第5話 サイ

アラフィフになり振り返ってみると

自分の成長のきっかけになってくれた人達は

必ずしも常に自分を認めてくれて

自分の味方になってくれた人ばかりではない事に気づく。 

 

 20代前半

 私はスイス製の工作機械に憧れていた。

 いつかはクラウンなんてコピーも流行った頃だ

 いつかはアジエ・シャルミー

 私にとってシャルミーの工作機械はクラウンだった。

  

同等の性能を持つ日本製の工作機械に比べ

高過ぎるシャルミー製品は手の届かないモノだと

その頃の私は諦め、憧れだけを持ち

それは遠くから眺めるだけの存在にすぎなかった。

  

 日本車と同じく

 日本製の工作機械は今も昔も安価で

 性能が優秀であり、機械の寿命も長い。

 そして、アフターサービスも海外の追従をゆるさない。

 日本製の工作機械はとても優秀である。

  

そんなわけもあり

我が社の工作機械のほとんど全てが日本製である。

  

 ただ一台の工作機械を除いて。

  

 20年前、私に高額の融資をしてくれる方が現れた。

 遠くから眺めるだけの存在が少し無理をすれば

 手の届くモノになった。

 迷いはなかった。

  

ずっと憧れていた機械を操作しているだけで

時の経つのも忘れるくらい楽しかった。

知らない事ばかりだったが、その知らない事を知っていく。

一つ一つの穴を埋めていくような作業に

私は大きな満足感を得ていた。

それでも、1人で学ぶには限界があった。

  

専門的な分野なので

説明書の翻訳も進まない事も多かった。


 そんな時のために

 シャルミー社も日本に支店を置いていた。

 そこに電話してみた。


「エラー番号00152です。」

「復旧のやり方がわかりません。」

「教えてください。」


 なんて問い合わせると

 電話の向こう側から


「あなたはオペレーター(操作できる人)ですよね?」

「なぜ、そんなこともわからないのですか?」

「説明書を読みましたか?」

 たどたどしい日本語で回答が返ってきた。

   

 続けて 

 

「あなたは少し頭が悪いですか?」

「スイスのオペレーターにはあなたのような人はいない」

ずっと憧れていたシャルミーの社員からの言葉に

私はそれが強かっただけに、無性に腹が立った。

   

  

 その男の名前は「サイ」

  


サイの言う事は、あながち間違えではなかった。

営業所が日本のように各地にない欧州では

機械のメンテナンスはユーザーが行う事が一般的だ。

日本のサービスは不必要に良すぎるのだ。

それが、世界共通ではない。

 

サイに罵られてから20年が過ぎた

20年経った今でもシャルミーの工作機械は

20年前と同じように稼働している

  

1週間に一回のメンテナンス

一か月に一回のメンテナンス

半年に一回のメンテナンス

機械に使われるベアリングや

タイミングベルトの交換やその調整

機械の故障修理 

  

あれから私は多くの知識を得ることが出来

シャルミーのサポート並みになんでも出来るまでになった。

  

どんなに疲れていても

インラインスケートの練習の後でも

どんなに遅い時間になっても

故障したら必ず直す

そんな気持ちを20年以上

現在も持ち続けられるのは

サイの心無い言葉への抵抗だろう

 


 本日の修理完了

 現在時刻は午前2:50


今でも修理のたびに

私に融資をしてくれたあの人とサイを思い出す。


あの頃、サイ、私は君の事が普通に嫌いだった。

20年が過ぎ・・・今では、君の事をどう思うか?

今は、激しく大嫌いだよ。

  


 ∍

 2021年春、もうすぐうちの山桜も咲き出す頃だろう


 2人の息子は成長し

 おのおのの進むべき道を模索し始めている。

 

このさき

 おまえ達を成長させてくれるのは

 常にお前達に賛同して

 味方になってくれる人だけじゃないだろう

 

 

 ∍

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