第30話 激戦区域


 俗に弱武器と言われる薙刀を上位ランク帯で扱う唯一のプレイヤーノナカは【氷華ノ槍】を防いだパネルを飛び越え一気にJへと接近し、薙刀を上段から振り下ろした。


 パネルは残り3枚。状況的に最もパネルが設置されていないであろう上からの攻撃は見事成功したのであった。


 右肩を抉る一撃。何とか躱して致命傷を避けたJであったが、ノナカはさらに追撃をかける。


 突きや薙ぎ払いを駆使した上中下段の連撃。


 見事な手際で放たれるその連撃はまさに漫画のようで、ゲーム時代には弱く見えていた薙刀が現実に適応させるとここまで強いのかと俺は思う。


 次々に放たれるノナカの攻撃をダメージを食らいながらも致命傷を避けて躱し続けるJだったが、それにより生まれた隙を俺は見逃さない。


 俺が攻撃を仕掛けてからJの連撃が始まるまでおよそ1分。一切隙を見せなかったJの体勢が遂に崩れたのだ。


 俺のリボルバーから放たれた2発の銃弾はJの胸と太ももを撃ち抜いた。


 傷口から漏れ出す光は明らかに致命傷である。


 そしてよろけるJにノナカの薙刀が突き刺さる。


「チッ、ゲームオーバーか。まあ予定より長く持っただろう。あとは頼むぞG、K!!」


 最後にそう叫んでJは光の粒となってその場で消滅したのであった。


「よくやった。後は任せておけ」と、消滅するJに向かってGは声をかけ、その背後ではGを抑え切れなかったキングが丁度膝をついて倒れる所であり、「時間は稼いだ。こっちも後は頼むぞ」と、言い残しキングも光の粒となって消滅した。


 これにて仕切り直しだ。


 キングとJの交換。個人ランクはキングの方が高いが、応用性の高い【クリアパネル】を持つJを落とせたのならお釣りが来る。


「それでねじまき、こっちに来る気はないんだな?」


 Gの言葉に俺は首を振る。


「今更行くわけないでしょう。こうして敵になったのも何かの縁です。俺はあなたを超える」


「なつめの事はいいのか?」


「……本当に彼女が生きているのなら自分の足で俺の元へ来てくれる筈です。敵であるあなたの言葉は信じません」


「そうか。残念だな。その選択が後悔にならないように祈ってるよ」


 Gが言い終わると同時に雨雲が街を覆い雨が降り始めた。


「マズイねじまき! Kが来るぞ!!」


 雨を見て声をあげたのはみおみおである。


 先程まで晴れていた筈なのに夕立ちのように急に降ってきた雨。


 現実世界への慣れとGとの会話や戦いによって反応が遅れたがこれは気配を消して様子を伺っていたVの【天候盤】による雨だ。


 そして、雨が降るとAに並んで最強になるプレイヤーがやって来る。


 ゲームだった頃に幾度も他ギルドを苦しめた[unknown-glow]得意の戦術。


「来たぞ!! ねじまき、みおみおこっちだ!!」


 ガチャゴチャの声と共に遠くの方で雷の音が鳴り響き、俺とみおみおは直ぐにガチャゴチャの元へ駆け寄った。


 その場に居たG以外のプレイヤーはガチャゴチャの近くに固まる。


 次の瞬間、ありえない数の雷が同時地上に降り注いだのであった。


「ショートカット! 避雷針!」


 ガチャゴチャはスキルを使って襲い来る雷を自らの体に引き寄せ、巨大な岩の盾で雷を弾いたのであった。


「Kは何処だ!」と、叫びながら俺は辺りを見回す。


 ユニークスキル【雷獣憑依】を持つKは《ディザスター》最速のスピードを誇るプレイヤーだ。


 雷を纏ったKは数歩で音速を超え、超人的な身体能力を持つプレイヤーの目を持ってしてもまばたき1つで見失ってしまう。まさに最速のプレイヤーだが、雨が降ることによってその攻撃力もトップクラスまで引き上げられるのだ。


 Vの雨とKの雷、単純だがこれほど強い戦術は他にない。


「真っ正面だ! 来るぞ!」


 そしてKは姿を現す。


 全身に生えた灰色の毛並みに鋭い爪と二又の尻尾。


 遠くの方からバチバチと光を放ちながら近づいてくるその様子はまるで線香花火のようでもあった。


「俺が止める」と、言って魔法を発動したのはロンロリである。


 ロンロリの背後に無数に現れる50センチほどの氷のつらら。その数は増え続け、次の瞬間100を超えるつららが一斉にKとGに向かって放たれた。


 だが、Kはそれを物ともせずに真っ直ぐ一直線に俺たちの元へ向かって駆け抜けてきたのであった。


「援護する」


 放たれたつららはKから漏れる雷によって当たる前に撃ち落とされ、それを見たみおみおが地面に手をついてスキルを発動する。


 デバフ系移動阻害スキル【泥濘】により辺りの地面を沈め敵の移動を妨げようと試みるが、それを見た瞬間にKは跳躍したのであった。


 まるで襲い来る虎のように背筋を反らし爪を立てて勢いよくこちらに向かって飛んでくるKをガチゴチャが盾で受け止める。


 飛び散る火花と雷。


 本来ならば直接触れなければダメージのない攻撃だが雨の降っている現在では近くにいるだけで永続ダメージを受けてしまう。


 体が痺れるのを感じながら俺はその場から少しだけ距離を取りGの動きに目を向けた。


 どうやら今の所Gに動く気はないようでギリギリ攻撃が届かない範囲で様子を窺っていた。これこそが[unknown-glow]が個人技と言われる所以である。個々の能力が高すぎる故に共闘しようとしても返って邪魔になるのだ。


 しかしながら、今はそれが非常にありがたい。


 それを見た俺はKを潰す為にノナカの名前を呼ぼうとしたが、それを察知したのか俺が言う前にノナカは動いた。


 極限の戦場であるからこそ出来る阿吽の呼吸。ガチャゴチャが食い止めるKを俺とノナカは左右から挟んだのだった。


 先に攻撃を仕掛けるのはノナカである。ガチャゴチャの盾に攻撃を弾かれたKに向かって薙刀を振り上げる。


 その刃をKはブリッジをするようにして上体を後ろに反らして躱し、そのままバク転してから数歩離れようと試みたが、そこに向かって俺は銃弾を放った。


 二丁のリボルバーから放たれた12発の銃弾。魔力の込められたその銃弾は身にまとう雷では落とせない。


 しかし、Kはそう簡単に倒せる相手ではなかった。


 放たれた銃弾をKは見てから全て避けて見せたのである。


 最速の雷獣。それは最速で動く為に必要な反射神経や処理能力などもあるという意味であり、銃弾も彼にしてみれば羽虫のようなものなのだ。


 そうして次の瞬間攻撃に転じたK。一瞬で距離を詰め、その勢いのままに放たれた手刀はいとも容易くノナカの脇腹を貫いたのであった。


 光の粒となって消滅するノナカ。近距離戦しかできないノナカに合わせて攻撃を仕掛けたがやはり近接ではKに敵わないと俺は思い至る。


 どうにかして体勢を立て直さなければ思うが、いい案が思いつかない。


 その隙にKが動いた。


 距離を詰め自らに攻撃を寄せようと剣を振るガチャゴチャに見向きもせず一瞬で数歩離れた場所にいた俺の背後に移動したのであった。


 僅かな油断も見逃さないKの雷を帯びた手刀が俺の首に向かって振り下ろされる。


 その時であった。


 ct回復の為に身を隠していたザークライルが【瞬間移動】でKの背後にテレポートしてその手を掴み止めたのである。


「今だねじまき。俺ごとやれ!!」


 完璧にKを捉えて後ろから押さえつけるザークライル。


 咄嗟に回避行動を取りながらそれを見た俺は半ば反射的に【gun game】を荷電粒子砲に展開させた。


 思考する時間はなく、俺は直感だけで戦場に順応したのだ。


 展開してから発射するまでおよそ5秒。


 Kは逃げようとして最大威力で放電を行うがザークライルは抑える手を決して離さず、近くに居た俺もダメージを食らいながらその場で踏ん張る。


 全身に伝わる激痛。痛みで声が漏れるが俺はそれを必死に噛み締め痛みに耐えた。


 激痛のせいもあってかここまで長い5秒は人生で初めてだ。頼むこれで死んでくれと俺は強く願う。


 そして5秒後、俺は荷電粒子砲の銃口を突きつけ引き金を引いたのであった。


 回避不可能のゼロ距離からの射撃。


 青いビームはKとザークライルを飲み込みそのまま空に向かって斜めに突き抜けたのであった。


 その場に残ったのはKとザークライルの膝から下の足のみであり、断面からは光の粒が漏れていた。


 ザークライルはKには勝てない。それは上位プレイヤーの常識であった。一見すると移動速度が速いよりも瞬間移動出来る方が強そうだが、スキル【瞬間移動】は座標から座標に移動するスキルである為その座標をプレイヤー自身が指定しなければならない。つまり、音速を超え移動し続けるKを捉えようと思って移動しても、移動した瞬間Kはその場から走り去るので捉えることは不可能なのだ。


 【雷獣憑依】も慣性が働く為に音速で移動しながら正確な攻撃をすることは出来ないが、それを差し引いても使用回数とそれに伴うctが存在する【瞬間移動】では勝ち目がないのである。


 その為、ザークライルはKの止まる唯一の瞬間である攻撃時を狙って【瞬間移動】を使い確実に仕留めようとその動きを自らで封じたのであった。


 さすがの判断と行動力。


「これで残るはあなただけです」


 俺は消滅する2人の足を横目に【gun game】を球体に戻しながらGに向かって言葉をかけた。


 奇しくもこちら側に残ったのは[NEO.MION]のメンバーのみ。だが、だからこそ妙な安心感が俺にはあった。


「Kを倒すとは思わなかったが、残念ながら時間切れだ。降参しろ」


「何を馬鹿な事を言って───」と、俺がGに対し言葉を返そうとしたその時であった。俺の肩に誰かが手を回したのである。


「よぉ、久し振りだなねじまき」


 すぐ横から聞こえたその声に背筋が凍る。


 先程まであったKを倒した高揚感は蜘蛛の子を散らすようにして消え去り、緊張感で汗が吹き出す。


「あぁ、久しぶりだな。……A」


 俺の肩に手を回しすぐ隣で立つ男の正体は[unknown-glow]のAであった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る