第23話 紙一重の勝負の行方


 その瞬間であった。


「退け」と、いう声と共に彼らの背後から白の光が放たれる。


 全員Fに集中しすぎていた為に反応が遅れ、マッシュルームボーイの胴が半分消し飛ぶ。


「Wだ! 退がれ!」


 光の塵となって消滅していくマッシュルームボーイを横目にロングナイトが叫ぶ。彼らに襲いかかった白の光の線の正体、それはWのアーティファクト【wing】から放たれたビームであったのだ。


 30メートルほど離れた先、白のロングコートに身を包む男Wの周囲には8個の丸く白い球体が浮かんでおり、それこそが飛行型攻撃支援ユニット【wing】である。


 集中的に狙われたマッシュルームボーイは一溜まりもなく、Fの周りにいた他の数人も死ぬとまでは行かないものの重傷を負っていた。


「ロンナイさんctは!」


「残り1分! それより游たちの姿は?」


「……見えません!」


 カンナの声にロングナイトが反応し言葉を交わす。


 考え得る最悪の事態。Fを隔離できるマッシュルームボーイが死んでWも合流、【hit me】のctも終わっていない。


 ようやくFを追い詰めた喜びと、それが砕け散った喪失。結果、張り詰めていた糸が一瞬途切れ皆が呆然としてしまっていた中、動いていたのはロングナイト、カンナ、ノーア、パス、ノーミン、ローアイン、そしてFの7人であった。


 つい先日まで一般人であった人間が軍と戦い人を殺していたのだかその精神は擦り切れて当然である。プレイヤーだから動けていた、殺せていただけであり、その感覚が一度切れると一般人であった時の素の自分が出てしまう。


 それが普通である。しかし、中には異質な人間もやはり存在するのであった。


 キャラクターとそれを操るプレイヤー。果たしてどちらが優れているのかは分からないが、得てしてその異質のほとんどは個人上位プレイヤーであった。


 再び【wing】からビームが放たれ、それと同時にFも動く。


 カンナは足の止まっていたプレイヤーを守るようにしてFの前にたったが、別角度から放たれたビームによって5人が消し飛びその場から消滅した。


「立ち止まるな!」


 ロングナイトの叫び声が響くが、一度失った緊張感を結び直すのは難しい。先ほどまで綺麗にとれていた連携はぐちゃぐちゃに乱れ、その隙を【wing】のビームがさらに襲う。


 Wの周りを自由自在に動く【wing】から放たれるそれは光速で直線上にあるものを削り取る。


 自由自在に動く8個の球体から放たれる光速で高威力のビーム。


 それだけ聞くと最強のようだが、プレイヤーに対しての威力が高いだけであり障害物に対しての威力は実のところそこまで高くはない。


 その為【hit me】とキューブを使った封殺が可能であったのだが、それが出来ない現状では壁を作って逃げ込む、もしくは球体をしっかり見て弾道を予測するしか回避の方法はなく、後者を行えるプレイヤーは少ない。


「立て直すぞ!」


 言いながらロングナイトはWとの間に数枚の壁を作り、それにつられて他のプレイヤーたちも壁を張った。


 ロングナイトは壁の間を逃げ回って何とか時間を稼ごうと考えたのだ。


 しかしこの場にはFがいる。


「甘いね」と、呟き彼らの抵抗を嘲笑うかのようにFは壁を利用して死角に移動し、その拳を身を潜めるプレイヤーに叩き込む。


 Wと戦う為には壁が必要であり、Fと戦う為には壁が邪魔になる絶望的な状況。それを打開しようと動いたのはノーミンであった。


 ユニークスキル【無色透明】を発動し彼は姿を消した。


 味方含め全てのプレイヤーから視認されなくなるスキルである【無色透明】。壁によって出来た死角、FとWからは見えない位置で消えたノーミンは足音を殺してFに近寄った。


 【無色透明】は姿が見えなくなるだけで音も聞こえれば敵の攻撃も当たる為に使い勝手は良くはなく、仲間が注意を引かなければ上位プレイヤーには通用しない。それでも、この場において姿が見えないというのは大きなアドバンテージであり、上手くいけば例えFであっても対応するのは難しいスキルであった。


 使い時さえ間違えなければ一発逆転のスキルとなりうるそれを、悩んだ末にノーミンはここで使用する。


 Fの行動を予測してノーミンはゆっくりと足を進める。


 恐らく一度きりのチャンス。ここで致命傷を与える事が出来れば状況がひっくり返るかもしれず、失敗は許されない状況である。


 逃げる[ODIN]メンバーを追うF。徐々にノーミンとFの距離は近づいて行き、そして接敵した。


 壁に隠れるプレイヤーにFが右拳を振りかぶったその瞬間、ノーミンは背後からFの喉元に向かってナイフを突き刺したのであった。


 他のスキルを使って攻撃すると気配を掴まれると思いあえての通常武器であるナイフでの攻撃。刃の刺さったFの喉からは血の代わりに光が漏れ、Fは何が起こったのか分からずに目を泳がせるも一瞬で状況を理解し刺さったナイフを持つノーミンの手を左手で掴んだ。


「ノーミンだろテメェ」


 一体どこから声が出ているのか、喉に刺さったナイフの事など御構いなしにFは言いながら近くにいるであろうノーミンを睨み、力尽くでナイフを喉から抜き取った。


 明らかな致命傷。ゲームであった頃の《ディザスター》にもあった部位によるダメージ倍率が乗っているならナイフによる攻撃であってもFの体力はもう2割を切っているはずである。


「仕留めろ!」


 先程Fに狙われていた隣にいるプレイヤー[ODIN]のコーサカに向かってノーミンは叫ぶ。おかっぱ髪の男性プレイヤーコーサカはサポートであり戦闘能力は殆どないに等しい。しかし、今この瞬間にFにとどめをさせるのは彼しかいなかった。


「ショートカット、ドレイン」


 言うと同時にコーサカの手が光り、その拳をFへ向かって放つ。


 魔法【アッシュドレイン】を付与した拳での攻撃。威力は弱いが今のFには十分な火力である。


 獲った。


 ノーミンがそう思った瞬間、Fは掴んでいたノーミンの左腕に飛びついて足を絡ませ、そのまま体を捻りながら体重をかけノーミンを地面へ叩きつけたのであった。


 相手が見えていないとは思えないほど完璧な動き。ノーミンの左腕は逆方向に折れ、Fは向かってくるコーサカの右頬に拳を打ち込んだ。


 吹き飛んだコーサカを見てノーミンは頭に疑問を浮かべる。


 腕が逆に曲がり、引き千切られたような痛みで悶え苦しんでいるノーミンに対し、喉を刺されたFは普通に動いている。その状況に違和感を覚えていたのである。


 自らの痛みを考えるとFも相当な痛みを感じているはずだ。それなのにこうも動けるのは何故なのか。我慢できるレベルを超えており、どう考えてもおかしい。


 出来れば游に、無理ならばせめてロングナイトにこの違和感を伝えなければと、ノーミンは気力を振り絞って痛みを堪え立ち上がった。


「見えないけど腕は折れてるはずなんだが、よく動けるな。初めての痛みでそれだけ動けりゃ十分凄いぜ。ただ相手が悪かったな」


 足音を頼りに放たれたFの手刀がノーミンの腹部に突き刺さる。


 その間、僅か1分の攻防。制したのはFであった。


 光の粒子となって倒れたノーミンの体は消滅し、その数秒後、吹き飛ばされたコーサカの体も消滅する。


「さてと」と、呟いたFが腰から小瓶を取り出し飲むと、首から漏れ出ていた光の粒子は止まり傷がふさがる。


「回復薬飲んでんのかあれは」


 依然としてWとのにらみ合いは続いており、少しでもFへ近づこうと壁から顔を出すと【wing】のビームが飛んでくる中、少し後ろの壁の影で戦いの一部始終を見ていたロングナイトは出て行きそうになるのを堪え情報を分析していた。しかし、どれだけ情報を手に入れても自らと敵との間に圧倒的な差があるのが分かるだけで倒す糸口は一向に見つからない。


 【hit me】のctまで後1分。せめてロトと游が入ればとロングナイトが思ったその時であった。Wの背後から一人の男が吹き飛んできてそのままロングナイトとFの間の位置に受け身をとって着地した。


「ロト!」


 現れた男の姿にロングナイトは思わず声を漏らす。


 [ODIN]最強のアタッカーロト。だが、ロトは既にアーティファクト【ガントレットギア】を手に装備しており、助けにきたと言う雰囲気ではない。


 ロングナイトとF、そしてWに気付いたロトは手に装着された真っ赤なガントレットで地面を力一杯殴って砕き、発生した大量の砂煙に紛れてロングナイトが隠れる壁まで走った。


「すまんロンナイ、失敗した」


 壁に逃げ込んだロトはロングナイトに現状を報告する。


「游は?」


「死んだ。後ろからWを叩こうとしたらエースが出てきたんだ。他の仲間も全滅、Wを食い止めようとした[メビウス]も全滅、巻き込まれて軍人も全滅、残ってるのはWの後ろでこそこそしてた軍人と、俺だけだ」


「Aが来てるのか?」


「あぁ来てる。俺が止めるから逃げた方がいいわ。もう【hit me】云々の話じゃない」


 [unknown-glow]のA。その名を聞いてロングナイトの顔に諦めが浮かんだ。


 《ディザスター》最強と言われれば全員が迷わずアカミンと答えるが、そのアカミンに非公式戦で勝ち越している唯一のプレイヤー、それがAであった。


 宋江やザークライルなど、アカミンに勝った事のあるプレイヤーは数人いるが、対戦回数が少ないとは言え勝ち越しているプレイヤーはA以外存在しない。また、自分勝手で強い奴以外には興味がないと言う[因幡の白うさぎ]のムーンにも並ぶ戦闘狂でもある。


 そんな男が何故ここにとロングナイトは思うが、考えていても仕方がなく、Aが来ていると言う事実だけで彼は撤退を決意した。


「ギルドチャットで撤退を指示するがここには俺が残る。お前は下がれロト」


 ロングナイトのその言葉にロトは顔を顰めた。


「何言ってんだお前。適任は明らかに俺だ。俺のことを思う前に他のギルドメンバーのことを考えてやれ! お前がいれば全員安心するし、そもそもお前じゃあの三人を止めれないだろ。俺に任せておけ」


「しかし」


「ガキじゃねぇんだから聞き分けろ。時間もないし分かったな」


「……すまない」


 言い残しロングナイトは撤退を開始する。


 そして砂煙が晴れ、見通しのよくなった戦場でロングナイトたちが残した壁を使ってロトは最強の3人と対峙するのであった。











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