第4話 最強のプレイヤー
「この島の名前は〈アンリヴァル〉で僕達はこの島の住人です。そしてご存知の通り、この島はこの世界の物ではありません。僕達は《ディザスター》と言う名の別の世界から訳あって飛ばされて来たんです」
「なるほど」と、一言呟いて牧瀬はこちらを見た。
その目を見た瞬間、俺の背筋に悪寒が走る。感情のない目とでも言うのだろうか。冷ややかで真っ黒の瞳が俺を捉えていたのだ。
この男は俺の手に負える相手ではないと直感した。
相手は本物の軍人で、それも見た所30過ぎの中堅だ。そんな相手に20そこらのゲーマーが敵う筈がなかったのだ。
「話は分かった。しかし、取りあえずここは日本領内で君達が侵入して来たという事実は変わらない。そのため私達には君達を拘束する必要があるのだが、話を聞く限り君達に敵対意思はないようだ。手荒な事もしたくない為同行して貰えれば嬉しいのだが、どうだろうか?」
最悪の事態になった。様子を見ようとジャブを打ったら顔面に右ストレートが飛んで来てしまった感じだ。
俺の話を理解した上で、事実と解決策、それに妥協も入った提案。これを拒否する事は敵対する事だと釘を打たれてしまった。こちらの戦力を知らないため急に間を詰めて来たりはしないと踏んだが、思っていた以上にこちらが混乱しているのを見抜いていたらしい。
こうなると選択肢は二つ。従うか、開き直って強気に出るかだが、さてどうするか。
「……申し訳ないがそれは出来ない。ここは僕達の国であって日本ではない。大人しく帰ってくれ。そうすれば僕達はあなた達にも日本にも敵対はしない」
敵対しなくていいのならばそれにこした事はないが、状況的におそらくそれは無理だろうと俺は思い、ならばこちらに提示された選択を放棄して相手に移す事で双方が納得する妥協点を探そうと考えた。
「なるほど。待っただけあってねじまきがみさんはしっかりとした決定権を持っているようだ。しかし、君は分かっていない。いくら強大な力を持っていようとも、戦とは経験なのだよ。意思の統一も出来ていないような烏合の集に何が出来ようと言うのか。……例えば、今ここで君達と交渉が決裂し敵対する事になっても、私と、後ろの船に控えている数十人の部下でこの島を制圧する事が出来る。私達の間にはそれほどの力の差がある事を理解したまえ。そしてそれを踏まえた上でもう一度言おう。私達に同行してはいただけないだろうか?」
やけに強行してくるなと俺は思う。
もしも日本対〈アンリヴァル〉の争いとなった場合、どこまでゲーム内要素が使えるのか分からない現状で俺たちが勝つのは難しいかもしれない。しかし、今ここで戦いになれば彼らも無事では済まないはずだ。
それなのになぜここまで事を急ぐのか。そう思った瞬間、遠くの方から
とある音が聞こえてくる。
そして次の瞬間、つんざくような音を立てながら島の上空を線を描いて戦闘機が飛んで行ったのである。
「タイムリミットか」
その場の全員が戦闘機を仰ぐ中で、牧瀬が呟く。
「焦っていた理由はあれですか?」
「その通りだ。今この時刻を持ってこの島に対する決定権は米軍の物となった。戻るぞお前達」
言いながら牧瀬は踵を返す。
ここは引き止めて情報を得なければいけないと思い俺が声を出そうとした瞬間、俺たちの背後から「少し待って頂きたい」と、声が聞こえた。
立ち去ろうとする牧瀬達を呼び止めた声の主。カチャカチャと鎧の音を鳴らしながら群衆を掻き分けて出てきたのは三人の男と一人の女であり、その中心に居た男の姿に俺は唾を飲む。
青い鎧とその背中に携えられた一本の大剣。
「フローズン」
群衆の誰かがその名前を口にする。
《ディザスター》プレイヤーならば絶対に知っている名前。
その鎧の男はギルドランク1位[FRANZ]のギルドマスター、ハンドルネーム
「誰かね君は」
振り返った牧瀬は睨むようにしてフローズンを見た。
「そんな険い顔をしないでください。私はフローズンロード。この島の最大勢力のリーダーです」
「なるほど……それで何か用かね?」
「申し訳ないですがあなたたちを返す訳には行かない」
フローズンのその言葉とともに、島の中心から青い光が広がり背後にある街全体を包み込む。
「これは……モンスター進入禁止のエリアシールド」と、みおみおが呟くと同時にこの場所に集まる人々を取り囲むようにして[FRANZ]のギルドメンバーが現れる。
「おいフローズンこれは一体なんだ?」
状況の飲み込めない俺は詰め寄るようにしてフローズンに説明を求めた。
「[NEO.MION]のねじまきさんですか。申し訳ないですが説明は後です。今は戦いを有利に進める手を集めるのが最優先なので」
「ちょっと待ちい。俺らも話入れてぇや」と、さらに話に割り込むようにして声が聞こえ、次から次に今度は誰だと思いながら目を向けると俺たちを取り囲む[FRANZ]のメンバーを掻き分けて入ってくる三人の男の姿が見えた。
三人の頭上に浮かぶハンドルネームは右からそれぞれブラッド・レイ、
つまり現れた三人は[noob11]のメンバーなのだ。
ややこしくなって来たと俺は思う。
《ディザスター》において現在最強のギルドは間違いなく[FRANZ]だが、最強のプレイヤーとなると別だ。ギルド同士のバトルは戦略ゲームとなるためどれだけ上手く立ち回り、相手の思考の上へ行くかの戦略勝負であるのに対し、プレイヤー同士の一騎打ちはレベルや装備が大きく離れていない限り単純な技量勝負となる。反射神経と人読みを用いた格闘ゲームとなるのだ。
その一騎打ちを得意としているのが[noob11]であり、ギルドマスターのアカミンはレベルカンスト勢の中でも最強を謳うプレイヤーであった。
また、アカミンはフローズンを嫌っている事でも有名なのだ。
そんな男がここに現れた意味とは。
正直嫌な予感しかしない。
「フローズン。あんたら会館行ってたやろ。隣におるノンも行ったんやけども、[FRANZ]の面子が邪魔で入れんかったらしいんや。そしてこのエリアシールド。絶対何かしてるやろ? 白状しいや。やないと話進められへんで」
やはり対立。
明らかな喧嘩腰のアカミンに対して、しかしフローズンは余裕が見える。
「白状も何も、私は何も隠すつもりはないですよアカミンさん。丁度いいです。[NEO.MION]、[noob11]、[因幡の白うさぎ]と上位ギルドが揃っているようですから私が会館で見たものを教えます」
唐突にギルドランク4位である[因幡の白うさぎ]の名前が出て俺は視線を群衆に向けた。レベルカンスト勢は名前の横に赤いマークが付いており、上位ギルドは[FRANZ]のような大規模ギルドを除きその殆どがカンスト勢で構成されている。そのため、もしも白うさぎのメンバーがいたならば見つけやすい筈なのだが、その姿は見当たらない。
どこにいるのか少し気になるが、話を続けるフローズンの方に集中しなければと思い俺は頭を切り替える。
「みなさん心して聞いてください。ギルド会館の中にはクエストがありました。クエストタイトルは首都制圧、期限は約1年、クエスト内容は東京都の制圧です。つまり私たちは何者かによって日本と戦えと言われているのです」
フローズンは冗談を言う男ではない。それはこの場にいる全員がわかっていた。しかし、フローズンの発した言葉の真意をみな測り、場に一瞬の静寂が生まれる。
「それは、クエストをやるやらないちゅう話かいな?」
口火を切ったのはアカミンであった。
「いや、私が見つけた時にはクエストは既に始まっていました。誰かが受けたとも考え難いので、おそらく初めからこの島のシステムとしてスタートしていたんでしょう」
その言葉を聞くと同時にアカミンの目が鋭くなる。
「……あんたが受けたんとちゃうんか?」
アカミンが提示した疑問。
フローズンが独断でクエストを受注したのではないかと言うそれは、フローズンのこれまでの行動を考えると可能性の低い物ではあったが、全くありえない話ではない。
最大最強のギルドを纏める素晴らしいリーダーでありゲームではよくある暴言やバッドマナープレーなどの悪い噂は一切聞かないが、その名の通りフローズンは冷たい人間でもあったのだ。
冷徹で冷静で、利己的な人間。それがフローズンという男であった。
悪い男ではない。むしろ我が強かったり、引きこもっていて話の通じない人間の多いネットゲームにおいてはやり易い良いプレイヤーである。しかし、だからこそ心の奥では何を考えているのかが分かりづらいプレイヤーでもあったのだ。
非常に身近な人間にしか、いや、もしかしたら昔から一緒にやっている仲間にも、本音を言わず、弱音を吐かず、限界を見せないからこそ底が知れない。
そしてフローズンも人間だ。
それならばその心の底に俺たちと同じような野望があっても不思議ではない。その野望がどれほどの物かはわからないが、今回起こった現象と混乱は、うまく立ち回れば自分の国家を持つことが可能になるかも知れない物なのだ。
動くなら今。それが先を見ている者達全員の共通認識であり、先手を取られまいとアカミンはフローズンを疑ってかかったのである。
「言いたいことはわかります。しかし、私ならクエストを受けて優位に立つより、そのクエストを最初に見つけた事を強みにして話し合いの主導権を握る方を選びますよ。アカミンさん、あなたなら分かっているでしょう。私は無駄なリスクはおかしません。とにかく、クエストは既に始まってしまっているんですから、仲間内で争っている暇はありません。戦闘機が飛び、軍艦らしき船が島を囲っている現状、エリアシールドがあるとはいえどうにかしないと」
その時であった。
二人の言い合いに皆が注目し、俺たちも口を挟もうかと思った瞬間。全員の意識が軍人から外れたのだ。
それを彼らは見逃さなかったのである。三つの小瓶のような物が宙を舞い、地面に落ちると同時に音を立てながら大量の煙を吐き出したのである。
「スモークやブラッド! 吹っ飛ばせ!」
流石と言うべきか、その場の全員が一瞬考え行動を躊躇っていた中でアカミンがすぐさま声を上げた。
「火力は?」
「最大や!」
「了解!」
遮られた視界の中で[noob11]の二人が言葉を交わす。
聞き慣れた掛け声。俺はその掛け声がゲーム時代のスキル発動の合図だったと瞬時に思いだし近くにいたクマの元へ駆け寄った。
「クマ防御だ!」
クマの元には既にみおみおとあいろんが集まっており、俺の声を合図にしてクマは地面に手を付き「ロック」と言葉を放った。言葉と同時にクマを中心に半径一メートル先の地面がせり上がって半円のドームが完成し、次の瞬間その外で大きな爆発音が響いたのであった。
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