第8話 現状を理解しようか。


「困った時は多数決だ。きょーすけに協力するのに賛成な奴は手を上げろ」


 俺が言うと同時にみおみおを始めとしてミミミ、神風、クマ、ペラーの計5人がゆっくりと手を上げる。今この場にいるメンバーは12人であり、決を取っている俺と当事者のきょーすけを入れれば一応半数以上が協力に賛成したという事になる。


 どこかの旅団の腕相撲よろしく意見が割れた時の為に何か取り決めをしておこうと考え作ったのが多数決制度だが、ここに居るのはみな普通の社会人な為、決まった事に対して全く遺恨がない訳ではない。そのためこういったギリギリの結果になった時は双方の意見を出来る限り擦り合わせようと暗黙の了解が出来ている。


 今回も可能な限りわだかまりを残さないようにしなければいけないと思った俺は取り敢えず妥協点を探そうと考えた。


「さてと、きょーすけを援護するのは決まったが、今手を挙げてなかったみーちゃん、あいろん、ガチャゴチャ、ブラスト、ロンロリは何かあるか? 今なら意見を聞くぞ」


 言いながら俺が一同を見回すと、早速ブラストが口を開く。


「だからさっきも言ったようにせめて案を出してくれ。こんなよく分からない状況で妻を救出するなんて無謀だろ。そもそも日本本土に上陸する手段も何も分かってないのに」


 対してみおみおが口を開く。


「それに関してはこれから詰めていく。他ギルドとの話し合いで様々な情報が出てくるだろうし、それを纏めてから可能な限り救出を試みるって形でいいだろう。もしも俺ら全員の命が危なかったり、他に最優先事項が出来た場合救出は後回しにする。きょーすけもそれで納得してくれ」


 みおみおがそう言いながらきょーすけの方に視線を向けると、きょーすけは難しい顔をしながらも「了解」と一言呟いた。


「他に何かある奴はいるか? ……よし、何もないならこの話はここで終わりな。俺たち[NEO.MION]は首都攻略戦に賛成するが出来る限りの戦闘は避け、余裕があればきょーすけ、いや、こうなったらみんなの助けたい人を救出に向かう。これで決定だ。会議には俺とねじとペラーさんが出る事にして、そうだな明日の夜に全員一度ここに戻ってようか。それじゃ各自情報集めに各々やりたい事を進めていってくれ。解散!」








「解散って言ってもよ。何をすれば良いんだろうな」


 街の南側にある展望台であいろんが俺に向かってそう声をかけた。


 解散後、俺はあいろんと共に街を一望出来るこの展望台に足を運んだ。理由は単純。あいろんが言ってる通り何をすれば良いのか分からなかったからだ。いや、何から手をつけて良いのかが分からなかったという方が正しいだろうか。とにかく知らない事とやる事が多すぎて面倒になったのだ。結果、取り敢えず上から見下ろしてみようという結論になった。


「そういやお前、さっき手を挙げてなかったけど何かあったのか?」


 俺はあいろんの問いかけに別の問いかけを返す。


「ん? 理由なんかないよ。どっちでも良いかなーと思ったから手を挙げなかっただけ。どうせ俺には守るものもなければ失うものもないしな。そこは流れに任せるわ。正直くだらない内容だった」


 あいろんらしい答えだなあと思いながら俺は再び視線を街に戻した。遥か上空では飛行機の通った後のような紐状の雲がいくつかかかっており、おそらくこの島を偵察に来た軍の戦闘機の物だろう。


 日本と戦う場合、あの戦闘機や先ほど海に浮かんでいた軍艦が一斉に襲ってくる事になるのだろうが、防衛システムの一つであるエリアシールドがある限りおそらくこの街への攻撃は不可能だ。


 絶対不可侵の防壁。システム上あのシールドはプレイヤー以外如何なる物であっても通さないようになっている。しかしながら、不安もそこにあった。ゲーム時代システムは絶対であり不可侵が侵される事はなかったが、今の状況において果たしてそれは絶対と呼べる物なのか。万が一耐久度などが付いていた場合、俺たちも早めに動かなければ手遅れになってしまうだろう。


 ただ、おそらくは杞憂だ。見たところパラメーターも何も付いていないし、もし会館に管理施設があった場合はペラーさんやフローズンが見つけている筈だ。だが、俺は若干の不安を胸に抱えていた。


 何が不安なのか。強過ぎるのだ。俺たちが。


 魔法が使え、蘇生も使え、アイテムも使える。いくら数に不利があるからと言っても俺たちが勝つのは目に見えている。


 この街の防衛システムにしても、このエリアシールドを始めにNPCの衛兵や自動砲台、街を囲む物理魔法無効の効果の付いた防壁などただの人を相手にするには強過ぎるのだ。


 首都制圧というクエストがある以上、もしかするとこの異変は誰かの仕業なのかも知れず、しかし、それであるならば些かバランスの取れていないように思え、まるで俺たちに日本を蹂躙しろと言っているようでもあった。


 何か罠があるように思えて仕方がない。


「なあ、日本と戦って俺らが負ける可能性はあると思うか?」


「…………逆に、お前は人の命がどれだけ重いものだと考えているんだ?」


 俺の問いかけにあいろんは少しだけ考える素振りを見せながらそう返し、俺の答えを聞かずに話を続ける。


「よく言うじゃねぇか、引き金の重さは命の重さって。いざ戦闘になったら魔法ぶっ放して剣ぶっ刺して、死体や血痕の散らばる日本の見知った街を歩くんだ。おそらく七割は使い物にならなくなる。[NEO.MION]も殆ど残らないだろうなぁ。だけど、それでようやく良い戦いになるんじゃないかと俺は思う」


「七割も減るか?」


「減ると思うぜ。俺らは所詮一般人だ。それなのに信念も何もなく人と戦うなんて出来る訳がない。逃げ道なんて幾らでもあるからな。正直俺が言うのも何だが戦い続けられる奴は狂ってるよ」


 一理あると俺は思う。未だに夢見心地で現実感がない為にゲーム感覚で倒せば良いと思ってしまっていたが、人を殺すのだからそんなに簡単な訳はない。だがまあ、それを考慮してもそこまで減るとは思えないが、そればっかりは初戦を終えてみないと分からない所でもある。


「……初戦が終わった後にどれだけ減るかだな」


 呟きながら隣にいるあいろんを横目で見て、こいつは絶対大丈夫だろうなぁと俺は思った。


 現実を現実としてしっかり受け止めているとでも言うのか、あいろんは目の前にある事象を冷静に判断して飲み込んでしまう。その為もあってこの異変が起きた時にも直ぐに順応して素直に楽しみ、敵が人であっても倒さなければいけない相手として割り切る事ができるのだ。


 初見では掴み所ない変な奴だと思ったが理解すればこれほど分かりやすい人間もいない。


「もしかしたら、お前も脱落するかもな」


 少ししてからあいろんはそう言葉を漏らした。


 どうやら同じような事を考えていたようだが、あいろんの見立てでは俺は残れないかもしれないらしい。


「何でそう思うんだ?」


「だってお前、いやお前らか、戦わなくて良い道を探そうとしてんじゃん。軍人と初めて会った時も直ぐに殺すべきだった。捕虜にするにもあっちは本職で敵う訳ないんだからさ。あの場面はアカミンが正しかった。今も生かしておく意味がないし、それでも生かしてギルドに置いとくって事はどうにか人質にでもして平和に解決できないかって思ってるんだろ? そんな事を考えてるようじゃ脱落するぞって話よ」


「でも相手は生身の人間だぞ? そう簡単に殺すなんて出来るか?」


「それが甘え。クエストが失敗するとどうなるのか分からない現状、俺たちには日本を制圧する以外の選択はないんだよ。そうすると、必然的に日本にとって俺たちは侵略者で悪者だ。同じ世界を生きている人間同士だと思ってこのまま流れで戦闘になるとそれが必ず足枷になってくるぞ」


 やはりあいろんは現状への順応が恐ろしく早く、こういう状況ではとても頼りになる。知り合いだから友達だからと遠慮しないでしっかりと意見を言ってくれるのもありがたい。


「だけど現状はお前が少数派だあいろん。その意見も逆に戦う理由を探していると言われるだろう。みんなに心の準備をさせるためにも戦闘はなるべく遅らせてゆっくり広げていくべきだ」


「まあその辺は好きにしてくれれば良いけど俺の邪魔だけはすんなよ」


「善処する」


 話も一段落し、俺とあいろんは再び街に目を向けた。


「しかしなあ、やっぱ負けそうな気がするなあ」


 少し置いて、急にあいろんが弱気な発言をこぼす。


「どうした? らしくもない」


「……ねじは、この体の事にどこまで気がついてる?」


「体?」


 また妙なことを言い出したなと俺は思った。


「元の体とは体重も身長も違うのに違和感なく動かせるだろ? もしも魂だけがこの体に乗り移ったんだとしたら普通は体が重く感じたり歩幅の違いで躓いたりするもんだけど、まるで昔から馴染んだ体のようにこの体は動かせるんだ」


「なるほど。続けてどうぞ」


 話を理解しているのかを確認するためにこちらに視線を向けたあいろんに俺は続きを促す。


「それに伴って痛みや疲れもこの体は感じるようになってるんだよ。まるで本物の自分の体みたいにね。そんな全く違和感のない体で味わう痛みはゲームとしてみていたこの世界のリアリティを一気に濃くしてしまうんじゃないかなと俺は思う訳よ。絶対に殆どのプレイヤーはそのギャップで躓く」


 リアル過ぎる痛み。俺はあいろんのその言葉を意識しながら片方の手の指をもう片方の手で反らし、ポキポキと音を鳴らした。


 確かに指は元の体と遜色がなく、軽い痛みも感じる。


「死んでも生き返れるが……って話か」


「そう、綺麗に寿命で死ぬ訳じゃないんだ。戦って死ぬんだから死ぬ度にそれなりの傷を負うし相応の激痛が伴う。まあほぼ無限に復活できる対価みたいなもんだな。だけど一度その痛みを体験してしまったらもう二度と死にたくないと思うはずだ」


「痛みを受けると分かっていても自ら飛び込んでいくのは相応の勇気と覚悟がいるってのはよく聞くからな。初っ端から全員で突撃してふるいにかけてしまって少数精鋭で戦ってくってのありだけど、やっぱ不確定要素が多いから出来るだけ人は残しておきたいよなぁ。そう考えるとメイジの高火力で安全圏からゴリ押ししていくのが無難な気がするが」


「無理な奴は何をどうしても無理だと俺は思うけどねぇ。それよりもリタイア組が後方でどう支援するのか。そして前線組と後方組に摩擦が起きないようにどうバランスをとるのか。それが重要になってくるんじゃね? クエストの期限も決まっている訳だし」


「物量の差は力の差でカバーするってことか? でもそれじゃ偏りが出てきて……いや、そうか。後方支援は死ぬことが少なくて多めに残る、アタッカーはお前やアカミンみたいな奴が多いからそこまで減らないって事か。一番難しいのはタンクだがそれはフローズンがいるからあいつに任せておけばいい話だしな。そう考えると一番正しい戦い方かも知れないか。後はまあ一回戦ってからじゃないと分かんねぇな」


「面白い話をしてますね」


 俺とあいろんが話をしている後ろから声が聞こえ、俺たちは振り返る。するとそこに居たのはフローズンであった。


「フローズン。一人で歩いてるなんて珍しいな、俺たちに何か用か?」


「あいろんさん、ねじまきさん。あなた達にお話とお願いがあってきました。少しお時間を頂いても?」


 何だろうかと思いながらあいろんに目配せをするが、あいろんも首を傾げる。あのフローズンの真面目な話。難しい話であるのは確かで、何か裏があるのも確かだ。


「取り敢えず話だけ聞こうか」


「ありがとうございます」とフローズンは頭を軽く下げ話を始めたのであった。





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