第11話

「あんた、その女の人が好きなのね」

 想定外の言葉が返ってきて間の抜けた声が出た。

「あんたまさか自覚してないの?嘘でしょう⋯⋯」フェリシティは呆れたように頭を抱えていた。

「あんたのことだからそんなんだろうと思ったわよ」とグラスを飲み干して恨めしげにため息を吐いた。

「じゃあ、その人があんた以外の男と暮らしてたらどう思う?」

「あの人が他人と暮らせるとは思えない」

 一度、潰れた彼女を部屋まで送ったことがあるが、ベットと冷蔵庫だけの伽藍堂とした生活感のない部屋だった。というよりもそれらに対してあまり関心がないような部屋だと思った。それは人に対しても同じような気がした。彼女は一定の距離を置いているような気がする。

「⋯⋯そういう話じゃなくて、あんたはどう思うのかって訊いてるの。そうね、例えばその人があんた以外の人に笑いかけてキスをして触れ合ってベットで目が覚める。どう?」

 想像して思わず顔を顰めた。

 嫌だと思った。

 彼女が俺以外を好きになるのは。

 彼女が俺以外の隣にいるのを見るのは。

 あの人の隣にいるのは俺で俺以外は嫌だ。

 頭を占めるのはそんな感情だった。

「これでわかった?」

「ああ」

「あんた、見た目に恵まれてるんだから頑張ってみたら」

 自分以外のことには簡単に言える。

 誰だってそうだ。

 他人のことには責任を持たなくていい。

 俺が彼女にアプローチしたとして、かわされるか最悪相棒を変えられるのは目に見えていた。

 だから言えるはずもない。






「ジル」

「うわっ」

 いきなり目の前にオリビアの顔があらわれて驚いて後ろへと距離をとる。

「何回も呼んでるのに。あんた人の話聞いてないでしょう」

 フェリシティと話した日から、オリビアにどう接したらいいのかわからなくなって、話を聞き逃すことが増えた。

「ああ。悪い、考えごとしてた」

「しっかりしなさい」

 たぶん、男はいないと思う。

 仕事が恋人だと話してたのを思い出す。

 前を歩く彼女は髪を結えた首元が露わになって白い肌がよく見えてどこか目のやり場に困って、看板に頭をぶつけた。

 割と大丈夫じゃない音がして脳の中心へと突き刺さるような痛さにしゃがみ込むと「ジル?」足音が目の前に引き返してきて割と近くから名前を呼んだ。

「⋯⋯今、割と大丈夫じゃなさそうな音がしてたけど」

「なんでもない」

 こんな姿格好悪い。

「いや、明らかに今看板に頭をぶつけていたでしょう。見せなさい」

 徐々に痛みが引いてきて声に従う形で額を押さえていた手を退けるとオリビアがこちらの顔を覗き込んでいた瞳とかち合って顔を背けた。

「⋯⋯⋯⋯あんたこないだから変よ。なにかあるなら協力するけど」

「なんでもないです。ただちょっと、」

「ちょっとなによ」

 あなたとの接した方が思い出せなくて戸惑ってます。とは言えず口ごもった言葉しかでなかった。

「あー⋯⋯⋯⋯。いや、なんでもないんで」

「上には言っとくからあんた今日は帰りなさい。それじゃ使い物にならないわ」

「でもあなたが」

「人の心配より自分の心配をしなさい。そんな状況下で命は預けられない。送っていくから。鍵、出して」

 あんたの意見は聞いてない。と取りつく島もなく渋々了解して車の鍵を渡した。

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