第19話 謎は五割解けた
提示された謎の中で、比較的解決が容易と思われるのは馬場が相川に渡した物の正体。「それを渡せば殺されるぞ」などと言って脅してやれば、馬場という男の臆病な性格から考えれば、簡単に吐くだろうと思われたからだ。
というわけで、早速馬場の部屋を訪ねてみたが返事がない。早々に相川との取り引きに向かったのだろうと想像がついて、俺と鞘は手分けしてふたりを探すことにした。
館の外を鞘に任せ、ひとりで館内を歩き回る。二階にふたりがいないことを確認した後、急ぎ一階へ。キッチン、食堂、談話室と駆け回った後、館の端にある男子トイレへ向かってみれば、中から聞こえる会話。
「こ、こんなところで大丈夫なんですかね。館の外の方がいいんじゃないですか?」
「心配すんな。自分の部屋にトイレがあるんだ。わざわざこんなところで用を足す物好きな奴なんていねぇよ」
相川と馬場に間違いない。となれば、周囲にふたりの会話を盗み聞きしている後藤田もいるはずなのだが……見当たらない。しかし、今は考えたところで仕方ない。俺はトイレの入り口から、中をそっと覗き込んだ。
小便器の上にボストンバッグを乗せて中身を確認する相川と、心配そうな表情でそれを見守る馬場。「上物ですよ」と馬場が言い、「黙ってろ」と相川が返す。
「お前にコイツの価値がわかんのか?」と苛立ちを露わにする相川が、バッグの中から取り出したのは、ビニール包装に包まれた白い粉。見た目にはヤバい匂いぷんぷんの違法薬物。
後藤田の話では、馬場が相川に渡したものは資料数点と情報媒体だったはずだが――いや、そういうわけか。
俺がひとりで理解を得る一方、ブツをバッグに戻した相川は咥えた煙草に火をつける。
「オッサン。誰にもかぎつけられてないだろうな?」
「当たり前ですよ。どれだけ用心したと思ってるんですか」
それを受けて白煙を吐きながら短く笑った相川は、煙草の先端を馬場へ向けた。
「しかし、あんたもやるもんだな」
「大したことじゃありません。カネのためなら、なんだってやります」
「だが、こんな危ない橋を渡ったらどうなるかはわかってんだろ? ヘタすりゃ殺されるぜ」
「や、やだなあ。不安になること言わないでくださいよ、相川さん。私は、それがなにに使われようが何も知らないんですから」
「ご立派な生き方だな」
「へへ。それじゃ、私はこれで」
急ぎ談話室へと引き返した俺は、相川達が去っていくのを待ちながら、小さくガッツポーズした。
謎は五割解けた……って、カッコ付かないかな、この台詞じゃ。
◯
時刻は午後の四時を回ったところ。場所は俺の部屋。島を一回りしてから戻ってきた鞘へ、俺は先ほど目にした出来事を見た通りに説明した。それを受けた鞘の第一声は「なるほど」。僅かに口角が上がっているところを見るに、俺と同じ推理に辿り着いたのだろう。
鞘は探偵風にあごをつまみ、自信ありげに眼鏡を光らせた。
「後藤田の話と、先ほど龍太郎さんが目にした出来事の間に生じる矛盾。これを解消する論理はひとつだけ。相川と後藤田はこの島に来るより前から結託していた、ということですね」
「そうなるな。つまり、相川が語ってたように、馬場は百目鬼達を捕まえるための情報を運んだんじゃない。奴がここに運んだのは違法薬物だ。運び屋としてな。そう考えりゃ、こんな場所に馬場が来たのも納得だな。薬物じゃ、情報みたいにネットや郵送で送るなんて無理な話だ。もちろん、バッグの中にあったのは本物の薬物なんかじゃなくて、恐らくは相川の部屋の風呂場で見つけられた塩。湯船で溶かそうとしたものが溶け残ったんだろ。自分と馬場のやり取りを自分自身で録音した相川は、それを後藤田に渡した。こっからが後藤田の出番だ」
俺の言葉をすかさず鞘が継ぐ。
「相川達のやり取りの録音を手に、後藤田は百目鬼の元へ向かった。あの会話を聞かせた上で、馬場が相川に渡していたものが資料数点と記録媒体だったと言われれば、百目鬼が後藤田の話を信じるのも無理はありません。そしてふたりの策略の通り、百目鬼は後藤田を信頼した」
「あのふたりが共犯なら、二周目の相川が馬場を殺したのも納得だ。あの時、俺は相川に馬場がかなり怯えていたことを伝えてた。自分で殺しておかなきゃ、面倒なことになるって思ったんだろうよ」
「問題だった相川殺しもこうなればスムーズです。アレは他殺ではなく、自殺だった。全ては、後藤田が百目鬼に接近するため。そして、涌井あかりの仇を討つため」
鞘の頬が楽しげに緩む。釣られて俺も笑えてきた。なんだか、ここにきて初めて探偵として働いている感があるな。
「謎が一気に解き明かされていくこの瞬間。快感ですね、龍太郎さん」
「ミステリーは、動機がわかれば後はスムーズ。鞘の言った通りだな。残された謎はいくつかあるけど、さて、どうなるか……」
考えを巡らすように「ふむ」と呟いた鞘は、閃きを得たのか「そうだ」と手を叩くと――。
「龍太郎さん。今日の夜は私の部屋で共に過ごしましょう」
などと、大胆な提案をしてきた。
願うことすら憚られていた申し出になんと反応してよいのかわからず、「ああ」と曖昧な返事で答えれば、急に顔を真っ赤にした鞘は千切れるくらいに首を横に振る。
「あ、いや、すいません。違うんです。誤解を生む言い方でした。私の部屋に共にいれば、犯人が私の部屋を荒らすことができず、別の動きを見せると思われます。なので、そう、そんな感じです」
「本当にそれだけ?」と冗談で言えば、「それだけです。馬鹿なこと言わないでください。殺しますよ」と返す刀で両断される。
いくら相手が鞘とはいえ殺されちゃ敵わない。降参のポーズを取った俺は、「わかりました」と、念のために敬語で答えた。
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