第25話 誰もいなくなった後の話
――鞘・シェパードにとって、涌井あかりは姉のような存在であった。家は隣同士、歳はあかりがふたつ上。小学校から高校まで同じ学校。大学こそ違うところに通ったが、家族同然の付き合いは続いた。
鞘は、涌井あかりのことを愛していた。幼なじみだとか、あるいは家族同然の存在だとか、そういった概念を超えて、ひとりの女性として。そう容易く受け入れられるものではないとわかっていながら。
鞘が大学二年生の頃、涌井あかりは自殺した。信じていた人に裏切られ、世間に裏切られ、身も心も傷つけられたせいだった。
愛する人を亡くしてからおよそ一年間、シェパードは深い悲しみに包まれた。
次の一年間で、鞘は涌井あかりを死に追い詰めた人物達がのうのうとこの世に生きていることに強い怒りを募らせた。
さらに次の一年間、復讐を決意した鞘は計画を立て、涌井あかりの弟、彼女の親友である後藤田と共に準備に勤しんだ。
そして涌井あかりの四周忌。太平洋に浮かぶ絶海の孤島、平台島の金糸雀館にて鞘達の復讐が始まった。ひとりは、うだつの上がらない探偵の助手、鞘•シェパードとして。ひとりは、館の管理人、相川陸として。ひとりは、ツアー参加者の後藤田ひよりとして。すべては涌井あかりの死に報いるために。
計画は思いのほか順調に進んだ。相川の死と引き換えに、後藤田は百目鬼に取り入る。喜屋武に馬場を殺させ、その喜屋武を百目鬼の手引きにより殺し、さらには百目鬼すらも殺す。
三日目の夜。残された人物は自分達を含めて五……否、探偵は殺されもう四人。
この数なら問題ない。殺し損ねることはない。
撃鉄を起こし、ひとり、ひとりに狙いをつけて、引き金を引く。
空気を裂くような音が響くと共に、命の灯がふぅっと消える。
金糸雀館に死体は九つ。ひとつ足りない。
最後のひとつになるために、鞘は銃口を静かに咥えた。
……『これはミステリーじゃない』の真相は、だいたいこんなとこだ。
俺が藤原に殺されたその後、ゲーム内に残っていた鞘は全ての罪を告白してから、協力者の後藤田、そして自分自身を含めた皆を殺した。
いくら架空環境内とはいえ、自らに銃口を向けて引き金を引くというのはどんな感じなんだろうか。わからない……いや、わかりたくもないかな。
鞘がゲームをクリアする瞬間を、副社長サマの部下の複数名はしっかりモニタリングしていた。でも、奴はあのゲームの〝本当の目的〟を他の誰にも話していなかった。ただ、「これをクリアした者にはボーナスが与えられる」と、そう伝えていただけだった。だから誰一人として、鞘がゲームを順調に攻略していることを副社長に報告しなかった。
「このゲームをクリアした奴が社長になれるから俺に協力してくれ」と正直に話しておけば、奴の部下が無理やりにでも鞘のゲームを中断しただろうに。自分以外の人を信用しないからこういうことになるんだ。いい教訓になったな。
鞘が神野グループの社長になったことで、副社長サマは大変お怒りになった。そのとばっちりを真っ先に受けたのが、奴の目の前にいた俺だ。
奴は俺の胸ぐらを掴みながらこう言った。
「ふざけるな! お前が……お前が勿体ぶった喋り方をしてるからコイツに先を越されたんだぞ?! どうしてくれる!」
俺は奴の手を振り解きながらこう答えた。
「落ち着いてください。たしかに申し訳ないとは思いますが……俺のせいじゃありません。専務の〝謀反〟を嗅ぎ取れなかったあなたの責任では?」
「よくそんなことが言えるな! この責任は取って貰うぞ!」
「待って、待ってください。契約をお忘れですか? 犯罪行為をした場合を除いて、俺は一切の責任を負わないはずです」
ああ、よかった。万が一の場合を考えて契約を結んでおいた甲斐があった――とホッとするのも束の間、神野はすかさず「なら!」と斬り返してくる。
「今回の仕事の報酬は無しだ! 一円たりともお前には払わん! そういった〝契約〟だったな!」
「そりゃないでしょう」とぼやきたかったが、言ったところで仕方ない。アイツの言う通り、そういう契約だ。無用な責任を負わされなかっただけ良しとしよう。
さらばボーナス、こんにちはタダ働き。
さて、そんな騒動からもう二ヶ月余りが経過した。
十一月。高い空は青一色。雨を愛する俺にとっては、いやな天気。こういう空模様の日は、決まって厄介事が持ち込まれると決まっている……いや、決まっていた、かな。
厄介事を持ってくる奴はもうこの世にいない。数か月前に、ひとり地獄へ落ちていった。アイツならきっと今頃、閻魔相手に喧嘩でもふっかけてる頃だろう。
その時、我が家の扉を軽やかなリズムで二度ノックする音が響いた。なんだか、聞き覚えのある音だ。ノックの仕方って隔世遺伝するものなのか?
「はいよ」と答え、玄関扉を内側から開ける。紙袋を片手にそこにいたのは、かわいい顔して金糸雀館を怨嗟の渦に叩き込んだ悪魔。
「久しぶりです、龍太郎さん」
シェパード……じゃなくて、神野鞘社長がゆるりと頭を下げた。
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