第13話 生刀”残”



「今の音はクマっぽいな」


 同時刻、ペラーはミミミとともに上の階に向かって足を進めていた。廊下に設置されていた非常ベルをついでに鳴らしながら職員を下へ下へと追いやっていく2人の目的は上級役職持ちの確保、及び機密データの保存であった。


 相手の司令部を潰し、且つ相手の防衛に関する重要なデータやこちらに対しての調査データなどを手に入れる。それが今回の目的である。


「しかしそれらしい場所がねぇな」と、ペラーは呟く。


 侵入してから10分ほど時間が経っただろうか。丁度中間くらいの階層から入って階段を使いひたすら上に登って来ていたが一向にそれらしい部屋が見つからず、開ける部屋はどれも机の並べられている真っ暗な空き部屋か数人の職員がいるだけであった。


 そしてついに天井にぶつかる。


 階段は終わり、近くにあったエレベーターもこの階で最上階となっていた。しかし、ペラーは違和感を感じていた。


「明らかに低いよな」


「私もそう思います」


 ペラーの問いにミミミが答える。ペラーの予想ではあと3階ほど階数があってもおかしくはなく、全て計算しての侵入だったからこそ回数の違和感が酷く残った。


 ペラーは窓を開けて上を覗き込む。するとそこには明らかな部屋と思える窓がいくつか見える。


「やっぱりあんじゃねぇか。どう思うミミミ?」


「そうですね。まあエレベーターでしか行けないとかそんなんじゃないですかね。それっぽい匂いがします」


「同意だ。そしてそのエレベーターも権限がいると見る。ならばどうすれば良いか分かるか?」


「この窓から上に登るって事ですか?」


「その通りだ。時間がない行くぞ」


 言い終わるやいなやペラーは窓の外に体を乗り出し、上の窓に向かって思いっきり跳躍した。


 優に10メートルは飛んだだろうか。普通の人間ならばあり得ない、強化されたゲームキャラだからこそ出来る荒技でペラーは次の階の窓枠に手をかけたのである。


 両手を窓枠にかけてそのまま登って数センチの狭い窓枠に立ったペラーは、窓ガラスを蹴り割って中に入る。カーテンで閉じられていた部屋はどうやら会議室のようで、立派な長机と椅子がいくつか並べられてあった。


「待ってくださいペラーさーん」


 メイジ専用浮遊アイテムの風船を使いプカプカと浮かんで上がって来たミミミは割れた窓ガラスに当たらないように慎重に潜り抜けながら部屋に入り、ふぅと大きく息を吐いた。


「能力値全てを身体強化に振ってるだけあってほんと人間離れした動きしますね。私の事も考えてくださいよ」


「アホ、だからお前を連れて来たんじゃねぇか。お前以外誰も俺に着いてこれねぇからよ」


「それがあなたの弱点でもあるんですけどねぇ」と、談笑する二人の前から不意に声がしてペラーは腰に携えた刀にを手を掛けながら目を向けた。カチリと刀の鍔が音を鳴らし静かな部屋に響く。


 目線の先、薄暗い部屋の入り口のドアの前にはスキンヘッドで痩せ型の一人の男が立っており、その腰にはペラーと同じように刀が携えられていた。


「クラック……お前やっぱりこっち側にたか」


 ペラーが口にした名前の男クラックは[NEO.MION]のギルドメンバーであり、ペラーに続いてギルド内で近接戦闘最強の男であった。


 2年前にペラーの推薦によってギルドに加入した元ギルド[カーペンター]のメンバーの一人。


「お前がいるってこたぁ他の3人もいるのか?」


 ひりついた空気感の中、ペラーはゆっくりと口を開く。


「察しの通り、私たちはこちら側の陣営として召喚されたということです。しかしながら、あなたがこっちに来てくれてよかった。ここか中央庁舎にあなたが攻め入るのは聞いていたんですがどっちに来るのかが分からなくて、でも本当に良かったですよ。私じゃなければあなたの刀は止められませんからね」


「めんどくせぇな。どこから情報が漏れてんだ? 昔のよしみだ、答えるなら許してやらんこともないぞ」


「ここは私たちの陣地ですからセリフが逆ですよ。降参してくださいペラーさん。今ならば命だけは助けてあげられます」


「はっ、俺に負け越してる雑魚が吠えるなよ」


 次の瞬間ペラーが動く。


 最初の一歩で最高速に乗って一気にクラックとの距離を詰め刀を抜いた。切っ先は空を裂くようにして走りクラックの喉元に真っ直ぐに飛んでいったが、しかし、それはクラックの刀によって阻まれた。


 刀と刀が打ち合う派手な金属音が部屋に鳴り響く。


 弾かれた刀を両手で握り直しながら体勢を整えたペラーは再び刀を振り下ろし、それをクラックが再び弾く。


 そのやり取りが数度繰り返された。弾かれては振り下ろし、弾いては振り抜いて、刀が折れてしまうのではないかと思うほどの音を鳴らしながら二人は斬り結ぶ。


「ふー…。……しっかし、このキャラをしっかり育てといて良かったなぁ。ほんと自分じゃないみたいに思い通りに動いてくれる。そう思うだろクラック?」


 ペラーは終わりそうにない斬り合いを一旦中断し、距離を取って大きく息を吐き出した。


「なんでこんな時に限ってサブ垢でログインしてないんですか? 使い道はここでしょ。……ほんとしんどいんですけど」


「なら早めに終わらせてやるよ」


 言うと同時にペラーの刀が様相を変える。血管のようなものが刀身に浮かび上がり、まるで生きているかのように脈を打つ。


生刀せいとうのこり】」と、静かに呟いたクラックはその刀を知っていた。


 武器を使って戦うアタッカーは武器の強さが戦闘の全てと言っても過言ではなく、相手が自分よりも数段強い武器を持っていた場合、どれだけレベルが高く技術があっても絶対に勝つ事は出来ない。そのため武器を扱うプレイヤーは必死になって素材を集めより強い武器を作るのだが、稀に高難易度クエストでレア武器がドロップする事があるのだ。


 ほとんどの場合、ドロップ武器はロマン武器と呼ばれる一点特化の弱武器なのだが、稀にドロップするその武器の中にさらに稀に最強と言われる武器が見つかる。


 それはアーティファクトと呼ばれ、刀の場合は生刀シリーズ4種と龍刀りゅうとうシリーズ6種が現在発見されていた。


 生刀【残】はその内の一振りであり、他の種類のアーティファクトよりも近接戦に優れた、ゲーム内最強の武器の1つであった。


「お前もこの刀の事はよく知ってるだろクラック。取り敢えずはこの建物を消しとばす。……受けなきゃ死ぬぞ」


 場に静寂が張り付く。


 緊張感が徐々に高まって行く中、ペラーは刀を構え「一線」と、力強く発しながら横に振り抜いたのであった。


 左から右へと切っ先が動くと同時に衝撃波が発生し、目の前にあった物全てが消し飛ぶ。まるで建物に向けて横から巨人が手刀を振ったように、ペラーの居た階そのものが粉々に消え去ったのである。


「流石の威力ですが、やはり相性が悪いですね」


 消え去った階層の中で不自然に残る綺麗な足場の上にクラックは立っていた。


 クラックの肌には銀色の鱗のようなものがまばらに見え、刀の色も鈍い銀の色に変わっている。


「ご存知の通り私の龍刀【うろこ】は使用者に物理攻撃の威力を激減させる鱗を付与しますので、物理判定の【残】では打点がありません」


「そんな事言ってるからお前はいつまで経っても俺に勝てねぇんだよ。……それ環境ダメージは入るぞ」


 言いながらペラーは刀を納め、上を指差した。


 天井はきしきしと音を鳴らしゆっくりとバランスを崩して沈み出す。


 先程のペラーの一撃でこの階層の柱は消え去り、上は支えを失った。結果、上階が自重に耐えられず落ちてきたのである。


「待てペラー!」


 入ってきた窓から出て押しつぶされるのを避けようとするペラーをクラックは追いかける。


「あいつを吹き飛ばせミミミ!」


「了解です! ショートカット、虎!」


 ペラーと入れ替わったミミミの手からは炎の虎が飛び出し、ペラーを追うクラックに噛みついて建物の中心部へと吹き飛ばす。


 詠唱なしのショートカットで出せる中ランクの魔法【炎虎】であるが、そのノックバック効果はこの場面においては絶大な効果を誇る。


 魔法のノックバック効果に耐性のない龍刀【鱗】を持つクラックは何とかそれに抗おうとするが時すでに遅く、建物の上層、三階分ほどの鉄塊は空白となった階層に音を立ててぶつかった。


 鉄塊はそのままペラーがいる場所とは反対の方向に滑り落ちていき、地響きを鳴らしながら地面にぶつかる。


 建物の外へ飛び出したペラーは1つ下の階の窓枠を掴み、ミミミは風船を使って窓の外でプカプカと浮いていた。


「さてどうなったか」


 ペラーは再び窓枠を蹴って上に登る。


 廃墟のような場所で、しかし、クラックは立っていたのであった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る