第10話 どう考えたって犯人(二周目)

 ――私はしがない私立探偵。先日、私の元にとあるツアーへの参加旅券が一通の手紙と共に届いた。


「あなたの望む展開がここに」。たったこれだけ書かれた文章にやけに惹きつけられた私は、どうしてもついて行きたいと駄々をこねる助手を連れてツアーに参加する――。


 真っ暗闇の視界の中、突如頭に流れ込んできた独白。直後、「龍太郎さん」と俺を呼ぶ鞘の声が聞こえ、視界を覆っていたものが取り除かれる――……いや待て。既視感しかないぞ、この流れ。


 俺がいたのは見覚えのある狭い部屋。ここは海上、金糸雀館のある平台島へ向かう船の中。いやいや、戻るにしてもどうしてここなんだ。


「……鞘。正直、ここはもういいだろ。たとえばゲームオーバーの直前からリスタートとかさ。できるだろ。一応はゲームなんだから」

「もちろんそうしようとも考えたのですが、どうにもできないようなんです」

「それなら、第一の事件が起きる直前とかは?」

「それも同じく不可能なようです」

「せめて島に着いた後からスタートとか」

「できません」

「わかった。それなら、今回は島に着いた時にきっちりセーブしておくから、その方法を――」

「セーブ並びにロード機能はないようです」

「……呆れるな。もっとゲームらしくすりゃいいのに」


 鞘が「ですね」と呟いたその時、部屋の扉がノックされた。「どうぞ」と答えてみれば現れたのは見知った丸い顔――第一の被害者、相川である。


「やあ、どうも。もしかして、お休みの最中でしたか?」


 ちくしょう、会話のパターンまで同じかよ。


 俺は諦めの薄い笑みを顔面に貼り付けながら、「いえ、そんなことは」と丁寧に答えた。

 それから程なくして船は一週目と同じように平台島へ着いた。一週目と同じように船を降り、雨の中を歩いて金糸雀館へ向かい、エントランスで相川の話を聞いた後、自室へ向かおうとした俺の目にふと止まったものがあった。島の外との唯一の連絡手段、黒電話である。


 その場に足を止め、ツアー参加者達が階段を昇っていくのを見送った俺は、一歩後ろで控える鞘へ「なあ」と声を掛ける。


「鞘、聞きたいことがあるんだけど」

「どうされました?」

「この時点で外に電話かけたら、どうなるのかなって」


 背後からはため息の音。「なに言ってるんですか?」って意思表示。


「言いたいことはわかる。でも、たとえばここで電話しとけば、警察の介入で科学捜査ができるようになったりとか、そういうイベントがあったりするんじゃないのか?」


 再びのため息。差し当たり、「ならお好きにどうぞ」ってトコか。


 助手のお許しを得た俺は遠慮なく受話器を取った――が……音が聞こえない。一旦フックに掛けてから再度取ってみたが、やはり同じ。二階の廊下にある電話も使ってみたが、同様に応答はない。


「……最初から電話は使えなかった、ということですか」と、鞘は怪訝そうな表情を浮かべる。

「はじめから電話に細工がされてるってことは、一連の事件は計画的犯行ってことになるな」

「そうなると、順当に考えれば怪しいのはこの館の管理人である相川ですが、彼は事件の最初の被害者ですよ。それに、二件目の馬場殺しはとても計画的とは言えない殺人でした。大きな疑問点が増えましたよ」

「わかってる。でも、何がわからないのかわからない、なんてどうしようもない状況じゃないだけマシだろ?」


 俺は受話器をフックに置きながら言った。


「さ、こっから本格的に二週目のはじまりだ。気合入れていくぞ」





 わかったことがひとつある。〝一周目〟と別のことをすれば、違う景色が見えてくるってことだ。


 そういうわけで、午後四時過ぎのこと。部屋に荷物を置いた後、鞘と共に館の外に出た俺は、まだ見ぬ〝イベント〟を求めて島の外周に沿って作られた石畳の遊歩道を進んでいた。


 木々の隙間を潜り抜けて落ちてくる雨はぱらぱらと肌を打ち心地よい。頬を撫でる生暖かい空気は剣呑な気配を纏っており、いつ激しく降り出してもおかしくない。

切り立った崖から石を蹴り落としてみれば、水柱も立てず白波に吸い込まれていく。海面までは5メートルほどだろうか。高くはないが、まず登れない。ここから落ちて死ぬパターンも当然用意されているんだろうなと思うと、自然と身体も震えてきた。


 霞のかかる水平線を眺めながら鞘は呟く。


「このように悠長なことをしていていいのでしょうか。殺人が起きるまでそう時間もないのに」

「いいんだよ。これも事件の真相を探るためなんだからな」

「しかし、起きるかどうかわからないイベントを探し回るより、館の中で皆さんに話を聞いた方がヒントを得られるのではないのですか? たとえば、涌井あかりについて、とか」

「直接話してわかる程度の情報ならいつでも手に入れられるだろ? 大丈夫だって。これがダメでもまだ次があるんだからな」


 そんな会話を交わしながらのんびり歩みを進めていくうちに、俺達は館の裏手、キッチンと館外を繋ぐ扉の付近までやって来た。金属製の扉がギギと耳障りな音を上げながらゆっくりと開いたのは、その時のことである。


 慌てて建物の陰に身を寄せてしまったのは、出てきた人物が後藤田と百目鬼という珍しい組み合わせだったからだ。


「……あのふたり、面白い組み合わせですね」と鞘が声を潜める。


「外に散歩しに来たのも間違いじゃなかっただろ?」

「ええ。申し訳ありませんでした。さすが探偵といったところでしょうか」

「褒めても何も出ないぞ。ともあれ、まずはあのふたりだ」


 気取られないよう腰をかがめた俺達は、息を殺して耳を澄ませる。木々のざわめきの中に、百目鬼達の会話が聞こえてきた。


「――で、話ってなに?」


 百目鬼の声。声の種類と態度は格下に対するそれ。


「なんでもいいけど早くしてくれない? 正直、あたし機嫌悪いんだわ」


 返答は沈黙。数秒後、苛立ったようにもう一度、百目鬼が「ねえ」と言えば、後藤田は「あなたがここに来た目的はわかっています」と意外にも芯のある声で答えた。


「……目的? どういう意味?」

「わかっているはずですよ。あなたはこの島に人を殺しに来た。そうでしょう?」

「……は? あんた、ふざけたこと言って、どうなるかわかってんの?」

「落ち着いてください。同じですから、私も」

「あんたも同じ? なにが?」

「私もあなたと同じように、とある人を殺しに来たんです。お互いに目的は同じ。私達、協力出来ませんか?」


 まさかまさかの告白だ。一週目から後藤田と百目鬼は手を組んでいた? ということは、相川殺しも馬場殺しも、アイツらがすべてやったことなのか?


 俺の困惑など露知らず、ふたりは会話を続けている。


「……そもそもあんたは、どうしてあたしがそんなことをしにここまで来たと思ったわけ?」

「勘違いなさらないでください。別に私はあなたに対して敵意はないんです。私の狙いはあくまで、あなたの同行者である喜屋武さんですから」


 後藤田はまるで幼い日の思い出を聞かせるように、どこか楽しそうに語る。


「三年前、私は喜屋武さんにうまい商売があるという話を持ちかけられ、それに騙されました。その結果、夜の店で身体を売ることになったんです。普通の人ならそこで泣き寝入りでしょうが、私は違います。彼には、命をもって私を騙した罪を償ってもらおうと決めたんです。探偵を雇って彼の動向を追わせ、様々なことを調べさせました。そして、喜屋武さんがあなたと共にとある恐ろしい目的を持ってこの島に来ることを知ったんです」


 今度の沈黙は百目鬼のものだ。底の知れない後藤田の迫力に圧されているに違いない。


 やがて百目鬼は「わかった」とため息と共に吐き捨てた。


「でも、あたしがアンタに協力する見返りはなに? あたしが喜屋武を簡単に裏切ると思う?」

「裏切るんじゃないですか。たとえばあなたが、私の方が喜屋武さんよりも〝使える〟と思えば」


 涼しげな調子の後藤田の返答は、穏やかな笑みを想像させた。


「私は、あなたが欲しい情報を持っています。それに、あなたの手が一切汚れないための作戦も用意してある。あなたは何も危険を冒すことなく、邪魔な人間を消せるわけです」


 後藤田がそこで言葉を切った数秒後――。


『――オッサン、誰にもかぎつけられてないだろうな』


 と、相川の声が聞こえてきた。音が若干ざらついているのは、録音した音声を流しているのだろう。しかし、奴の丸い顔からは想像がつかない粗暴な言葉遣いだ。俺と会話する時の態度は演技だったのか。なかなか達者な奴だ。


『当たり前ですよ。どれだけ用心したと思ってるんですか』と返すのは馬場の声。ふたりは以前からの知り合い? 少なくとも、この島で会ったのが「はじめまして」じゃなさそうだ。


『しかし、あんたもやるもんだな』

『大したことじゃありません。カネのためなら、なんだってやります』

『だが、こんな危ない橋を渡ったらどうなるかはわかってんだろ? ヘタすりゃ殺されるぜ』

『や、やだなあ。不安になること言わないでくださいよ、相川さん。私は、それがなにに使われようが何も知らないんですから』

『ご立派な生き方だな』

『へへ。それじゃ、私はこれで』


 卑屈っぽく笑う馬場の声が遠のいていった。ひとり残されたであろう相川は、決意の感じられる声でぽつりと呟く。


『……これでようやく連中を……百目鬼達を檻にぶち込める。覚悟しとけよ、あの悪魔共』


 音声の再生をそこで終えた後藤田は、また楽しそうに語り出す。


「馬場さんは、相川さんに数点の資料とUSBメモリを渡していました。資料の詳細は知りませんし、興味もありませんが、あなたにとってマズい情報が入っているのは確かでは?」

「……なるほどね。あのクソオヤジ。あたしらと〝向こう〟の両方からカネを取ろうってわけ。やるじゃん」


 ガツンと、金属の扉を蹴る音が響いた。百目鬼はよほどお怒りらしい。


「いいよ、喜屋武の命はあげる。その代わり、必ずアイツと相川って男をぶっ殺して」

「お望みの結果を約束します。よろしくお願いしますね、百目鬼さん」


 会話が終わり、やがて聞こえたのは扉を閉める音。恐る恐る腰を浮かせてあたりの様子を伺ってみれば、ふたりの姿は既に無い。ひとまず、見つからずに済んだらしい。会話を聞いたと悟られていたら、また殺されてたところだ。


 俺は深く息を吐きながら適当な木幹に背中を預けた。鞘は探偵風にあごをつまむポーズで、同じところを行ったり来たりしている。


「まったく。美人ふたりがずいぶん物騒な話をしてたもんだな」

「女性は得てして物騒なものです。血への耐性が男性よりも高いのだと、聞いたことがあります」


 ふと足を止めた鞘は無機質な瞳で曇天を見つめた。


「しかし、またずいぶんと謎が増えましたね。相川はなんの目的を持っているのか? 馬場が相川に渡したものは何か? 百目鬼達は過去に何をしたのか?」

「俺としては、そのすべてに涌井あかりが関係してると思うけどな」

「メタ的観点に頼りすぎるのも危険かと思いますが、それは否定できませんね。恐らく百目鬼達三名は、過去、涌井あかりなる人物に対してなにか許されざる行為を働いた。そして相川は、彼女達にその罪を償わせようとし、馬場から何らかの情報を買った。一方、喜屋武に恨みのある後藤田は、彼を殺すために百目鬼に接触した、と」

「……動機と動機がスパゲティみたいに絡み合って厄介極まりないな。密室の謎を解けとか言われた方が、まだ楽そうだ」

「そうですか? 私としてはこちらの方が楽だと思いますが。理不尽な専門知識を必要としないのですから」


「ま、そういう考え方もあるかもな」と答えてひとつ息を吐く。ため息の理由は意見の相違に心中で折り合いをつけるためじゃなくて、鞘が提示し忘れた〝謎〟を考えていたから。


 どうして後藤田は、わざわざ鞘の部屋を荒らしたのか? 後藤田の目的が相川殺しを外部犯による犯行だと思わせること〝だけ〟なら、自分の部屋を荒らすだけでよかったはずだ。そうした方が楽だし、誰か他の人に見られる心配もない。……でも、アイツはそれをやらなかった。わざわざ鞘を狙った理由が必ずどこかにあるはずだ。


 それに、もう一つ。どうして相川は情報の受け渡し場所をこの島に指定したのか? 渡すものが情報媒体と資料の数点程度なら、こんな絶海の孤島じゃなくたってよかっただろう。


 ……正直、さっぱりわからない。でも、この違和感には間違いなく理由があるはずだ。ミステリーには、起きる全ての出来事に意味があるんだから。


 考えを巡らす俺を見て、「真面目な顔してどうしたんですか?」と問う鞘へ、「なんでもない」と笑顔で答えた俺は、館への道を引き返した。

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