第32話 激動


 全ての謎がこれで解ける。


 牧瀬を逃し俺に渡したのも、上位ギルドしか知らない強襲が敵に漏れていたのも、[unknown-glow]のメンバーや軍隊が俺たちに悟られずこの島に上陸出来たのも、全てシロの協力があったからだ。


「シロ、お前が裏切り者だったのか」


 俺の言葉にシロは少し笑ってみせる。


「裏切り者も何も私たちは最初から日本側の人間よ。そして……あなたも」


「それはどういう意味だシロ」


「話はそこまでにしておけシロ。早く牧瀬さんをお連れしろ」と、俺とシロの会話をGが遮った。


 シロは「はいはい」と、面倒くさそうにGをあしらいながら牧瀬を誘導し、空間の裂け目に入ってそのまま消える。


「さて、じゃあ俺らも帰るか。重力解いてAは念のため協会を破壊しておいてくれ。俺はこいつの手足を使えなくする」


「りょーかい」の言葉と共に俺をその場に押さえつけていた重力は消え去り、その瞬間右足首にGの持つ二本の短刀、龍刀【牙】が突き刺さる。


 深く突き刺さった短刀は右足の腱を切り裂き、傷口から漏れ出る幻想的な光の粒とは裏腹に激痛が俺を襲った。


「テメェ……」と、痛みを堪えながら俺はGを睨む。


「悪く思うなよねじまき。お前だからこそ手加減は一切なしだ」


 Gのその言葉と同時に俺はすぐ近くに人の気配を感じた。


 敵意はないが気持ちの悪い妙な気配。


 どうやらGたちもそれを感じたらしく、WとFも含め一斉にその場の人間は気配の正体を探した。すると教会を囲む庭から20メートルほど離れた場所にあった茶色いベンチに人影が見える。


 目を凝らすとすぐにその正体が判明する。


呉用ごよう、なぜ貴様がそこに居る!!」


 Wの声が街に響く。


 ラフな紺色の浴衣に目まで伸びる黒髪。右手に持つ龍の描かれた扇子がトレードマークの[臥竜]のサブリーダー。ベンチに座る男は[臥竜]の軍師、呉用その人であったのだ。


「おっと、見つかっちゃったか」と、言いながら呉用はちゃらけた雰囲気で笑った。


 しかしながら、その雰囲気の奥に潜む獰猛さをこの場の全員が知っていた。《ディザスター》随一の戦術家と言えば呉用。これはもはや常識だ。その証拠が今この場に呉用が居ることである。


 [臥竜]は全員が東京強襲の後追いに出た筈であったのだ。


 それなのに呉用がここに居ると言う事は何らかの策を仕掛け皆を騙していたのである。そして呉用が姿を見せる時、それは彼の戦術が成功した時である。


 問題は呉用がどちらの味方なのかだが、Wの反応を見るに呉用は間違いなく俺たちの味方だ。


 俺はゴクリと唾を飲む。腱を切られた痛みを忘れる程に俺は興奮していた。


「呉用! Vもまだ潜んでいる、気を付けろ!」


 呉用の事だ。そんな抜かりは無いだろうとは思うが、俺はそれを言わずにはいられなかった。


 どんな些細な見逃しも[unknown-glow]が相手では致命的になり得る。俺たち[NEO.MION]が完全に負けたこともあって不安感がどうしても拭えなかったのだ。そして、それを呉用に払拭して欲しかったのである。


「分かってる。まー安心して俺に任せておきなねじまき。……さてG、答えあわせの時間だよ。君なら何の話か分かるよな?」


 その言葉にGは少しだけ間を置いてから答える。


「……[KKD]を止めに行ったNがやられた事から若干の引っ掛かりはあったが、まあ対処していても結果は変わらなかっただろう。呉用、君が出てきたと言うことは恐らく俺たちにはもう逆転の手段は残されて無いと思っていいのかな? ここ〈アンリヴァル〉と交換で東京を取ってるんだろう?」


「いやー、話が早くて非常に助かる」と、閉じた扇子をパチンと手の平に打ちつけ呉用は立ち上がった。それと同時に呉用の背後から3人のプレイヤーが姿を現す。


 袈裟(に身を包んだ坊主頭の大男、魯智深ろちしん。軽装で頭にバンダナを巻く童顔の青年、燕青えんせい。そして背中に2メートルはある巨大な弓を抱える長身の優男、花栄かえい。3人とも[臥竜]のプレイヤーであった。


「圧をかけているつもりか呉用」と、敵意をむき出しにするのはWである。


 呉用に突っかかるWだが、呉用は相変わらず胡散臭い商人のような態度でそれをあしらう。


「Wはもう少し頭を使えるようになってから相手してあげるよ。[ODIN]との戦い報告を聞いたけど游すら楽に詰められないようじゃねぇ」


「貴様! 言わせておけば」


「辞めておけW。俺たちが力押しで戦ってるのは事実だ」と、Gは2人の間に入り、言葉を続けた。


「宋江とフローズンは東京か? 一体どこまで読んでいたのか……お前は戦略も超一級だったという訳だ」


「いやぁそれ程でも無いさ。所詮俺は戦略担当、いち早く異変を見抜いたのはフローズンだからね。……いやはや、さすが最大規模のギルドを預かる身と言うか、俺には無い人を見る目を彼は持っているよ。ムーンの違和感に直ぐに気づいて尻尾を掴んだその行動力。俺と組めば向かう所は敵なしさ」


「……良いだろう今回は勝ちをくれてやるさ。だがねじまきは貰って行くぞ」


 そう言ってGは俺の腕を掴んだが、それを呉用が制止した。


「それは駄目だよ置いていきな。今回は東京と〈アンリヴァル〉の交換のみだ」


「それこそ聞けないな。こればっかりは譲れない」と、言いながらGは呉用を睨む。


 鋭い目つきと威圧感。一目見ただけで並みの人間ならば背筋が震え上がるほどの雰囲気に、しかし、呉用は引き下がらなかった。


 呉用の口元は笑ってはいるがその細い目の奥には確かな闘志が宿っている。


「今ここでやり合って困るのは君らだろう。フローズンの天位魔法によって東京は氷に覆われた。今戻らなければフローズンが東京だけではなく周りの県も取ってしまうよ」


 その時であった。


「なんかまた面白そうな事になってんじゃん」と、言いながら唐突にAが現れたのであった。


 背後では協会が崩れ去り土煙を上げている。


 呉用はそんなAを見ながら困ったようなそぶりを見せて頭をかいた。


「Aか。君対策に燕青を連れてきているけど、正直君とは戦いたくはない。G、決断しなよ。ここでやるか、それとも帰るか」


 呉用は再びGに向き直り、その様子を見てAは笑った。


 呉用とはまた違う余裕のある笑い。最強の存在だけが許される上から目線の余裕な笑みをAは顔に浮かべていたのである。


「なんだ、また呉用に良いようにやらてんのかG。こう言う奴らは一回分からせておいた方がいいぞ。後々面倒な相手になる」


 そのAの発言を聞き呉用はAを睨んだ。


「G、俺としては君には賢い選択をして欲しいんだよ。……この街は爆撃で既に死んでいる。今直ぐに引くなら俺たちも東京だけを貰って一度体勢を立て直すが、このまま戦うと言うのなら泥沼の戦争に突入するよ」


 Aと呉用は2人してGに向かって言葉を投げかけるが、Gは暫しの間沈黙を貫いた。


 それもそのはずで現状は酷く複雑であったのだ。


 〈アンリヴァル〉は何もせずとも間もなく街全体が火の海に包まれる。たとえ敵プレイヤーが居なくなったとしても、エリアフィールドを失い協会も失った街に軍の猛攻を止める術はない。


 つまり[unknown-glow]がこの場に残らずとも街は必ず滅びるのだ。それを踏まえた上であえて危険を冒してまでねじまきを連れて帰ると言う目標を優先するかどうか。それが話の根幹だ。


 天才軍師呉用とAを止める術を持つ燕青を含む3人の[臥竜]ギルドプレイヤー。Gたちが彼らに負ける事はないが、見えない所で進行しているフローズンの東京侵攻が事を複雑にしていた。


 最強ギルド[FRANZ]のギルドマスターフローズン。ここまで沈黙を貫いてきたその名がここに来て重く伸し掛かり、Gの頭の中の天秤を大きく揺れ動かしていた。


「……ここまでの話を踏まえた上で最後にもう一度だけ聞くが、ねじまきはこちらに来る気は無いんだな?」


 Gから不意に話を振られた俺は言葉に詰まった。


 ここまで黙って彼らの話を聞いていた俺だが、それにも確かな理由があったのだ。


 俺は迷っていたのだ。どちらにつくかを。


 呉用やフローズンについて行って本当に良いのか。それを決定するためにあえて沈黙し彼らの話に耳を傾けていたのである。


 つい先程まで俺は、呉用が俺たちを助けに来てくれたのだと思っていた。だが実際の所、彼は事後処理をしに来たに過ぎなかった。


 呉用やフローズンは俺たち、もといこの島〈アンリヴァル〉そのものを囮に使って東京を取りに行ったのである。


 それは素晴らしい作戦であり、まさに敵を出し抜く最善の一手であったのだろう。しかし、それを素直に喜べるほど話は簡単では無い。


 話を聞くに、フローズンはかなり早い段階で[因幡の白うさぎ]が敵のスパイだと気づいていたことになる。しかし、彼らはそれを利用する為に公表せず東京強襲を決行した。


 結果として東京強襲は敵に情報が漏れ失敗に終わったが、[臥竜]や[noob11]が東京に向かい〈アンリヴァル〉に主力が残っていないと言う情報が敵陣営に伝わることとなった。


 その情報を元に[unknown-glow]は〈アンリヴァル〉に向けて侵攻を開始し、逆に東京が手薄になる。


 それが呉用の戦略。


 だがしかし、俺たちは死に物狂いでこの街を守る為に戦った。フローズンと言う指揮官と、個人ランク上位勢の強豪を失いながらもこの街の為に戦い、そして死んでいったのだ。


 俺たちは利用されたのだ。勝つための駒として生贄にされたのである。


 今にして思えば、東京強襲会議の時に宋江が提案した個別行動も、[臥竜]という戦力を残す為の仕掛けであったのだろう。


 アカミンが対抗心を燃やして話に乗ってくるのも、俺たちが東京強襲の失敗を取り返す為に攻めてくる[unknown-glow]から死ぬ気で街を守ることも、全ては決まっていた予定調和だったのだ。


 フローズンが東京を制圧するまで〈アンリヴァル〉も制圧されてはならない。その時間稼ぎに俺たちは使われたのだ。しかし、リアルな戦場で生まれた様々な感情は、理屈では拭いきれない思いとなって俺たちの心の中にしこりを残してしまったのである。


 共に戦った仲間に対する情や絆。


 はたして、まるで盤上の駒のように俺たちを使った呉用やフローズンを仲間と呼ぶことが出来るだろうか。


 利害と感情の狭間で俺の心は揺れ動く。


 頭では戦略として理解していても心が付いてこないのだ。


 はぁ……と、俺は1つため息を吐いた。


「……仲間は裏切れないよG。呉用やフローズンだけじゃなく、[NEO.MION]のみんなや共に戦った他のギルドの為にも、俺はあなたに付いて行く事は出来ない、付いて行ってしまうとここまでの戦いが全て無駄になってしまうからね」


 俺の答えにGは優しく笑った。


「お前らしい答えだ、ねじまき。仕方ない、A、W、J引くぞ。痛み分けだ。ここで争うにはちっとだけ相手が有利だからな」


「マジかよG、俺なら1分で燕青以外をミンチに出来るぞ」


 Gの言葉にAが大きく手を広げてアピールをするが、Gは首を横に振る。


「ここで終わりだA。協会と会館は壊したし、街も十分破壊した。これで十分だ。フローズンの様子を見に帰ろう。シロ! 居るんだろう!」


 呼ばれて直ぐに空間が裂け、大きなリボンで髪を結ったシロが顔を覗かせる。


「やっぱり居たか。牧瀬は先に行かせたんだろうな?」


「牧瀬は先に返したよー。Vも先に帰ってる」


「Vも相変わらずだな。まあいいか。よし、帰るぞお前ら」


「りょーかい」と、言いながらAは不満そうに舌打ちを漏らして裂け目の中へ入って行き、それに続いてWとFも裏の世界に消えて行く。


「じゃあなねじまき。また今度だ」


 最後にGがそう言い残して、[unknown-glow]はその場から姿を消したのであった。







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