第2話ここは一体何処なんだ?
暗闇の中、誰かが俺を呼ぶ声がした。遠くの方から聞こえるそれは次第に大きくなり明瞭になってくる。
「………ね……ね…まき……ねじまき!」
俺のハンドルネームを呼ぶ声がして目を開けると、白いローブを羽織った黒髪の男が、倒れていた俺を覗き込むようにしてしゃがんでいたのだった。
その見慣れない顔を、しかし俺は知っていた。それは細部まで設定し、拘り抜いて作ったとあいろんが自慢していたアバターの顔だったのである。
ぼーっとする頭を振りながら起き上がった俺は辺りを見回すが、そこには見慣れた《ディザスター》の主要都市〈アンリヴァル〉の町並みが広がっており、近くでたむろする人々の姿はまさに《ディザスター》のアバターそのものであった。
人々の頭の上には緑色の体力バーとハンドルネームも浮かんでいる。
「ここは……いや、これは何だあいろん」
俺は目の前に立つ最も見慣れたアバターに向かって疑問を投げかけたが、実際の所この状況にある程度の目処はついていた。
おそらくここは《ディザスター》の世界なのである。むしろ状況から言ってそうとしか考えられないのだが、それを素直に認める事は出来ず、信頼できる相手に同意を求めたのである。
「やっと目が覚めたか。お前の察しの通りだねじ! ここは《ディザスター》の世界だ!」
やけに嬉しそうなその言葉を聞き、そう言えば昔こいつとそんな話をしていたっけと俺は思った。当時話題になっていたゲームの世界に入り込む漫画のように《ディザスター》の世界に行ければ俺達がヒーローになれると子供染みた話で盛り上がった事があったのだが、それがついに現実になったのだ。
「なんだ、以外と冷静だな?」
立ち上がって再び辺りを見回し出した俺に向かって声をかけたあいろんの顔は何故か少し残念そうだ。
「というよりはまだ状況に追いついてないって感じだな。これだけ証拠が揃っているんだからここが《ディザスター》の世界だってのは信じるが、事が壮大すぎて飲み込めねーわ。喉につっかえてる」
「そんなもんか? 俺はすぐに信じて心踊ったけどな」
「それは素直すぎ。もう少しこの状況を疑えよ」
「疑っても状況は変わらないんだから楽しんだもん勝ちでしょ」
顔色変えずに真顔でそう言って見せるあいろんに俺は感心する。
「それは正論だわ。ところで、うちのギルドの他のメンバーは居ないのか?」
「居ない奴と居る奴がいる。あの地震があった時にログインしてたメンバーがこの世界に飛んで来たっぽい」
「お前の所でもあの地震があったのか?」
「あったね。死ぬかと思ったけど死んでこの世界に転生したのなら本望だよ」
「またお前はそう言う事を……、それで他の奴らは何処に居るんだ?」
俺は辺りを見回すがそれっぽい人は見当たらない。
「10分ほど前にクマとみおみおがこの街の外を見に行っていてペラーさんときょーすけとブラストさんがNPC探しに会館に向かった」
「ペラーさんが居るのは助かるわ。つーかこの世界に来てるのはそれだけか?」
俺の所属するギルド
「いや、全部で16人来てるらしい。腕に銀の腕輪が着いてるだろ? そこにあるボタンを押してみな?」
言われて自分の左手首を見ると、そこには銀色の腕輪がはめられていた。触った感触や見た目は金属っぽいがつけている感覚が殆ど無いくらいに軽く、金属特有の冷たさも感じない。
俺はその腕輪の手の甲側にある小さなボタンを押してみる。すると、ボタンからは光りが溢れ、まるでコンピューターのウィンドウのような平面映像が腕輪の上に映し出されたのであった。
なるほど。と、俺は直にそれを理解する。
見慣れたその映像は《ディザスター》のメニュー画面であった。宙に映し出された画面はタッチパネルのように指で触れる事が出来るようで、俺が右下に表示されているギルドマークを押すと画面が変わりギルド[NEO.MION]の様々な情報が現れた。
その中にある〈現在ログインしているギルドメンバー〉と書かれた場所を俺は再びタッチする。するとギルドメンバーの名前と24分の16という数字が表示された。
「わかったか?」
映し出されたメニュー画面を眺める俺の様子を窺いながらあいろんが言葉をかけてくる。
「あぁ、この辺はゲームと殆ど変わらないんだな」
言いながら俺は画面上に黒文字で表示されたログインメンバーの名前を指でスクロールする。
「見た感じメインメンバーは全員居るみたいだけど、さっき来てるらしいって言ったって事はまだ出会ってないって事か?」
「そうだね。俺が見たのはさっき言った5人とガチャゴチャ、ミミミ、ロンロリの3人かな。その3人はたぶんその辺をふらついてる」
「なるほど。んじゃ取りあえずみおみおと合流すっか。あいつらどっち行った?」
「南側。案内するわ着いて来て」
先を行くあいろんの後に着いて俺は街の外に向かって歩いて行く。街には未だに状況の飲み込めていないプレイヤーが困惑を顔に浮かべてたむろしていたが、その中に上位ランクギルドのメンバーの姿は見当たらない。流石と言うべきなのか、おそらく俺達と同じように直に状況を理解して動いているのだろう。
そう考えると、もしかすると俺は出遅れてしまったかもしれない。この特異な状況でもしも最重要な情報や物があった場合、おそらくそれをいち早く手に入れたギルドがこの街のトップに立てるのだ。
「なんか面倒だな」
「気付いた? みおみおも同じ事言ってたわ」
俺の呟きに少し先を歩いていたあいろんが反応した。
「あ? 俺今考えてる事口に出てた?」
「お前は言ってない。みおみおが言ってたんだよ。急がなきゃいけないから面倒だって……ってかなんか向こう五月蝿くない?」
20分ほど歩いただろうか。話の途中であいろんは立ち止まった。その目線の先、俺達の向かっていた街の南側にある門の向こう側から10人以上が同時に何かを言い争っているような喧噪が聞こえて来ていたのであった。
「みおみおが向かった方か。急ごうぜ」
俺は言いながらあいろんに目配せをして歩くスピードを上げた。
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