ポイント還元


「Pポイント大還元祭開催中で〜す、店内のどの商品でもお買い上げいただいた商品の中から一点のみ100%Pポイントで還元するキャンペーンやってま〜す」

 駅前にあるティーン向けのアパレルショップでは、客の購入した商品の中で最も高いものの値段分をPポイントで還元するというキャンペーンが行われていた。お得である。このキャンペーンは、大人と比べて経済力に乏しい若者をターゲットとした店の経営形態と見事にマッチし、そこそこの人気を誇っていた。初回のキャンペーンで集客に成功したこのアパレルショップは、その後第二回、第三回と定期的にキャンペーンを開催し続け、今ではちょっとした名物企画となっているのである。


 呼び込みの声に釣られたのか、大学生ほどの客が一人で店に入ってきた。その大学生は店内をぐるりと足早に見回ると、店員に声を掛ける。

「なにかお探しでしょうか」

「ちょっと聞きたいんですけど」

「はい」

「店舗に置いてない商品の取り寄せでもPポイントの還元ってされるんですか?」

 店員は笑顔で頷く。

「はい、一品だけでしたら取り寄せのものも対象になります」

「ちなみにクレジットカードって使えます?」

「はい、ご利用いただけますよ」

 大学生は満足げな表情でゆっくり頷くと、店員に言った。

「じゃあこの店ください」

 店員は営業スマイルを顔に貼り付けたまま動作を停止する。

「あ、正確に言うとここを経営している会社の経営権ですかね」

「え、えと、お客様……」

「たぶん書類の発行とかあると思うので時間かかりますよね、そしたら承諾書の取り寄せって形で大丈夫です。支払いは今します、このカードで」

「み、店を買うんですか……? えと、えと、お金、そう、お金! お金たくさん要ると思いますし!」

「クレジットカード使えるんですよね? で、Pポイントはこの場で付与ですもんね。カードの引き落とし日までにこのポイントを石油や純金、株なんかを介して現金化しておけば何も問題ありませんよね?」

「え、あ、えっと、少々、お待ち、ください……」

 店員が動揺を隠せないまま裏へと下がって行くのを、大学生は大いに満足という表情で眺める。

「ついでだし、記念にこの指輪も買って行くかな」

 大学生は、若者でもお求めやすい1200円+税のそこそこお洒落なリングがたくさん置いてある棚を物色し始めた。


 それから、本社ビルにて緊急会議が行われた。

「そんなバカな話があるか! この会社を一介の大学生が買い取るだなんて!」

「しかし先方は言い値で買い取ると言っております、こちらは正当な市場価額よりも高い値段を要求することだってできるのですぞ……!」

「だとしてもだ! そんなバカな話あり得ないだろう! 政治家とかならまだしも大学生だぞ!?」

「あ、あの、同じように商品を買える人なのに職業などでお客様を選んで売ったり売らなかったりするのはよいことなんでしょうか……? お客様全体の信用にも関わってきますし、転売目的とかでもないのですから法律とか、そういうのにも……」

 そんなことあるか、と誰もが怒鳴り散らしたいのだが、誰もそれができない。経営陣の誰一人として、そのような法律があるかどうかなど勉強したことがないのだ。

「……ひとつ提案があります」

 沈黙の中、経営コンサルタントの男が声を発した。

「この会社をその大学生に売りましょう。しかし、その若者が到底即金で払えるとも思えない。きっとPポイントをなんとかして現金化しようと考えているはずです。そのような状況であれば、支払い能力に疑問あり、と我々は見なせるはずです」

「そ、そうだその通りだ! だから売るべきでないと何度も……」

「条件をつけるのです。Pポイントを現金化する際に、我が社の株を介すること、という条件を。この会社を今すぐ買収できるほどの金額で自株を買い占めれば、我が社の株価は急騰する。その若者に買い占めて売ってを何度も繰り返させれば、会社の売却額はすぐに現金で回収できるし、株価が上がることで業績も大きく上向く。大学生の側としても大量の稼ぎが生まれるのだから断る理由がない」

「そんなに上手く行くものなのか……?」

「理論上は。あとは社長のご決断です」

 会議の出席者は、口々に「社長!」と上座に呼び掛ける。腕を組み、目を閉じて話を聞いていた社長は、パッと目を開けるとゆっくり頷いた。

「……よし、それで行こう。この会社は売る」

 会議室には、悲とも喜ともつかない呻き声がしばらくの間渦巻いていた。


 それから、予定通りの手筈でポイントの現金化が行われたが、買い占めと売却を三度ほど繰り返したあたりで日本経済が崩壊しはじめた。もともと存在していなかった現金が数日間で何千億と生み出されたのだ。その結果、急激なインフレという地獄の釜の蓋を開くこととなり、誰かが気づいた時にはもう誰にも止められないほど勢いとなっていた。

 まずは消費者がモノを買えなくなる。続いて生産者も原料を買えなくなる。一年もしないうちに日本の経済は機能停止し、天文学的な数字となった維持管理費が払われなくなった建物は次々と廃墟に変わっていく。当然それが日本の中だけに収まるわけもなく、もう数年も経つ頃には、世界全体が廃墟となっていた。金という媒介手段を失った世界は、もはや戦争に使う兵器も兵士も調達できない。争う金も体力もないまま、今日も一人、また一人と倒れていくのだった。


 そんな様子を、地上70キロの高みから眺めている者がいた。地球人に言わせれば、「UFO」に乗る「宇宙人」というヤツだ。

「実に哀れだな」

 指にはめられた安っぽい金属を顔の上にかざしながらがら、片方がそう言った。

「とはいえ、我らの祖先も全く同じことで滅びたんだ。我々の種族の復興のために新たな星を手に入れるには、こうして滅びてもらうしかなかったのさ」

「我らの星の滅亡を目の当たりにした宇宙の大部分ではとっくにポイント還元制度は固く禁じられてしまっている、そんな前時代の遺産を使っている星がまだこの宇宙の片隅にあったのは幸運だったな」

「ああ、これが一番平和的で、星を汚さず、そしてなにより速い侵略方法だからな。とりあえず本部に連絡して入植の準備を開始するぞ」

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