第6話 犯人はこの中にいる

「昨日のアレは自殺じゃない。殺人事件だ」


 時刻は午前八時半。参加者全員を一階の談話室に集めた俺は、開口一番こう切り出した。


 寝起きの頭では事の重大さが理解できないらしく、皆の反応は期待外れなまでに薄い。何を言っているのか理解できないという顔をするヤツが半分、もう半分がまだ夢の中にいるような顔をしている。


「……悪い。なに言ってるかわからん」と半分閉じた目で呟いたのが藤原。「急に怖いこと言わないでよね、探偵さん」と百目鬼がそれに続く。


 話のわからんヤツらめ。苛立ちを覚えていると、隣に座っていた鞘が、懐から早々に〝切り札〟である『次は誰かな?』と赤い文字で書かれたA4サイズの手紙を、皆に見せつけるように取り出した。


「これが、龍太郎さんの部屋の扉の内側に貼られていました。さらに、昨日は下手な混乱を招くのを避けて言いませんでしたが、私の部屋が何者かの手により荒らされていました。不毛なイタズラであるならば、今すぐ名乗り出ることをお勧めします。イタズラではないのなら……〝次〟もあるということです」


 途端に空気が凍り、皆の表情が暗くなる――と思いきやそういうわけでもなく、その場にはむしろ、どこかこちらを小馬鹿にしたような醒めた雰囲気すら漂いはじめた。


「くだらん。こんなもののために起こされたのか、俺は」と呟き、無精ひげの生えたあごを撫でたのは榎本。


「くだらないわけあるか。一歩間違えたら、俺だって殺されてたかもしれないんだぞ」

「本当に犯人とやらがいて、そいつがおたくを殺すつもりなら、おたくはとっくに殺されてたはずだろ。部屋の中にそんなもん仕込めたんだからさ」

「いや、そりゃそうだけど……。でも、だったらどうしてこんなもんが置かれてたんだよ」

「どっかの誰かが楽しんでんじゃないのか? この状況に便乗してさ」

「それにしたってやりすぎだろ、こんなの」


 思わず声を荒げた俺の背中を、榎本は「落ち着けって、探偵」と笑いながら叩く。

落ち着いていられるかよ馬鹿野郎と、俺が心中で毒づいたのにも理由があって、というのも、ふとこの世界で俺が死んだらどうなるのか気になり、その点について鞘に訊ねたところ――。


「一応は問題ない設計になっているはずです。死ぬほど痛いとは聞きましたが」


 などという答えがあったゆえである。


 痛いのは嫌いだ。大嫌いだ。現実だとか架空環境だとかいうのは関係ない。とにかく痛いのは嫌いだ。殺されるほどの痛みなんて死んでもごめんだ。一刻も早く人殺し野郎を見つけたい。殺されるよりも先に。


 焦る俺を他所に他の皆はわりと冷静である。ちくしょう。お前らのうち誰かが殺されるんだからな。この中に相川を殺した殺人鬼がいるんだからなと、探偵として許されないメタ発言が喉から飛び出てくるその寸前、藤原が声を上げた。


「大丈夫だ、探偵。こっちは大人数なんだから、誰が来たって返り討ちだ。それに、電話で迎えを呼べば問題ないだろう? 電話をかけに行こう。昨日と違って、今日だったら繋がるはずだ」


 喜屋武による号令のもと、その場にいた全員が談話室を出る。一階の廊下に置いてある黒電話の受話器を取ったのは藤原だったが、どういうわけだかヤツは眉間にしわを寄せながら首を傾げた。


「おかしいな。全然出ない」

「……もしかして、昨日の天気のせいで電話線が切れたのでしょうか」と言ったのは馬場。その顔はにわかに血の気を失っている。


 漂う気まずい沈黙。「二階の電話はどうでしょう」と後藤田が言いだし、その通りにしてみたが、やはりこちらも繋がらない。


 今まで皆がある程度平然としていたのは、この島が本州から離れた場所にあるとはいえ、この空間が決して外界から隔絶された場所ではないという安心材料があったためだろう。だが、今やその前提は脆く崩れた。


 連絡手段も脱出手段もここには無い。迎えは二日後。島内には殺人鬼。


 心の防波堤がたち消えた皆が平静を失うのは早かった。


「ど、どうするんですかこの状況!」と馬場。「オイオイオイオイ! マズイマズイマズイって!」と羽賀も続く。「なんとか帰る方法は無いのかよ!」と頭を掻いたのは榎本。


 焦る連中を見ていると、不思議と心が落ち着いてくる。そうだよな、こうあるべきなんだよなと、どこか満足感すら覚えつつ、探偵として皆の先頭に立つべく咳払いをしたまさにその時、「落ち着け!」と一喝したのは藤原だ。焦っていた連中は急に光を当てられた猫みたいに動きを止め、藤原へ視線を向ける。ちくしょう、先を越された。


「焦れば犯人の思うツボだ。さっきも言った通り、こっちは大人数なんだ。みんなで固まってれば、向こうも手を出せないはずだ。それで、島の中を徹底的に歩き回る。犯人はまだ必ずこの島の中にいるんだからな」


 これにすかさず、「賛成です」と後藤田が続き、控えめに手を挙げる。


「探しましょう、犯人を。私、まだここで死にたくありません」


 この意見に榎本、羽賀の両名が賛成を表明し、鞘がぽつりと呆れたように、「先を越されましたね」と呟いた。


 物語の主役の代わりに主導権を握る藤原へ、「俺は反対だぜ」と不機嫌そうに吐き捨てたのは喜屋武である。


「おい喜屋武、この状況がわからないのか?」

「藤原。テメェみてぇヤツがヒーロー気取ってんじゃねえぞ」

「……今は、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。みんなで力を合わせないと」

「力合わせて、生き残って、普通に帰るのかよ。幸せな脳味噌だな。テメェは、なんのためにこの島に来たんだ?」


 そう言うと喜屋武は百目鬼の細腕を掴み、「モモ、行くぞ」と無理に引いた。


「……仕方ない。なら、この七人で――」


 藤原の提案を遮るように、「すいません」と言って頭を下げたのは馬場だ。


「わ、私も、ひとりにさせてください。その……気を悪くしないで欲しいのですが、信用できません」


 馬場は何度も頭を下げながら、自分の部屋へと戻っていく。その後ろ姿を見ながらため息を吐いた藤原は、「他に単独行動したいヤツは?」と問うたが、俺と鞘を含め、その場に残った皆からは反応がなかった。


「……よし。それなら、この全員で固まって島を周ろう。怪しいヤツがいないか、徹底的に探すんだ」

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