副業で記憶を掘り出す男
年末休暇を利用して何もないド田舎へ一人旅に来たが、何もないので散歩くらいしかすることがない。とりあえず散歩をしていると、なにやらシャベルでせっせと地面を掘っているジャージ姿の若い男がいた。
「こんにちは、何を掘ってるんですか?」
「記憶です、今月ちょっと厳しいので」
へへへ、と照れ笑いしながら、彼は訳のわからないことを言う。
「記憶、ですか?」
「あ、この辺に住んでるわけではないんですね。実はこの辺、記憶の名産地として有名なんですよ。ま、くだらないのが多いんですけどね」
「記憶の名産地……? ですか?」
彼は、ちょっと待っててくださいねー、と言いながら地面をざくざくと掘り返す。
「あ、あった! これこれ」
しばらくの後、彼は地面から小さな白い玉をつまみ上げてそう言った。綺麗な球体でちょうどビー玉ほどのサイズ、どう見ても「記憶」とやらには見えない。
「説明するより実際に見てもらった方が早いと思うんで。とりあえずここに手を乗せてからゆっくり目を瞑ってみてください」
彼は、白い玉を自分の掌に載せると、ずい、とこちらに差し出してきた。そこにお手でもするように私の手を重ねて目を瞑る。
すると、ワンルームで、家主らしき女とその友達二人が話している光景が浮かんできた。
——「では始めます。架空の会社のフリーダイヤルを勝手に考えちゃおうゲーム〜〜!!! えっとリカちゃんは初めてだもんね、ちょっと説明しよっか。これはね、架空の会社を作って、その会社が語呂合わせで使ってたら嫌そうなフリーダイヤルを考える遊びなんだ。そしたらお手本でユミちゃんからどうぞ!」
「私か〜。えーっと、私の考えた会社は『メンズマッサージサロン いやし亭』です。まー名前の通りメンズ限定のマッサージサロンって感じだね。家族サービスで疲れた中高年の身体に本格派のマッサージを、って売り込み文句です」
「ほうほう、でフリーダイヤルは?」
「0120-0103-5757、0103-5757、お父さん粉々までお電話ください」
(二十秒ほどの笑い声)
「ユミちゃん天才! リカちゃん次行けそう?」
「やってみる……! えー、私の考えた会社は『林葬儀店』です。林さんがやってる葬儀屋さんだね」
「葬儀屋シリーズおもしろいからな〜。ではフリーダイヤルどうぞ」
「0120-1089-884、1089-884、人を焼く林までお電話ください」
(再度笑い声)
「たしかに林さん人焼いてるけど! 語弊!」
「いやーこれは新たな逸材が現れたかもしれないね」
「そ、そうかな? 私ちゃんとできてた?」
「ばっちり! カンペキだったよ!」——
ふと目を開けると、ジャージの彼は残念そうな顔をしていた。
「今見てもらったように、この玉の中にはこの世界のどこかで実際に起きた記憶が閉じ込められてて、手に乗せて目を瞑ると見れるんです。でも、よっぽど面白いものじゃないと買い取ってもらえないのでお金にならないんですよ」
「今見たのはダメなやつなんですか?」
「そうですね、アホほどくだらない遊びをしているだけなのでたぶん0円です」
「わりと厳しいんですね」
「お金になる記憶って意外と少ないんですよねー」
彼はそう言うと、また地面をせっせと掘り始めた。
「これで生計を立ててらっしゃるんですか?」
「いえ、副業です。本業は小説家やってるんですけどね、まあ儲からないんで、出費の多い月はこうして掘りに来ます」
彼は、来週飲み会あるんですよ、へへへ、とまた照れ笑いをしながら世知辛いことを言う。不思議な人もいるもんだと思いながらしばらく彼を眺めていると、彼はまた白い玉を掘り出した。
「ありました! また一緒に見ます?」
「そしたらぜひ」
私は、先程のように彼の掌にお手をして目を瞑った。
——私はこの世に産まれてから五十六年、ある疑問を片時も忘れることはなかった。それが「カマキリのカマ、どちらかというと鎌より鋸じゃね問題」である。あのカマに付いているギザギザが、私にはどうしても鋸に見えて仕方がないのだ。というかあれは間違いなく鋸である。であるならば、カマキリは『カマキリ』ではなく『ノコキリ』と呼ばれるべきである。しかし、そうなってはいない。そこで私はふと気づいたのである。異なる世界線ではカマキリは『ノコキリ』と呼ばれているのではないか、ということに。
そしてつい先日、異世界線探索装置の開発に成功した私は、喜び勇んでノコキリを探しに行った。しかし私が目にしたのは、100ある世界線のうち98がカマキリ、残りの2はバールノヨウナモノキリ、という厳しい現実であった。
悔しい。非常に悔しい。これは、カマキリのカマを鋸だと思っている人間は世界で私だけであるという証明に他ならないのだ。これほど悔しいことがあるか。
しかし挫けてはならない。大事なのは未来である。なぜなら、今から変えていける世界線もあるはずなのだから。——
目を開けると彼はまた渋そうな顔をしていた。
「え! 今のおじさんさらっと異世界線探索装置を開発してましたよね! これ現実にあった記憶なんですよね?! これでもダメなんですか?!」
「ちょっとマイナス要素が多すぎましたね。まず、最後に無理矢理いい話風にまとめに入ったのが大幅な減点です。普通に鼻につく」
「だ、だとしても……!」
「それにバールノヨウナモノキリってなんですか。自分のことを面白い人間だと勘違いしたクソつまらない大学生たちが仲間内で集まって大喜利した時みたいなスベり具合なのでこれも大幅減点です」
「絶妙な例え方しますね……」
「まあくだらないので0円です」
彼は真顔で採掘作業を再開する。これほど値が付かないものばかりなのに、彼は本当に飲み代を稼ぎ出せるのだろうか。
そんなことを考えていた矢先、彼は新しい玉を掘り出した。
「さて今度はどうかな?」
彼は何も言わずにこちらに手を差し出してきた。三度目ともなるとこちらも慣れてきて、私も何も言わず手を乗せる。
目を瞑ると、瞼の裏にはいかにもな平安貴族らしき男が映し出された。
——「いやー災難でしたね先生」
「全くだよ。文学や芸術はあくまでフィクションだと言うのに、そこの区別もつけずに噛み付いてくる輩がこれほど多いとは」
「それにしても『男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり』が性差別だなんて言われるとは思いもしませんでしたね」
「最近は厄介な輩が多くて困るね、やれやれ」
「しかも、まさか六色の草花を添えた貫之先生批判の文挟みが大量生産されて、その上それが勝手に貴族の家々にばら撒かれるなんて。まるで世間では大炎上してるかのように見せかけたかったんですかね」
「だろうな。貴族同士で『お宅にもあの文届いたんですか』なんて話をしてたら、それを又聞きした者がどんどん噂話を膨らませて、よからぬ噂が宮中にまで届く、という算段だったのだろう。まあ特定班が同一人物の大量生産であることを突き止めて事なきを得たが」
「よかったですね貫之先生!」
「二度とこんなことは御免だね」——
またダメそうか、と思いつつ目を開けると、彼は大層驚いているようで、半開きの口のまま目を丸くしていた。手もわなわなと震えている。
「紀貫之が過激派フェミにポリコレ受けてた話、結構くだらない、というか夢なさすぎますけど……。これは値段付くんですか……?」
「そりゃあもう! 二十、いや三十万は下らないぞ……!」
「そんなにですか?!」
「平安時代のモノというだけで十万は付きますからね、そのうえ紀貫之本人のものともなれば、もはや内容なんてどうでもいいんです!」
「あ、内容はどうでもいいんですか」
「全てはネームバリューの時代なのです! やったぁこれで年が越せる!!!」
早速売ってきます!!! とシャベルを投げ捨てたまま満面の笑みで駆け出していった彼の背を見送る。変なヤツもいたもんだ。
することもないので、宿に帰って寝ることにした。
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