第12話 状況開始


 某日、東京都のとある会議室。


「突入した部隊からの連絡が途絶えてはや三日、まだ攻め入らないのかね黒崎くん」


 高そうなスーツを着た中高年の男達の中の1人が一際若い30歳くらいの男、黒崎和久くろさきかずひさに向かって声をかけた。


「ご存知の通り敵は未知のテクノロジーを使っています。衛星からの映像も未だに妨害されており敵の全体像も掴めていないため攻め入るのは非常に困難でして」


「黒崎くん、私は言い訳を聞きたい訳ではない。状況なら資料ですでに確認している。その上であの小さな島一つ占領するのにいつまで時間をかけているのかと言っているのだよ」


「しかし、今の情報量で突撃しても先遣隊のように兵を消費するだけで」


「私が今何と言ったか聞こえていたかね? 聞こえていないようだからもう一度言うが小さな島と言ったんだ。小さな島を制圧するのに兵を消費と言っているのがそもそもの間違いだよ。米軍も協力的なんだ数で押しつぶしてしまえばいいじゃないか。何を迷っているのか、私たちは盤面を駆け回る駒ではなく、駒を動かす打ち手だ。駒の心配は同じ盤面にいる者に任せ、君はただひたすらに利益を追い、最も有効な勝ち筋に駒を動かすだけで良いのだよ」


 五十歳ほどのその男は言いながら煙草に火をつけゆっくりと煙を吐き出した。


「申し訳ありません。善処します」と、黒崎は頭を下げる。


「……まあ頑張りなさい。あの島が現れて一ヶ月、そろそろ国内外ともに対処しなきゃならない問題が出てくるから、早めに処理するように。期待してるよ黒崎くん」


 会議室を後にした黒崎はそのままビルを出て近くの駐車場に停めてあった車の助手席に乗った。


「お疲れ様です黒崎さん、缶コーヒー買ってありますよ」


「あぁ、ありがとう」


 車の中では1人の若い女性、舞仲由沙まいなかゆさが助手席で待機しており、黒崎は差し出された缶コーヒーを手に取ると振ってから開けて口をつける。


「それでどうでしたか会議は?」


 舞仲は後ろで結われた真っ黒な長い髪を揺らしながら切れ長の目を黒崎に向けた。


 缶コーヒーをホルダーに置き、煙草を咥えて火をつける黒崎の顔は険しい。


「どうもこうもあるかよ。過去の栄光に縋る老害どもが、全く嫌になるよ」


「つまり上の意思は強行ですか?」


「あぁ。脳死で突っ込めってよ。さて、どうしたものか」


 黒崎は煙草を吹かしながらスマートフォンを取り出す。


「あれ、でも今って街の周りに膜みたいな物が張られてて侵入できないんじゃなかったでしたっけ?」


「その通りだ優等生。資料にもしっかり明記してあったんだがそれを踏まえてもあの老人達は数で押しつぶせると考えているらしい。本当、やり方をご教授願いたいよ」


 吐き出した煙草の煙が車内を漂い、舞仲はエンジンをかけて窓を少しだけ開ける。


「確か米軍が試したんでしたっけ?」


「そうだ。独断行動が好きな米軍様が制止を無視して突っ込んだ結果、街には入れず1人の少女に惨敗して撤退したらしい」


「その少女の写真などは?」


「ない。……しっかし、少女が躊躇なく軍人を殺すとは、あいつの言ってた事も案外当てにならねぇなぁ」


「あの男ですか。あちら側の人間と言っていましたがどうなんでしょうね。もしかしたら罠という可能性も」


「それも踏まえて今日の件で決着がつく。あいつの情報が正しければ相手はもうすぐ強襲を仕掛けてくるはずだし、それに対する手立てもすでに練ってある。もし罠だとしても今日動くのには変わりないだろう。俺たちはそれに備えて準備するだけだ。お前も腹決めとけよ」


「はい。頑張ります」







 同時刻、防衛省の屋上にあるヘリポートにペラー達は立っていた。


「それじゃあ後は任せたぞペラー。時間厳守だ遅れるなよ」


「あぁ。ありがとな」


 消えるザークライルを見送ってペラーが屋上から足元にある防衛省を覗き込むと、強風に煽られて白髪がなびいた。


「さぁてと、準備できるかお前ら。目標は目の前の防衛省。向こうの襲撃と合わせて一斉に攻撃を仕掛ける。タイムリミットは1時間で、その間に攻略して建物を壊す。この一戦は要の一戦だ。絶対に成功させなければならないから気を抜くなよ」


 あいろん、クマ、ミミミ。いつもは陽気な面子だが、初戦という事もあってみな集中している為に誰も言葉を発さない。


 初の対人戦闘。出来るだけそういった影響の受けない人間を選出したつもりでいたが、そればっかりはやってみないと分からない。それだけがペラーの不安要素であった。


 もしも誰かを殺す事になった時、初めの一回が出来るかどうかどうかが全てだ。それを乗り越えなければ今後もそいつは使えない。さて、どう転ぶか。そう思いながらペラーは腕輪のボタンを押してメニュー画面から時間を確認した。


「残り5、4、3、2、1……作戦開始だ。行くぞ!」


 ペラーの合図とともに全員がビルの屋上から飛び降りる。


「浮遊入れます!」


 予定していた地点でミミミが浮遊魔法を全員にかけ、4人はまるで月を歩く宇宙飛行士のような速度まで減速した。ゆっくりと落ちていく中で目標階層に辿り着いたことを確認したペラー達は外にせり出た窓枠を掴み、勢いを利用して窓ガラスを蹴破って防衛省の中へと突っ込んだのであった。


 オフィスとなっていた部屋では10人ほどの職員がパソコンを叩いていたようだが、突然の出来事に悲鳴を上げ窓とは逆側へと逃げて行く。


「予定通りミミミは俺に付いてこい。あいろんとクマは下で外から入ってくる警備を止めろ」


「了解」


 慌てふためく職員をよそに、あいろんとクマは左のドアから、ペラーとミミミは右のドアから廊下に出てそれぞれ別の方向へと走り出す。


 廊下には音に驚いて出てきた職員が数人彷徨っていたが、あいろんとクマはそれを押し退けながら進みエレベーターを探した。


「ありましたよあいろん。こっちです!」


 クマの指差す先にあるエレベーターの前にはまたも数人の職員がスマートフォンを片手にエレベーターが上がってくるのを待っている。


「すみませんがちょっと退いて下さいね」


 クマはさも当然かのようにその人達の前に入り邪魔が入らないように「ロック」と、一言だけ呟きながら床に向かって掌を押し付けた。


 クマとあいろんの背後からエレベーターのドア周辺に向けて半円状に床がせり上がって二人を囲む。真っ暗になったその空間で小さく光るエレベーターの階数表示を頼りにクマはエレベーターが登ってくるのを待とうとしていたが、下が混んでいるのか中々登ってこない。


「遅いな。もう無理やり開けるぞ」


 耐えかねたあいろんは右手をドアに当てた。


「仕方ないですね。どうぞ」


「圧縮」


 次の瞬間、衝撃音とともにエレベーターのドアは手の平で丸められたアルミホイルのような小さな鉄の塊となってあいろんの右手の中から現れる。あいろんはその右手に握られた小さくなったドアを捨てて下を覗き込む。


「めんどくせぇからこのまま降りようぜ」


「了解です。強化をかけるのを忘れないように」


「オーケー」


 二人は左手首の腕輪のボタンを押し、メニューから戦闘用に備え付けられている身体強化を発動させると、そのままエレベーターのないエレベーターに飛び込み、地上1階に止まっていたエレベーターの天井に勢いよく着地した。

衝撃で天井は足の形に歪むが2人は御構い無しに入り口を探す。


「こっちです」


 クマは足元にあった整備用の小さな扉を無理やりこじ開けエレベーターの中に入った。


 中にはまだ二人の乗客がいたが、突然の訪問者に声を失っている。


「早く逃げなきゃ危ないですよお客さん」


 あいろんは軽口を叩きながら乗客の肩をポンと叩き、クマと共にドアの外に向かって走り出す。


 エレベーターを降りた先はエントランスになっており、既に駆けつけた警備員が4人ほど見える。


「君たち、ここの職員じゃないようだけどどこから入って来たんだい?」


 警備員の1人がこちらに気づき近づいて来るのを見てあいろんは何も言わずにその警備員の元へと駆け寄り、「クマ、壁だ」と、言いながらその警備員の襟を掴んで力一杯に建物の入口側へと放り投げ飛ばしたのであった。


 その動きに呼応しクマが床に手を当てると、床は急速にせり上がり警備員とクマの間に巨大な壁が形成されたのであった。


 壁は左端から右端、床から天井までしっかりと伸びており、この建物に正面入り口から入る事は不可能となる。


「取りあえずはこんなもんか。中の奴は他の出入り口から逃がして、入ってこようとする奴は階段とエレベーターがあるここを通るはずだから見張っておけば大丈夫だろう」


「ですね。上はペラーさんなら上手くやってくれるでしょうし、私たちは待機してれば良いでしょう」





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