第10話
オリビアはかつて俺の相棒だった。
その彼女が組織を裏切り情報を流していたと最初に知ったのは内務調査官の面接を受けた時だ。
「君の相棒は情報を流している」
だから彼女から目を離すなとお目付役を賜ったわけだが彼女が裏切るはずがない。
あの女は仕事にしか興味がない。不正に加担するよりも国に忠誠を誓い任務を遂行することを望む。
話を聞いて相手の望みを引き出すだけ出して部屋を後にする。
ほんとにあの人恨みを買いやすいな。
仕事において決して手を抜くことはない姿勢はあまり受けはよくないらしくその皺寄せがこちらにくるのを除けばいい相棒だった。
「私だって買いたくて買ってるんじゃないわよ。第一向こうが勝手に恨んでるだけで」
「もう少し穏便にすればいいだろ。あんたその内殺されても知らないからな」
彼女からは女らしいものを向けられない。
それが居心地が良かった。
「はいはい。その時にはあなたを頼りにしてるわよ相棒」
そう言って口元を緩めたオリビアはおそらく微塵もわかっていないと思う。
「それよりほらさっさと運転して」
オリビアの指示通り車を走らせた先には白髪混じりの髪を撫でつけた年配の男が紙袋を抱えて家に入るところだった。こちらに気づくと目尻の皺を深めて名前を呼んだ。
「オリビア」
「バッカス」
「なんだお前まだ局員なんてやってたのか」
首から下げたバッチに目をとめて意外そうに目を丸くした。
「おかげさまで」
「そっちの若いのは?」
「ああ、こっちは相棒のジルレネット。ジル、彼はバッカスクレバー。私の元相棒よ」
紹介されて軽く頭を下げる。
「今日はお願いがあって」
「今日は、じゃない。今日もだろ」
「どっちでもいいじゃない」
「よくない。入れ。茶でもいれよう」
区画がわけられた居住区には高度成長の煽りから犇めき合うように家が乱立し例に漏れずバッカスの家も縦に長い昔ながらの造りだった。入って右手には上階に続く階段が壁に這う形で設置されている。廊下を進んでいくと壁には写真がかけられていた。その中のひとつに写る女に目がいった。金髪で緑目の女と隣には短髪で無精髭を生やした青目の男がいた。なにかの祝いなのか額縁に彩られて映る女は男と肩を組んでビール瓶を持って笑っていた。
「あら。こんな写真持ってたのね」
写真の中から歳を重ねた女が顔をのぞかせた。
「それは奴隷商の摘発をした祝いよ」
「⋯⋯美人だったんですね」「いまも美人のまちがいでしょ」
その隣から同じように年を重ねたバッカスが顔を出した。
「お、懐かしいなぁ。確かお前がやらかして苦労したなぁ」「はぁ?それはあなたでしょ。危うく蜂の巣になるところだったのを私が助けてあげたんじゃない。忘れたとは言わせないわ」「ちがう、あれはお前が」「あーあーこれだから歳は取りたくないのよ」「ああ?お前と俺じゃさほど変わんねぇだろ」
楽しそうに話す姿には写真の中のふたりが重なった。
少しだけ、羨ましいと思った。
「おーい、ジル、こっち」廊下の先からオリビアが顔を出して手招きしていた。
バッカスがカップに紅茶を注いでいるところだった。
「お前今はどこにいるんだ」
「情報操作局」
「あそこにいんのか」
オリビアが答えるとバッカスは嫌そうに顔を歪めた。
「で?今日の用はなんだ」
「行方を探して欲しいのよ」
「そんなのお前んとこでやった方がはやいだろ」
「知られたくないの。わかるでしょ」
仕方ねぇなぁ。とバッカスがため息をこぼした。
「名前はディランカミング」
「わかった、次来た時までには用意しとく」
「ありがとう、助かるわ」
オリビアがバッカスと話す姿が気になった。
それは俺には向けられないものだったからだ。
「彼と仲良いんですね」
「⋯⋯なぁに妬いてるの?」
オリビアは一拍置いてから面白そうに口角をあげた。
「そんなんじゃ」
「長かったからね。それにバッカスとはそんな関係じゃないわ。彼は結婚してるもの」
目を細めて遠くを見つめる目には悲しみが込められているような気がした。
もしかしてオリビアはバッカスがすきなのだろうか。
どうしたらこちらをみてくれるだろう。
「オリビア」
「ん?」
キスしていいですか?
そんな言葉が浮かんで頭から打ち消した。
「いや、なんでもないです」
なにを考えてるんだ俺は。
彼女の顔を見たら慰めたい、なにか力になりたい。できれば写真に納められたような笑顔が見たい。いままで感じたことのない感情に戸惑いを覚えた。
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