第5話 因幡の白うさぎ
クマの元には既にみおみおとあいろんが集まっており、俺の声を合図にしてクマは地面に手を付き「ロック」と言葉を放った。言葉と同時にクマを中心に半径一メートル先の地面がせり上がって半円のドームが完成し、次の瞬間その外で大きな爆発音が響いたのであった。
[noob11]のブラッド・レイと言えば火属性の爆裂系や火炎系の魔法を得意とするメイジだ。そのため先ほどのアカミンの掛け声はゲーム内のスキルを最大火力で放てと言っていたのである。それは即ち、この世界でもゲームの技が使えるとアカミンたちは確信していたと言うことでもあるのだ。
もしかしたらと考えてはいたが、まさか本当に使えるとは。おそらくアカミンは先に検証していたのだろう。
「しかし、よくスキルの使い方が分かったなクマ」
真っ暗な岩の中で俺は呟くようにして声をかけた。
「先ほどみおみおと試していたんです。大抵のスキルや魔法はゲームキャラがとっていた行動を真似れば発動しますよ」
思った以上に他の奴らの行動が早いと俺は思った。
会館を調べに行く事やゲーム内で使えた技が使えるのかどうかを試す事は最優先事項の一つであり、俺もやっておかなければいけないと考えていたが、どうやら既にある程度のことは他の奴らがやっているらしい。
「それでどうするねじまき。あいつらまじでぶっ放した見たいだぞ」
みおみおの顔が見えなくても苦笑いしているのが分かる。
ブラッドほどのレベル、いわゆるカンスト勢が全力でスキルを放つと言う事はガード出来なければ即死してしまうと言う事でもある。同じくカンスト勢でありタンクでもあるクマであったからこそ簡単に防ぐ事は出来たが、今この場所にはその攻撃が防げないレベルのプレイヤーと、軍人という普通の人間がいるのだ。
今の爆発で間違いなく数人は死んだ筈で、それをアカミンたちも予想していたはずだ。
《ディザスター》ではHPがゼロになったプレイヤーはその場で消滅し、一万コインを使う事で協会で復活する事ができるのだが、この世界でそのシステムが通用するのかどうかが問題だ。
もしもそれを確認せずにやっていたとしたら、下手したら人殺しになってしまう可能性がある。それを分からないほど馬鹿な奴らではないが、常識の吹っ飛んだ超攻撃的ギルドとして有名な[noob11]のやる事だ。おそらく他の奴らなどどうでもいいと考えているのだろう。
「クマ、もう壁を解除していいぞ」
俺の言葉に頷いたクマは地面から手を離し、それに応じて俺たちを囲っていた岩が地面に戻っていく。
一面の焼け野原の中、まず目に入ったのは縦横5メートルほどの大きな氷の壁であった。あれほどの爆発があったにも関わらず無傷でその場にそびえ立っているその壁は、一目見ただけでフローズンの防御魔法だと分かる。
火炎系、それもブラッドのスキルを弱点属性である氷の防御魔法で完璧に防ぐ事が出来る人物は数人しかおらず、今のこの状況ではフローズンで間違い無いだろう。
さらに辺りを見回すとブラッドの攻撃を防げなかったのであろう人達が倒れており、その体についた傷口からはうっすらと光が漏れ出し、そして弾けるようにして粉々の光の粒となって消滅した。
その中で俺は先ほど逃げようとした軍人を探したがその姿はどこにも見当たらない。
逃げられたとも思えないが死体すら無いのを考えると誰かが何かをしたのだろう。
何か。
ブラッドのスキルは一級品だ。全力で放たれたそれから人間数人を守るにはそれに合った特殊なスキルが必要となってくるのだが、この場でそれが出来るのは……
「みおみお、白うさぎのシロが何処かに居るはずだ。探せるか?」
「その必要はないよ」
突然背後から声が聞こえ俺は反射的に振り向いた。すると、何もないはずの背後の空間にまるでガラスを拳で割ったかのような亀裂が入っていたのであった。
亀裂からは大きなピンクの耳のようなリボンを付けた少女が顔を見せており、少女の頭には
「シロ……お前から現れるとは珍しいな」
上位ギルド[因幡の白うさぎ]のサブリーダーであり、最強と言われるスキルの一つユニークスキル【表裏一体】を持つ彼女は、そのスキルにより表の世界と裏の世界を自由に行き来する事が出来る唯一のプレイヤーだ。
最難関クエストを最初に攻略したプレイヤーだけが得られる、シロだけしか持っていないスキル。
先ほどのフローズンの言動からも、おそらく彼女は初めからこの場所の裏に居た。ならばあの爆発の中で軍人たちを裏世界に避難させる事も出来たはずだ。
「君の求めてるものはこれでしょ?」
そう言って彼女が自らの頭上を人差し指でなぞると同時に、何もない空間が裂けそこから気を失った軍人たちが落ちて来たのである。
「これあげる」と、軍人達を指差し彼女は呟く。
相変わらず捉え所がなく神出鬼没な少女だが、その見た目とは裏腹に非常に優秀なプレイヤーだ。かなりの古参プレイヤーだから現実は30近い年齢だとは思うが、アバターが女性のままという事は女で間違い無いのだろう。
「俺に渡す理由は?」
「ギルマスがあなた達に渡せと。じゃあ、後はよろしく」
「おい、待てそのギルマスは何処に」
俺が言葉を言い終わる前にシロは消える。
空間に生じていた亀裂は跡形もなく消え、まるで幻覚でも見ていたのではないかと思ってしまうほどだ。
どうしたものかと思い俺は地面に横たわる軍人達を見た。
ギルドの特色というのはギルドマスターに左右されるものであるが、[因幡の白うさぎ]のギルドマスター
古参であるにも関わらず一向に戦闘が上手くならない、それでいて常にスクリム(練習試合)の相手を探している変人であり、下手の横好きとよく言われていたものである。
そんな白うさぎだが、シロの加入によって一気に上位ギルドまで上り詰める事となった。
孤高のメイジ。元上位ギルドの一つ[神様の贈り物]が解散して以来、一度もギルドに所属していなかったシロだが、三年ほど前に急に白うさぎに加入したのである。
絶対に他者の侵入を許さない世界を自由に扱う事が出来るスキル【表裏一体】は、先ほど軍人を入れたようにシロが招けば人を入れる事もできる。それはつまり、敵の背後に味方を出現させる事も、負傷した味方をリスクなく退かせる事も簡単なのだ。
アカミンが最強のアタッカーであるならシロは差し詰め無敵のサポートと言った所だろうか。ともかく、戦闘狂のムーンの理想を無敵のシロが体現する形で[因幡の白うさぎ]はさらに戦闘に特化したギルドとなっていったのである。
では何故、戦闘以外興味のない白うさぎがここに居るのか。
答えは至極単純だ。ムーンはアカミンやフローズンが嫌いなのだ。自分より強い奴が嫌いという子供のような理由だが、ゲームにおいてそれは重要な感情であり、だからこそムーンは戦闘狂と呼ばれるほどに戦闘をやり続けられたのだろう。
しかし、それで行くと俺はムーンに嫌われていない、つまり自分よりも弱いと思われているという事にもなる。こうして軍人を渡されたりと要所要所を他のギルドより有利に進められる物を得られる時もあるため何とも言えないが複雑な気分だ。
いずれギルドランクで抜いてやる。と、心の中で愚痴を吐きながらこの場面ではとりあえずありがたいと思い俺はアカミン達に視線を戻した。
「それで、白うさぎはこっちに付くみたいだがどうするアカミン?」
俺の言葉にアカミンが反応する。睨みつけるような眼光は鋭く、嫌な緊張感が体に張り付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます