第22話 ゲームオーバー(三周目)

 俺の予想とは裏腹に、それからの金糸雀館はまったくの凪だった。もうこの世に存在しない殺人鬼の影にひたすら怯える喜屋武達は、部屋とキッチンの間を往復する以外の動きを見せない。


 推理の方も完全に行き詰っていて、いくら考えたところで相川、後藤田の凶行の意図がわからない。自分達の行動や目的が見透かされてヤケになったのではないかと疑ってしまうほどだ。


 夜になり、日が昇り、時が過ぎて、至って平穏なまま三日目の午後一時を迎えた。平台島へやって来た迎えの船に慌ただしく乗り込んだ喜屋武達は、館で起きた惨劇について、青い顔しながら船長に伝えていた。


 俺は桟橋に立ちながら後方の金糸雀館をじっと見つめた。真昼間の太陽の下に晒されているのに、薄黄色の館は陰鬱な空気を纏っていた。


 俺と同じく館に視線をやる鞘はぽつぽつと呟く。


「……結局、あのまま何も起きず終いですか」

「正直、意味がわからん。アイツらの目的はなんだったんだ?」

「私にもわかりません」


 鞘は半ば投げやりに呟いた。


「そもそも、この事件に答えなんてあるのでしょうか」

「答えがない事件はあるかもしれないけど、答えがないミステリーなんてあるわけがないだろ」

「しかし、『これはミステリーじゃない』のでしょう?」


 彼女の瞳に宿るのは、僅かな諦めと焦燥感。「まあ、そう言うなって」となだめてやれば、鞘はゆるりと頭を下げた。


「……失礼しました。助手の私が諦めてはいけませんね」


 あまりいいとは言えない空気がその場に漂う。気分を変えるべく、俺は話題の舵を別方向に切る。


「鞘。ここでゲームを中断して、リセットかけることは出来るのか?」

「出来ないようですが、どうされました?」

「いや。もしかしたら、またこの船の上で殺されるんじゃないかって思ってな」

「大丈夫ですよ。犯人はふたりとも死んでいるのです」

「でも、船に爆弾が仕掛けられてたらどうする」

「その時は……そうですね。骨は拾って差し上げます」


 冗談っぽく鞘が笑ったその時、甲板にいる船長が「お二方」と声をかけてきた。

「乗ってください。警察の方が詳しい話を聞きたがっています。急いで本土に戻らなくては」


 ゲームオーバーの時間だ。言われた通り船に乗り込む。一歩遅れてついてくる鞘へ、試しに「なあ」と声をかけてみたが反応がない。恐らく、一足先にログアウトしたのだろう。


 やがて船が動き出す。船底が波を切って海上を進む。ひとまず、爆破はないらしく安心した。


 しかし、これから俺はどうなるんだ? 海を渡ったところでゲームが終わり、無駄に長いスタッフロールを見なきゃいけないのか?


〝中身〟の入っていない鞘が部屋へ入るのを見送った後、甲板へ向かい海を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていると、背後から「ねえ」と声を掛けられた。そこにいたのは百目鬼だ。島から離れたおかげか、顔色は幾分かマシになっている。


 百目鬼は手すりにもたれかかりながら言った。


「探偵さん。あの男、どうしてあんなことしたわけ?」

「……さあな。ただ、相川は涌井あかりの弟だとよ」

「……それ、アタシに言ってなんの意味があるの?」

「自分の胸に聞いてみな」


 瞬間、響く発砲音。後頭部が弾け飛ぶスローな感覚。倒れていく身体。


 三度目の〝死〟が薄皮一枚先に迫る。


 なんでだよ。なんで俺は殺されなくちゃいけないんだよ。


 犯人はふたりとも死んでるはずだろ。


 どうして、こんなことになる。



 どうして……――いや、そうか。そうだったんだ。



 殺されるはずだ、俺は。何をやっても死ぬはずだ、俺は。


 急速に遠のいていく晴天を仰ぎながら、俺は思わず笑みをこぼした。




 やってくれたな、あの野郎。







 目が覚めれば、そこは〝鉄の処女〟。後頭部には未だに重苦しい死の感触が残っている。これが三度目の生還になるが、ちっとも慣れる気がしない。痛いのは嫌いだ、大嫌いだ。


「ああ、ヤダヤダ」と呻きつつ筐体から身体を起こせば、傍に立っていた鞘が不安そうに「お体の具合はどうですか?」とこちらを覗き込んだ。


「ああ、大丈夫。至って元気だ」

「あまり無理はなさらない方がよろしいと思いますが……」

「いや、本当に大丈夫なんだ。体調は万全。ただ、本当に気分が悪いというか、胸糞が悪いというか、心底腹が立つというか、死なないからって好き勝手やりやがってというか……」


 ――その時、部屋の黒電話がジリリと鳴り響いた。受話器を取ってみれば、聞こえてきた「やあ、どうも車さん」という声は神野のものだ。いつもに比べてどこか低い調子で、どこか機嫌が悪いように感じられる。


「どうされたんですか、副社長」

「いや別に。進捗はどうかと思いましてね。どうにも進展が見えないようでしたから」

「とんでもない。三歩進んで二歩下がるのペースですが、確実に前には進んでいると思いますよ」

「そうですか。それは申し訳ない。しかし、気を悪くしないで頂きたい。クリアを目指さず無駄に日数を稼いで、日給だけを貰おうとしている者もいるもので。そんな人間にプレイされては、テストの意味がないでしょう?」

「そりゃそうです。もちろん、俺はそんなことはしませんのでご安心を」

「そうですか。それならば結構」


 威圧的に吐き捨てた神野は、また一段と声の調子を低くして続けた。


「とにかく、頼みましたよ。車さん、これはゲームではありますが、遊びではないので」


 カチャンと、静かに電話が切れる。怖い本性がようやく見えてきたって感じかな。割れたガラスを喉仏に突きつけられた気分だ。


 受話器を戻した俺は鞘の方を向きながら肩をすくめた。

「そろそろ、〝ボーナス〟のチャンスも少なくなってきたみたいだな。副社長はご機嫌ナナメだ」

「……ですね。副社長……いえ、兄は、気分屋ですから」

「はじめて会った時からなんとくなわかってるよ。で、話は変わるんだけどな。鞘、知り合いにアポロかホームズはいるか?」

「いるわけがないと思いますが……」

「だよな。いや、いいんだ。それなら気兼ねなくこのセリフを言える」

「どういう意味でしょう?」

「探偵としての決め台詞でも言おうと思ってな。〝謎はすべて解けた〟」


 鞘は驚きに目を丸くする。


「……本当、ですか?」


「ああ。でも、その前にひとつ調べてもらいたいことがある」


 気を付けの姿勢で直立した俺は、鞘に向かって深々と頭を下げた。


「〝神野専務〟、お願いできますか?」




 

「鞘、どうだった?」

「……ええ。たしかにありました。サイドチェストの中です。しかし、信じられませんね。まさか――」

「信じられないことでも起きる。これはゲームなんだからな」

「とはいえ、やはり気が引けるというか……こんなことをやっていいのでしょうか?」

「鞘、お前はお前のやるべきことをやれ。俺は俺のやることをやる。そのために、俺はここにいるんだ」

「……わかりました。任せましたよ、龍太郎さん」

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