第23話 ゲームオーバー(四周目)

 四週目のプレイは既に三日目に突入している。


 相川、馬場、喜屋武、そして百目鬼がものの見事にアルファベット順で死に、生き残りは俺と鞘を含めて六人。午前八時過ぎに喜屋武と百目鬼達の死を確認して以降、参加者全員揃って部屋に引きこもっていて、誰も外に出てこようとしない。まあ当然だろう。こんな短期間に四人も人が死んでいるんだ。


 館はやがて夜を迎えた。腹が減ったので、〝鉄の処女〟へ戻ってナポリタンを食っていると、黒電話がジリリと鳴った。受話器を取って「はい、こちら探偵」と答えれば、返ってきた「どうも」という冷たい声は副社長だ。


「これはこれは。ずいぶん余裕ですね、車さん。呑気にお食事中でしたか」

「ああ、副社長。すいません。腹が減っては仕事ができないものでして」

「仕事? 馬鹿を言わないでください。ロクにプレイもせず、ただ目の前で起きていく事件を見過ごしていくだけ……これのどこが仕事なんですか?」

「その件ならご心配なく。謎は全て解けておりますので」

「車さん、私は気持ちいい冗談は好きですが、下手な冗談は大嫌いですよ。忘れていませんよね、あなたが提案した〝契約〟を。私の信用を損ねるような真似をした場合、タダ働きするのはあなたですよ?」

「大丈夫です、安心してください。冗談でもなんでもない。本当の本当に、事件は終焉に向かっていますので」


 俺はケチャップに汚れた口元を拭きつつ言った。


「とにかく、あともう少しですよ。果報は寝て待てというでしょう」

「……わかりました。信じましょう、あなたの言葉を。タダ働きをさせるのは忍びないですからね」


 カチャンと、不機嫌そうな音と共に電話が切れる。


 安心しろよ、副社長。アンタの望むものは、もうすぐそこにある。





 三日目の昼十二時。もう間もなく迎えの船が来る頃。金糸雀館の談話室に、藤原、榎本、羽賀、後藤田の生き残り四名がぞろぞろとやって来た。皆、疲れ切っているのか、なんだか顔がやつれている風である。


「なんだよ、探偵。急に呼び出して」と榎本。これに後藤田が、「あの、早く済ませて頂けると助かります」と遠慮がちに続いて、羽賀が「正直、あんま部屋の外出たくないってか、コワイってか、そういうカンジあるんスけど」と歯切れ悪く締める。


「わかってますよ。すぐに済みます」

「すぐに済むじゃあなくってさ、なんの用事だって聞いてるわけよ、俺は」

「大したことじゃありませんよ。ただ、一連の事件についてわかったことがありましてね。ここで皆さんにお話しておこうと思ったんです」


 全員の表情に疑問符と困惑が浮かぶ。まあ、それもそうだ。現段階では、一連の事件の犯人は、すでに“自殺”した喜屋武ってことになってるんだからな。

皆がそれぞれソファーに腰を下ろしたところで、部屋の入り口に立っていた鞘が、「龍太郎さん」とこちらへ声を掛けてきた。


「藤原さんが来ていませんが」

「どうせ部屋にいるんだろ。ちょっと待っててくれ。すぐに呼んでくる」


 皆に「お待ちを」と言い残し談話室を出る。階段を昇っていき、藤原の部屋の扉を叩けば、僅かに開いた扉の隙間から憔悴しきって妖怪のようになった顔が出てきた。


「やあ。どうも、藤原さん」

「……なんの用だ」

「ちょっとお話したいことがありましてね。耳を貸して頂けますか」


 黙って部屋から一歩出てきた藤原は、仏頂面で俺の前に立つ。俺はさながら恋人に甘言を送るように、奴の耳元でそっと囁いた。


「この事件は全部、涌井あかりを殺したアンタのせいだ。お前のせいで大勢が死んだぞ、藤原」


 青白い顔が恐怖に引きつる。奴は言い訳がましく「違うんだ」と首を横に振り、くだらない弁明を始めた。


「俺はただ、百目鬼に騙されただけだ。あかりの部屋で飲んでたら、アイツから連絡があって。一緒に飲みたいって言われて。アイツが持ってきた酒を飲んだら意識が無くなって……目を覚ましたら、あかりが、喜屋武に……」

「だったら、どうしてお前はそのことを証言しなかった? お前が証言すれば、喜屋武も百目鬼も今ごろ塀の中だったんだ。これだけ人が死ぬことはなかったんだ」

「それは、その……『アタシを家に入れたアンタにも罪がある』って百目鬼が言い出して……捕まったらアンタも共犯だって証言してやるって言われて、捕まるのが嫌で、もしそうならなくても、妙な噂が立ったら仕事ができなくなるかもしれなかったし……だから……」

「ふざけやがって。お前は自分が可愛いだけなんだよ。人殺し」

「……違うんだ、俺は……違う」

「違わない。悪いのはお前だ。お前が全員殺した。殺人鬼」

「違うッ!」


 右腹部に走る鋭い痛み。こうして刺されるのは二度目になるが今でも慣れない。見れば、銀色に光る刃。キッチンからナイフを持ち出したんだろう。わかってたよ、昨日の段階で一本減ってたからな。


 赤黒い液体が腹から太ももに伝っていく。足に力が入らず、堪らず膝から崩れ落ちる。ああ、もうすぐそこに死が迫ってる。


 俺は床を舐めながら、混乱の笑みに歪む藤原の顔を視線だけで見上げた。


「……ほらな、また殺した」

「お前が悪いんだからな、お前が……全部悪い」


 ――ああ、そうだな。藤原、お前の言う通りだ。


 今回ばかりは俺が悪い。





 起きればそこは〝鉄の処女〟。筐体からのんびり起きて大きく伸びをしたところで、黒電話の音が響いた。受話器を取って、「はい、こちら探偵」と答えてみれば、聞こえてきたのは神野副社長の「どうも」という声。どこか苛立っているというか、威圧的な調子だ。


「車さん。私の記憶違いでなければ、あなたは先日、謎は全て解いたと仰っていたはずですよね? それがなぜそう無様に殺されているんでしょうか?」

「落ち着いてくださいよ、副社長。たかがテストプレイでしょうに。なにをそこまで焦ってるんですか。ボーナスが掛かった俺が焦るのなら話はわかりますが」

「焦ってる? 私が? 馬鹿を言わないでください。なにを根拠に――」

「まあ、安心してください。だいたい見当はついてるんです。これはただの〝ゲーム〟じゃない。そうでしょう?」


 小さく息を飲む音が受話器から聞こえる。明らかな動揺のサイン。


「何のことでしょうか」

「とぼけなくて大丈夫ですよ。全部わかってますので。だから、〝あえて〟死んで鞘から離れたんです」

「あえて、とは?」

「妹さんには……いえ、副社長以外の誰にも聞かれない方がいい話をしようと思いましてね」


 数秒の沈黙の後、「わかりました」と返ってきた声には、どこか気色の悪い明るさがあった。


「では、十階に従業員用のカフェがありますので、二分後にそちらで。車さん、あなたを雇って正解だった。そう言わせてくださいよ」


 チンと、通話の切れる音が小さく響く。


 未だ蓋の閉まったままの鞘が入った筐体を尻目に、俺は鉄の処女を後にした。

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