第3話

 ――交際を始めてから早1年。


 私たちの恋心は冷めるどころか燃え盛る一方です。だからといって、いやらしいことはしてません。本当です。すみれちゃんみたいなことはできません。ゆんちゃんをけがすことは私にはできないのです。


 これからも関係を続けていきたいという気持ちはあります。ただ、アイドルの恋愛禁止に抵触するようならどうしましょう。ゆんちゃんとアイドル、私はいったいどちらを優先したらよいのでしょうか。もしくは、どちらがより私にとって、大切な存在なのでしょうか。


 ひとりで悩んでいても答えが見つからないため、ゆんちゃんに相談することにしました。


 ――とある放課後デートの日。といってもすでに私は高校を卒業してるため、制服なのはゆんちゃんだけです。私はワンピースを着てます。首にリボン、フレア入りのカフス、といったかわいい特徴を持ちます。


 下校途中にあるキッチンカーでクレープを買います。私はイチゴと生クリームにチョコソースをかけたの、彼女はバナナと生クリームとバニラアイスにチョコソースをかけたの、を買いました。


 公園のベンチに座ってのんびりデートタイム。お互いにお互いの食べかけクレープを食べさせあいます。間接キス? そんなのしょっちゅうです。


「それで? どうしたの?」


 交際を1年もするとお互いに打ち解けあって、タメ語で会話をします。私の方が年上であることを気にせずに話してくれるのです。


 彼女の一言で元々私が相談があると持ちかけていたところに、「なら、甘いものが必要ね」と彼女が言ったため、クレープを食べることになったことを思い出しました。神妙な面持ちでゆんちゃんに告げます。


「実はね。もうこういう時間を過ごすことができなくなってしまうかもしれないの」


 私の言葉を聞いた彼女は目を丸くして、驚愕きょうがくを通り越して、嘲笑ちょうしょうします。


「そんなわけないでしょ!? どうしてそういうこと言うの?」


 そんなのはありえないと言うゆんちゃんに諭すように話しました。


「アイドルは恋愛禁止なの……わかるでしょ?」


 私の言うことがイマイチ、ピンッと来ないのか小首を傾げて、「急にどうしたの?」という表情を浮かべています。


「ひとりのファンがひとりのアイドルを独占していることを知ったファンはどう思う?」

うらやましい」

「そうだけど……そうじゃなくて……たとえば私が、ゆんちゃんとは別の女の子ファンと付き合ってたらどう思う?」


 ゆんちゃんは私が言いたいことを理解したのか。ハッとした表情でしっかりと私を凝視します。


「その子も交えて、3人でデートできる!」

「でしょ~」


 反射的に納得して力強く肯定しましたが、そうではありません。そうではないのになんで私は肯定したの? ゆんちゃんひとりでは満足できない体にでもなってしまったとでもいうの? そんなことはありません。ゆんちゃんひとりいれば十分です。


 気を取り直して、私は咳払いをひとつします。少しばかり時間を置いて、どうしたら納得してくれるのかを考えるのです。


「それはそれでありなんだけど……もし……もしもその子がゆんちゃんを受け入れてくれなかったら? 私とふたりっきりでデートしたいと言い出したら?」


 彼女の意見を尊重しつつ、3人以上で交際する事がどういうことかを話します。彼女の返答は思いのほか早く、予想通りでした。


「そんなのは嫌だ! りんちゃんは私の彼女! 誰にも渡さない! 一生添い遂げる約束をしたんだから」


 そんな約束をした覚えはありません! ただ、ここで否定してしまうと本題かられてしまうため、あえてここではスルーします。


「そう思うでしょ。それは相手も同じで……」

「りんちゃんも私と添い遂げたいと思ってくれてるの?」

「そこじゃない! 同じなのはそこじゃないし、相手っていうのも私のことじゃない」

「それじゃ誰なの?」


 私の言わんとする真意を理解できないと言わんばかりに小首を傾げています。そんなゆんちゃんにはっきりとなにがいけないのか。どうしていけないのかを教えます。


「アイドルは皆のモノっていう風潮ふうちょうがあるの。誰かが独占していいのもじゃない。アイドルが特定の誰かと付き合っていると、もし、バレたら……」


 一呼吸置いて、ことの重大さを空気を味方につけて告げます。


「グループは解散するの…………バレる前に今のうちに……アイドルか……ゆんちゃんか……どちらかを選ばなくてはいけないの」


 私が言わんとすることを理解してくれたのか。もう小首を傾げてはいません。代わりに喉まで出かかった言葉を呑み込んで開いた口は閉じ、別の言葉を探しに胸の内へ取りに行くようでした。彼女がどのような言葉を持ってくるのか。期待と、不安と、好奇心と、がごちゃ混ぜになり、自分でもよくわからない感情をいだいて待ちます。


「私は…………りんちゃんが選んだことならどんなことでも受け入れる」


 私の胸の奥にあるなにかが溢れ出てきます。彼女はアイドルだった私を見ていてくれました。アイドルでなくなったら、離れてしまうかもしれないとさえ思っていました。


 そう思っていたのに……彼女の胸に仕舞っていた言葉はそうは言ってません。それは何度好きと言われても、何度デートを重ねようとも、得ることのできない感情でした。


「たとえ、アイドルを辞めたとしても傍にいてくれる?」

「当たり前じゃない」

「好きでいてくれる?」

「もちろんよ」

「アイドルを選んで、ゆんちゃんと別れたとしても嫌いにならない?」

「りんちゃんを嫌いになんてなるはずないじゃない」


 喜びのあまり、私は彼女に抱き着いていました。その時の彼女の温もりは私にとって特別なモノで、トキで、なにものにも代えがたい。確かな思い出として刻まれました。


「私はりんちゃんと一生添い遂げる覚悟があります。それは……たとえ一時離れたとしても変わらない。約束したでしょ」


 約束はしていません。ただ、ゆんちゃんの気持ちが嬉しく、その日は否定することができず、泣きじゃくっていました。どちらが年上かわかりませんね。

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