞くことにした。

「昨日の夜から今日の朝にかけて話していて思いました。おそらく僕と貴方では肉体的関係を持つことはほぼないでしょう。多分ですが、僕は貴方に深く共感していて、貴方も僕に共感しているでしょう。お互いに貧乏です。ですが、貴方が僕の家に住めば、お互いに少しは金銭的な余裕が出てきます。他にも家事とかも分担すれば時間も。そうすれば……何かしら! 何かしら新しい事とかできるでしょう。自分で言うのもなんですが、僕は人に優しくあろうと頑張っています。多分、僕は貴方にとってストレスを与えるような人間ではないと思います。将来そうなることがないように頑張ります。だから、どうでしょうか。純粋に貴方のためを思ってというわけでもありません。僕は似た環境の人と接することができるし、家賃や家事も楽になりますし、生活しやすくなります。打算的な感情がないとは言えません! でも、どうでしょうか?」

 彼は少しずつ声を大きくなっていた。最後らへんはもう大声だった。


 私の目の前にいる彼は頭を下げて、手を差し出している。それは「異常」と言ってもいいだろう。「普通」になりたい私にとっては忌避すべきことだ。まわりの「普通の人たち」も見ている。

「うん……いいよ。嬉しいわ……その、よろしくお願いします」

 しかし、忌避をしないで承諾した。数時間しか話していないが、彼と言えば彼らしかった。いや、私らしいといえばそうかもしれない。もしかしたら、私が彼のようにしてこのような告白をしていたかもしれない。彼の容姿はお世辞にも優れているとは言えないが、非常にかっこよく見えた。


 とってつけた彼が私に向けたのは優しさ、同情なんかではないだろう。私を見てくれた。

 

 彼は顔を明るくする。「普通の人たち」は数人いたが拍手をしてくれた。やっぱりこれは恥ずかしい。「普通の人たち」からすればプロポーズのようなものだ。「もう、漫画みたいな展開じゃん」と自分自身に心の中で突っ込みを入れる。「普通の人たち」にお辞儀をして、彼の手を握ったまま歩いていく。足取りが軽く感じる。彼も笑顔だったし、私も多分よく笑えていると思う。これから彼の家に行く。





 彼の家に住むようになって3年たった。いろいろと不便が消えると言うことで結婚もした。結婚式を開く金もないし、開いたとしても呼べる友達もいないので、結婚式は開かなかった。未だに貧乏に域を出ていないが、少しずつ貯金がたまっていった。住むようになって二年して肉体関係を持つようになった。だが、子供は作らない。まだ貧乏な私たちは子供を産んでも、自分たちみたいな目に、子供にやりたいことをやらせてあげられなさそうだからである。

 家事も仕事もほとんど均等だ。持ちつ持たれつの関係にある。少なくとも私はストレスはなく、充実している。

 大嫌いだったクリスマスは今では心待ちにするくらいに好きになった。


 私は、私たちは「異常」でありながらも、助け合って「普通の人たち」が享受する幸せを得ようと努力している。これは偏に幸せな家族を築くことを意味しない。「普通」に泣き、「普通」に笑う。自分の趣味に他の嫌なことがよぎらず、「普通」に没頭する。そんな「普通の幸せ」が欲しいのだ。かつてはそんな生活に焦がれていた。今はそれを少しは得られた気がする。彼も私も性行為に関する嫌悪感が消えた。なんだかんだ言って私は彼に恋をした。彼も多分同じだろう。なんだかんだ言って「普通の恋」をしてみたかったのだ。不便が消えるから結婚と言うのは建前だ。少なくとも私は彼を愛していたから結婚をしたつもりだ。

 

 私たちは諦めていた「普通の恋」ができるようになった。「異常者」でありながらも「普通の恋」はできる。「異常」でも「普通」になれる。綺麗ごとを言えば、無理に「普通」になる必要なんてないというのだろう、卑屈な考えだが、「普通の人たち」がそう言うのだろう。だが、「狂えない異常者」は「自分の居場所」を欲する。「普通」を欲する。私たちは「普通」になりたかった。

 

 私たちはいくらかの「普通」と「自分の居場所」を手に入れることができたと思う。「純粋な愛」すら手に入れた気分だ。

 

 ああ、今、私は幸せだ。それを得られたことがとてつもなく嬉しいのだ。

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普通と異常に揺られる私のクリスマス 空海 陸(そらみ りく) @soramiriku

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