第3話 Day 5
-アルドがこの鏡の世界に迷い込んでから既に5日が経過していた。そろそろ精神的にも限界が近づいているのがアルド自身、分かっていた。
そういえば、ココにきてから空腹を感じない。食欲だけじゃなく、あらゆる欲求をアルドは感じてはいなかった。不思議な場所だ、まさに禁忌の箱と呼ぶにふさわしい場所だろう。
時刻は午後10時。ホーンテッド・シャトー内には異形頭の男の気配を感じない。
この時間帯であれば、以前のように彼を探すより呼ぶほうがいいだろう。
アルドは屋敷全体に聞こえるように叫ぶ。
アルド「おい!分かったぞ!あんたの名前!出てきてくれ!」
突如、アルドの影が地面より這い出て形を成す。
それは異形頭の男であった。
???「呼んだのか?ということは分かったのかい?アルドくん」
アルド「あぁ、分かったさ。あんたの名前」
アルドの返答に高らかに嗤う異形頭の男。
その様子は待ち侘びたプレゼントを与えられた無邪気な子供のようで...
???「ならば問おう!アルドくん。ワタシは一体...ダレでしょう?」
何度も聞いた質問。その『答え』を今、アルドは彼に突きつける。
辺りが静寂に包まれる。
アルド「あんたの名前は...
『エル』
俺の前に行方不明になった男の名前だ」
アルドの答えに驚愕するのはこの悪趣味なゲームのゲームマスターである異形頭の男だった。
???「なっ...!?」
???「さらに問おう。アルドくん...いや、アルド。何故そう思った?」
どうやら理由を話さないと本当の答えとは言えないらしい。
アルド「俺が確信を得たのはあんたに質問した時だ。あんたは、『ルナ』と言う名前に反応していたんだ。自分でも気づいていなかったかもしれないけどな」
???「それが何だと言うのだ。そもそも、その名前はダレなのかワタシには分からないぞ」
アルド「あんたは分からなくても抑留した魂には覚えがあったようだぞ。『ルナ』は俺にココの話をしてくれたエルジオンの女性だ。そして、友達である『エル』の捜索をお願いしてきたのも彼女だ」
アルド「あんたが反応したってことは、今のあんたは『ルナ』の友達で行方不明になっていた『エル』の可能性が高いって踏んだんだ」
そうか、と顎をさする異形頭の男。
???「それは、しくじったな」
アルド「じゃあ...」
???「半分正解だ。アルドくん」
今この男は何を言ったのだろうか?
『半分』正解?
アルドは異形頭の男の往生際の悪さに激昂する。
アルド「この期に及んで往生際が悪いぞ!半分正解ってそもそも何だ!」
アルドの怒号に焦る様子の異形頭の男。
???「ち、違うんだ。それはワタシの『真名』ではないということだ。身体を借りているこの男の『名前』ではあるがね」
???「真名ではないがキミの回答は正解でもある。この男は解放しよう。だが、この世界からは解放はしない。ゲームのルールは『ワタシ』の名前を当てろ、だからな」
アルド「ひ、卑怯だぞ。そんなのって...」
人質となっていたエルジオンの女性の友人であるエルが帰ってくるのはありがたいが...
もはやアルドは他人のことを心配できるほどの余裕はなかった。
???「では、コレはお返ししよう。ぐっ... はぁ...はぁ... また、考えてくれたまえ...」
異形頭の男がマントを開くと、マントの闇の中から男性が現れた。男性は意識がないようで、その場にそのまま倒れ込む。
男性を解放した影響のせいか異形頭の男は少し苦しそうな様子のまま闇の中へ消えていった。
エル「...ん? ここは...?」
異形頭の男から解放されてすぐにエルは意識を取り戻したようだ。アルドは何とか気を取り直してエルに話しかける。
アルド「...あんた、エルだよな。大丈夫か?」
エル「君は...?何故僕の名前を...?」
アルド「実は...」
アルドはこれまでの経緯の一切合切をエルに説明した。
エルジオンの女性、ルナに言われてアルドがココを調べにきたこと。異形頭の男に閉じ込められていること。エルが今の今まで異形頭の男に取り込まれていたこと。
全ての経緯を聞いたエルが顎をさすりながら、考える。
エル「そうか、話してくれてありがとう。徐々に思い出してきたよ。僕も同じ質問をあの異形頭の男にされたよ。答えられずあのザマだったけどね」
アルド「そうか... エルはアイツの名前に心当たりはあるか?アイツの真名を当てないとココから出る事ができないんだ」
アルドの話を聞き、人差し指を立てるエル。
エル「一つ、心当たりがある。アイツの真名についてだ...」
アルド「本当か!?」
エル「あぁ、僕も伊達にここを何年も彷徨ってたわけじゃない。アイツの真名なんだが...」
ツッコミどころ満載のエルの発言。アルドがエルの話にストップをかける。
アルド「ちょ、ちょっと待ってくれ!何年もここにいたのか!?」
エル「?? あぁ...地獄のような日々だったけどね。彼女も心配をしていただろう?」
アルド「確かに心配はしていたけど... (ルナは何年も前から行方不明になっていた友人を探していた感じではなかったけど...)」
エル「そうか、早く戻って安心させてあげないとな」
脱線してしまった話を本題に戻すエル。
エル「さて、肝心な真名についてだが、アイツは自身の頭の物体の名前を当てろと言っているのではないだろうか?」
エルは長年考えた末の結論を述べる。
そういうことだったのか。確かに特徴的な頭の物体の名前がヤツ自身の真名である可能性は高い。灯台下暗しとはこのことか... アルドは何故その答えに至らなかったのか悔やむ。
しかし... そうだとしてもあの物体に名前はあるのだろうか? あの形状の物体にアルドは心当たりがなかった。ましてや見たことも聞いたことすらない形状の物体だ。どちらにせよ名前など簡単に当たることはできないだろう。
エル「僕もあの物体の名前は分からない。ただ、君も気づいているかもしれないけど、異形頭の男にはある特徴や行動パターンがあるだろう?それがヒントになっている可能性がある」
異形頭の男の特徴や行動パターンについて思い返してみるアルド。
まず、外見の特徴についてだが、スーツ姿であり、体型は男性。異様な頭部は2枚のリング状の物体で球体を形成しており、その中心部には2枚リングを支えているような支柱がある。
次に行動パターンであるが、ヤツは0時に闇の中から現れ、件の質問をした後に闇の中へ再び消える。その後、呼び出すまではヤツは気配を消している。日中はホーンテッド・シャトー内を徘徊しているらしく、屋敷内に特徴的なブーツの足音が一定間隔で響く。その後、再び日が落ちるとヤツは気配を消し、タイムオーバー直前に姿を現す。行動パターンについては纏めるとこんな感じである。
エル「僕の見解も概ね君と同じだ。この規則的な行動の中にヤツの正体を紐解くヒントが必ずあるはずだ」
考えろ。考えろ。アルドは懸命に頭を回転させる。
アルド「あ、そういえばアイツ。以前、俺が呼び出した時にさ。俺の影から現れたんだよな。そのせいで俺はアイツの名前が自分の名前かと勘違いしちゃったんだけどさ」
エルは手を顎に当てて考え出した。物事を考える時に顎に手を当てるのは彼の癖なのだろう。先ほどまで異形頭の男がとっていた行動と似ているが... それは異形頭の男が先程までエルを取り込んでいたからだろうか?
エル「影か... それも何か関係ありそうだな」
二人がアレコレ考えている最中、異形頭の男が突如二人の背後に現れ、件の鏡に手を翳していた。
二人「なっ!?」
鏡に翳している手とは逆の手でチッチッチっと指を振り、異形頭の男が語りかけてきた。
???「ここからはハードモードだ。簡単にはクリアさせんよ」
歪んだ鏡の中から、魔物が飛び出してきた。
???「存分に楽しんでくれたまえ。では」
異形頭の男が意味深な言葉を残し、再び闇の中へと消える。
魔物は元の世界でホーンテッド・シャトーにいた魔物である。ミグランス王朝期の兵士を模したシャトーナイトが2体、そして歪んだ額縁から手を出す魔物『恐怖の肖像画』がそこにはいた。
アルド「あいつ!元の世界からココに魔物を引き摺り込んだのか!」
エル「僕は戦えないぞ!こんなことはこれまでのループでも初めてのことだ!」
エルの発言から察するに異形頭の男もいくらか焦っているのだろう。真名ではないといえ、名前を当てられたのは初めてのことだったはずだ。
アルド「くそっ!こんな強行手段にでるなんて!」
アルド「やるしかないか... エル!俺の後ろまで下がっていてくれ」
エル「あぁ... すまない」
エルは戦うことはできないため、ここはアルド一人で切り抜けるしかない。多勢に無勢ではあるが、ホーンテッド・シャトーの魔物程度であれば何とかなるだろう。襲いかかる2体のシャトーナイトをいなし、アルドはエックス斬りを放つ。2体のシャトーナイトはアルドの斬撃を受け、その動きを止めたが、一番奥の魔物『恐怖の肖像画』だけはアルドのエックス斬りに耐えていた。
アルド「流石に一撃では仕留められないか...」
アルドが魔物に手こずっていると、背後からエルの震えた声が聞こえてきた...
エル「あ、アルドくん.... うしろ...」
思わずアルドが振り返る。そこには異形頭の男が立っており、アルドを指差す。
彼を見た途端、アルドは「しまった」と己の軽率な行動を後悔した。
???「暴力行為禁止。ルール違反だ」
???『ゼロ・グラビティ』
ホーンテッド・シャトー全体を押し潰す程の重量球が包む。アルド、エル、そして魔物が重量球によって葬られる。
アルドとエルの両名は次のループに入り、目を覚ます。しかし、これまでのループと違うのは魔物も一緒にループしていることだ。魔物には何が起こったかも分からず本能のまま、目の前のアルドとエルを襲う。
これが異形頭の男の狙いだったのか。
鏡の世界の外から魔物を増やし続け、自分達を疲弊させ続ける。前回のように魔物を倒すために攻撃すると強制的にゲームオーバーにさせられてしまう。
これでは異形頭の男の思う壺だ。
理不尽なゲームではあるが、アルド達にも勝ち目がないわけではない。ヤツの名前さえ当てて仕舞えばこのゲームは終わりなのだ。ゲームが長引くほど状況は刻一刻と悪くなってしまうため、早期にヤツの名前を見つける必要があった。
魔物から逃げながら、今までのキーワードを整理する。
日中の行動、影からの出現、謎の球体状の頭部...
それに、ヤツの仲間たちはアーティファクトを収集しているとも言っていた。
ヤツがそのアーティファクトを所有しているのであれば、その奇妙な頭部こそまさにアーティファクトではないだろうか。
いや、ヤツ自身そのものがアーティファクトによって形成された存在かもしれない。
では、ヤツの名前はそのアーティファクトの名前を当てればよいのではないだろうか。いや、それは少し乱暴な推理だろうか。
どちらにせよ選択肢はない。状況が悪くなる前に、精神が擦り減ってしまう前に決着をつけるしかないのだ。
アルド「当てずっぽうでもいいから答えるしかないか...」
エル「そうだね...これ以上、状況が悪くなればジリ貧だ」
アルドの提案にエルも同意見であった。魔物に追われ続けるこの状況では分が悪すぎる。
魔物から身を隠しながら、少しでも手がかりがないか再度ホーンテッド・シャトーを探す二人。時刻は昼の0時。異形頭のブーツの足音が一定のリズムで鳴り響いていた。そういえば日中の間は絶えず、動いているようだが一体何をしているのだろうか。
それにこのコツコツと響く足音。何かの音に似ているような...
そこでアルドは合成鬼竜からもらった腕時計を見る。秒針が反時計回りにカチカチと回っていた。
そうだ、この足音は秒針の動きとリンクしている。何故今まで気づかなかったのだろうか。
では、何故、ヤツはそんな手間のかかることをしているのだろう。ソレがヤツの、アーティファクトの本質だとしたら...
アルド「...時計だ」
エル「えっ?」
アルドはその答えを呟いていた。ヤツのアーティファクトはおそらく時計。ヤツは自身が所属する機関は時空を研究しているとも言っていた。時計のアーティファクトこそ、その研究対象としても相応しいのではないだろうか。
全てはアルドの推測の域を出ることはできない。しかし、もうこの推測に縋る他なかった。
エル「時計って...アルドくん。ヤツの名前が時計の名前だってのかい?しかし、僕はあんな時計見たことが...」
言葉が途中で止まるエル。何かに気づき、アルドと顔を見合わした。アルドも『その事』に気づいたようでエルを見て少しニヤけた。
ヤツの行動パターンと照らし合わせれば答えは一つしかなかった。
アルド「俺たち... 助かるかもしれないぞ...」
アルドが答えるその『名前』は...
第3話 『Day 5 』完
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