2012年冬〜2017年春

 阿藤が組長になり、我々の予想通り龍神会は方針を変えた。もっと大きな金と陣地を手に入れるべく、これまでそれなりの距離感で共存していた他組織に戦争を仕掛けるようになった。

『東條には瓜生うりゅう、玄國には田鍋たなべがいる。かてない』

 龍はそう言って鼻で笑った。私はそれらの名前を知らなかったが、どこの組にも戦争上手なやくざがいるということなのだろう。

 阿藤と右腕の藤野は龍の預言を重用しない。阿藤の襲名後すぐ、私は窓際に追いやられた。工場でクスリだけ作ってろ、というわけだ。抗わなかった。あと10年、私は生き延びる必要があった。

 別に龍のつがいになりたいわけでもないのに、我ながら不思議だった。意地かもしれない。10年間、私は龍の預言を聞き続けた。死んだ山村と横野はその何の根拠もない言葉をお守りのように扱い、組を維持した。龍神会はそれなりに大きな組織ではあるが、警察から摘発された回数は極端に少なかったし、表沙汰になるような暴力事件も起こしていなかった。表沙汰にならない方は死ぬほど起きていたが、まあそれはいい。

 藤野や阿藤に直接尋ねられた時だけ、私は龍の預言を伝えた。龍は、先だって宣言した通りありとあらゆる未来を私に伝えた。私たちは毎夜会議を行い、組織に告げても問題がない情報と、闇に葬るべき未来とを選り分けた。

「その程度の未来しか分からなくて、良く巫子を名乗れたものだな」

 私が預言を伝えるたびに、藤野はそう言って私を嘲った。そう、藤野や阿藤、それに彼らの手下てかが本気を出して調べれば分かる程度の情報しか私は彼らに開示しなかった。私を役立たずだと思わせねばならなかった。だが、完全に不要だと思われては困る。命を取られてしまう。殺された魂がどうなるのかを龍は教えてくれなかった。だが、たぶん、手に負えない方なのだろうと想像はできた。天寿をまっとうした魂のみが龍のふところに入ることを許される。そういうルールなのだろう。厄介だ。


 ところで、年末年始の例の儀式が完全に排除されることはなかった。これは意外だった。龍が巫子を食わないので年末の葬儀はないが、年始の巫子選びは阿藤の代になっても毎年行われた。彼らが私以外の巫子の誕生を期待しているということに気付いたのは、山村、横野両名の死から5年が経ったある春の日だった。我ながら察しが悪すぎる。

『藤も、親分の藤も、おれをおそれている。ばかだな』

 玄國会に仕掛けた喧嘩を買われて、報復が行われた翌日の晩、龍は喉を鳴らして笑った。藤野の手下がふたり死んだ。玄國会は本当に喧嘩がうまい。龍の庇護下でのんびりと過ごしていた龍神会が勝てる相手ではない。

「あなたが怖いなら、あなたの言うことを聞けばいいのに」

『ミヨジは、おれがこわいか?』

「べつに」

 最初は怖かった。本当に恐ろしかった。でももう15年の付き合いだ。私に人間の友人はいない。恋人も。でもこの龍がいれば寂しくはなかった。

「それより、聞きたいことがあるんですが」

『うん? めずらしいな』

 たしかに珍しい。私から彼に物を尋ねることはほとんどない。

「あなたは、私をつがいにして……それでどうするんですか? 子どもを産んだりはできませんよ、たぶん」

『繁栄することだけがつがいの意義か? ちがうだろう』

「まあ、そうですかね」

『だが情交はしたい。してみたい』

 私と龍は夜の埠頭を歩いていた。時折吹く潮風が心地良い。敵対組織に襲撃を受ける恐怖はなかった。龍が側にいれば、大抵の災いは避けられる。

「情交……セックス」

『それだ』

「できますか? あなたと私じゃ体の大きさが、どうも」

『ためしてみなくちゃわからない。楽しみだな』

 龍は上機嫌に長い尾を振って見せた。それもこれもすべて私が天寿をまっとうした後に行われるのだと思うと特に恐ろしくはなかったが、私で良いのだろうかという疑問がまた胸を過った。

 私は、私自身を徐々に組のお荷物という立場に移行させた。ふだんは茫洋としているのに、ある時突然龍の預言を印籠のように組長や若頭に突き付ける厄介な幹部。阿藤と藤野はどんどん私のことを嫌いになっている。彼らはいずれ、私に犯罪の濡れ衣を着せて刑務所に叩き込むだろう。私のことを惜しむ組員は、ただのひとりも存在しない。僅か5年で、龍神会は変わった。

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