2000秋〜2001冬・春
秋がきた。私は34歳になった。
龍とは相変わらずだ。預言を受け、雑談を交わし、時折手のひらの上で眠る。龍の手の中で眠る夜には、悪夢を見なかった。熟睡する直前に、龍の髭が私の体をくすぐっているのを感じることがあった。撫でているつもりなのかもしれない。龍にとっての私は、お気に入りの愛玩動物のようなものなのだろう。
冬になった。もう間も無くだ、と思うと毎日の仕事にも精が出た。その日のためにと思って色々調べてみたのだが、例年、クリスマス前後に巫子は食い殺されるらしい。ふだんよりずっと明るくハキハキと喋り元気良く業務をこなす私を、ほかの組員たちは異常者を見る目で眺めていた。当たり前だ。私はもうすぐ殺される。だが、私にとってその死は救いだった。やっと自由になれる。
待ちに待ったクリスマスイブ、龍は私の部屋を訪れなかった。明日か、と思い少しだけ落胆したが、まあたったの一日だ、待てない長さではない。気を取り直して、コンビニで買ったケーキとチキンを食べて缶ビールで乾杯した。
翌日、クリスマス当日。龍は来なかった。さすがに驚いた。こんなことが起こり得るのか。いや、でも、私の調べでは巫子の寿命が尽きるのは『クリスマス前後』だ。26日も候補日に含まれる……と思う。思いたかったが、自信はなかった。
26日にも龍は姿を見せなかった。私は絶望し、しかしだからといって誰かに八つ当たりをしたり愚痴を言ったりできる身分でもなかったから、泣きながら工場に出勤して働いた。龍神会で毎年行われる大晦日の葬儀は、今年は中止となった。私が生きているのだから、当然だ。
2000年12月31日、龍と顔を合わさずに私は年を越した。
2001年1月1日。巫子選びの儀式は例年通りに行われた。葬式がなかったからこちらも中止、という流れにならなくてほっとした。食い殺してもらえないのなら、この役目から解放されたかった。
しかし、その年も赤く染まったのは私のお猪口だった。
夕刻、アパートの部屋でテレビを眺めていたら窓の外に大きな影が揺れた。龍だ。
私は本当に腹を立てていた。彼に会うのはたしか……2週間ぶりだろうか。クリスマスの少し前から、龍は私を避けていた。それなのに。
「どういうつもりなんですか!」
窓を大きく開けて、怒鳴った。相変わらずのぎょろりとした目玉をひとつふたつまたたかせ、
『あけましておめでとう』
と、龍は言った。こんな時ばかり人間の真似をしないでほしい。
「ちっともめでたくないですよ! 去年、どうして私を食べてくれなかったんですか!?」
『……』
龍がまぶたを半分だけ下ろす。困っている時や、誤魔化したい時の顔だ。丸一年べったりと側にいたのだから、それぐらい分かる。
「約束しなかったから、破ってもいいんですか!? ずるい! こんなの、あなたの方がよっぽど外道じゃないですか!!」
龍は押し黙ったままでいた。神にも等しい存在に吐いて許される暴言ではなかっただろう。だが私にも譲れない線があった。私は、もうやくざでいたくなかった。
『たしかに、おれが、外道だ』
やがて、龍は言った。かなしげな声だった。その声のまま、龍は続けた。
『ミヨジ、おれはおまえが好きなんだ。死なせたくないんだよ』
何を訳の分からないことを言っているのだと思った。私のことを好きだって? やくざに崇拝されている龍が? それならば今すぐにでも私を食べるべきだ。それがいちばんの愛情表現であり、誠意だ。
「自死します」
私は、吐き捨てるように言った。もうヤケクソだった。ミヨジ! と龍が大声を上げるが、知ったことか。
「いつするかとかどうするかとか、あなたには教えません。こんな生活にはうんざりだ。私は……あなたが助けてくれると、思ったのに」
頼む、それだけはやめてくれ、頼む、と龍は繰り返し懇願した。身も世もないあわれな声だった。当の私はといえば、実際に自らを殺す勇気など持ち合わせているはずがなかった。その気持ちがあるなら工場を乗っ取られた時に実行に移していたはずだ。私は、人間に八つ当たりできない分を龍に向かって発散していたのだ。
冬から春にかけて、龍は何度も預言を与えた。雑談は、しなかった。昨年打ち合わせをした通り、預言を伝える相手は
「龍、あんまり来なくなった?」
ある時、山村が尋ねた。私ははあとかまあとか曖昧に応じた。来てはいる。会話をしていないだけだ。
「巫子が年末に死ななかったの、明治以来初めてらしいよ」
「そうですか」
「だから、2年連続同じやつが指名されるのも初めてなんだってさ。野添くん、才能あるよ」
要らない才能だった。要らない才能といえば、私は違法薬物での売り上げを着々と上げていた。龍の預言のお陰でガサ入れはすべてクリアできているし、私自身もともと製造を生業としていたので、日々のルーティンを受け入れてしまえば話は早かった。「野添ミヨジ」という人間が、龍神会の中でそれなりの地位を確立してしまう。最悪の展開だった。
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