第27話 色欲の指輪
荷電粒子砲を放ってから約10分。[NEO.MION]ギルドマスターのみおみおはねじまきと共に街に向かって全力疾走している最中であった。
普通ならばあり得ない速度で山を下り平原をかけるその姿はまさにゲームのキャラクターといった雰囲気であり、そんな自分の姿を想像してか、みおみおの口元には若干の笑みが見えた。
「楽しくなってきたかみおみお」
俺の言葉でみおみおはとっさに口を手で隠したが、隠しきれないと思ってか諦めて笑い声を漏らす。
「まあ楽しくないと言ったら嘘になるな」
緊急事態であるにも関わらず楽しいというのは緊張感が無いように思えるが、やはりこれも乗り移ったキャラクターの影響なのだろう。
そう確信できるほどに、俺たちの体と精神には変化が起こっていたのである。
「興奮は分かるけど浮かれてミスはすんなよ」
「大丈夫、任しとけって」
そんな軽口を交わしながら走ること数分、辿り着いた西門の前で俺たちは立ち止まる。
石組の柱で挟まれた巨大な鉄の門扉。高さ10メートル、横幅4メートル、厚さ2・5メートルと《ディザスター》公式サイトに記載されていたその門は近くで見ると尚更に威圧感を感じる。
みおみおは門に近づき左手の腕輪から画面を表示させするする指を動かした。すると両開きの門は自動で内側に動き出し数秒の後に開ききる。
「よし、行くぞ」
そう言って街の中心部へ向かって再び走り始めるみおみおの後を俺は追う。
西門から東門までは直線距離で30キロメートルであり、[unknown-glow]が狙う会館はその中央にあった。つまり15キロメートルの道のりを行かなければならない訳だが、街には一定間隔でワープポイントが設置されているためそこへ向かえば目的地まで一瞬でたどり着く事ができる。
そして、みおみおが向かったのは西門の近くにあるワープポイントであった。
石造りの街の中に目立つ近未来的な丸い機械の足場。円形状の電話ボックスのようなその場所がワープポイントである。人ひとりが立てるくらいのその足場にみおみおは立ち会館へワープしようと試みたが、そこで異変に気付く。
目の前に浮かんだウィンドウ画面をスライドさせ会館を探すがどこにもその名前が見当たらなかったのである。
「おかしいな。ワープ先に会館の名前がないぞ」と、呟くみおみお。
それを聞いて俺もワープポイントに乗ってみるが、やはり出てきたウィンドウに会館の名前はなかった。
もしかして〈アンリヴァル〉が現実世界に飛ぶと同時にワープ機能も消えたのかと一瞬考えたが、その辺はフローズンが全て確認し問題なしと言っていたのを思い出し一蹴する。となると考えられる原因はワープポイントが壊されたというものであった。
ゲーム時代ならばそれはあり得ないが、現実となった今はそれが可能性として存在する。出口となるワープポイントが壊れてしまっているなら飛べないのも納得出来る。
「向こうのワープポイント壊されたかも知れんな」と、俺が考えを口に出すとみおみおは隣で頷く。
「ワンチャン可能性としてはそれもある。とりあえず会館に一番近いポイントにワープすっか。俺から先に行くな」
そう言って再びワープポイントに立ったみおみおは浮き出たウィンドウ画面に指を滑らせて光と共にその場から姿を消し、俺もその後を追ってワープした。
ワープした先、会館から西側に2キロほど離れた場所に出ると同時に濃い霧が俺たちを覆った。外から見た時にはわからなかったが、2メートル先が見えないような霧が街の中心部には広がっていたのだ。
俺は耳を澄まして戦闘音が聞こえないか確かめるが、会館がある方はおろか街からは何も物音が聞こえず、不気味な静寂だけが満ちていた。
「おいこれ」
「あぁ、【天候盤】の霧だな」と、俺の声にみおみおが頷きながら呟く。
「でも外からじゃ見えなかったぞ」
「そこが謎。【天候盤】にそんな能力はなかった筈だし……」
言いながらみおみおは何かを感じ取ったかのように急に霧の奥の方へ視線を向け、それにつられて俺も視線をズラす。
すると霧の奥から何かがこちらに向かって近づいてくるのが見えた。かしゃんかしゃんと、鎧の擦れる音が響きだし、霧の中からは2人の兵士が現れたのである。
「……どこから湧いたこいつら」
舌打ち混じりに俺は言葉を吐き出す。
兵士の頭上にプレイヤーネームはなく、音のしない霧の中から突然現れたのを見るに彼らは誰かのスキルによって作られた兵士だろう。
しかし、そんなスキルを俺は知らなかった。
能力の強さから見てユニークスキルクラスなのは間違いないが召喚系はその強さ故か数が非常に少なく、俺が知らないということはありえない。
一体何が起こっているのか。そんな俺の疑問に答えを出したのはみおみおであった。
「この兵士、おそらく指輪の効果だな」
指輪。その言葉を聞き俺は目を丸くする。
兵士を召喚する指輪と言えばこのゲームでは【色欲の指輪】だ。
武器ではなく付属効果をもたらす装飾品である指輪は、その効果の殆どが能力補正アップや体力2%アップなどであるが、最高レアリティの【色欲の指輪】クラスになると話は変わってくる。
アーティファクト大罪シリーズの1つである【色欲の指輪】は攻撃を食らわせた相手の複製を味方として召喚するという能力を武器に付与する。
もちろん、敵の体に攻撃を当てなければいけない、効果時間3分、複製はオリジナルの半分の力しか出せない、などの弱点はあるものの味方を召喚するその能力は十分に強い。
みおみおはその指輪の能力を【天候盤】に付与していると言っている訳だ。
しかし、それには1つ問題があった。
武器含め装飾品などの装備品は他のプレイヤーに貸し出すといった類の事は出来ず、手渡しで渡したとしても能力などは一切発揮されない。そのため、他のプレイヤーに自らの持っている装備を使わせようとする場合は所有権を譲渡しなくてはならないのだ。
それが貴重な強アイテムとなるとたとえ見知った相手だったとしても貸し出すのは躊躇するもの。
それなのに【色欲の指輪】の保有者カラカラは[FRANZ]所属のプレイヤーでありながら敵対ギルドであった【天候盤】保有者、[unknown-glow]のVに指輪を貸し出したという事になる。
正直、信じられない話であった。[FRANZ]のメンバーが他の、それも閉鎖的なギルドである[unknown-glow]のメンバーに【色欲の指輪】を譲渡するなどゲーム時代であれば考えられなかったのだ。
「指輪の効果はありえないだろ。あのカラカラだぞ? 譲渡するとは思えない」と、俺はみおみおに反論する。
「いやでもこの効果は色欲で間違いない。もしかしたら【天候盤】に隠し効果があった可能性もなくはないが、まあ指輪の効果だろうな」
「いやいや、[FRANZ]と[unknown-glow]だぞ? それならまだ新しいアーティファクトがこの世界で見つかったって言われた方が納得できる」
その言葉に一瞬だけみおみおは考える素振りを見せたがすぐにそれを否定した。
「……そっちの方がない。状況から言ってカラカラがVに指輪を譲渡した説が圧倒的に有力。勝負しようか? ロンロリたちに会えば分かるだろ」
「いいぞ。ここから中心までさっさと駆け抜けて白黒つけるか」
会話を済ませた俺は前に向き直る。
さて、ここを最短で切り抜けるにはどうするか。俺は暫し黙り思考を纏める。
もしもこれが指輪の効果であるのならば目の前にいる兵士たちはそう簡単に俺たちを通してはくれないだろう。制限時間がある代わりに強い。それが【色欲の指輪】の効果であるのだ。
本来ならば効果が切れるまで耐久するのだが、指輪が【天候盤】に効果をもたらしていた場合この霧自体が攻撃判定を持っている為、霧に触れている間は敵が召喚され続けると言うことになるのだ。
それが非常に強く、どうにかしなければならない。
「……荷電粒子砲を使おうか。チャージの時間を稼いでくれ」と、一呼吸置き俺はゆっくり口を開いた。
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