第二章 二話 迫りくる現実、その前に
坂本愛ちゃんは本当に優しくていい子だ。彼女を奥さんにしたらいいお嫁さんになりそう。でも、奥さんにしたいという気はないが。あの子にはもっといい男がいるはずだ。それに愛ちゃんも僕を相手にしないだろう。
今は病気の症状が辛くて、そればかり頭にある。だから、女性はおろか仕事も続けられるか分からない。医師に訊いてみようと思っている。もしかしたらドクターストップがかかるかもしれない。そうなったら経済面はどうしよう……。今まで家に入れていたお金も入ってこなくなる。親にも相談しないと。父も帰ってきたし。
翌日――。
昨夜はなかなか寝付けず、結局午前三時頃寝付いたと思う。起きたのは朝六時頃。短時間睡眠のせいだと思うけど、かなり調子が悪い。なので、とにかく起き上がるのが面倒だ。まだ、朝早いから横になっていよう。
それから約一時間仮眠をとった。調子は相変わらずだ。上体を起こしてスマホを見た。七時を過ぎていた。親は起きているかな。そう思い、少しふらつきながら階段を降りた。台所からいい匂いがしてきた。みそ汁のそれか。
「母さん、おはよう」
ボーッとした顔で母に挨拶をした。
「あら、幹人。早いじゃない。今日病院でしょ。一人でいくの?」
「……いや、友達に付いて来てもらう」
「そう。ずいぶん調子悪そうね。顔色もよくないし。だから病院に行くんだろうけど」
僕は黙っていた。
「愛ちゃんと行くよ」
母はパッと表情に花が咲いたように笑顔になった。
「あの子ならしっかりしてるから一緒について行ってもらっても大丈夫ね」
「ああ、そうだね」
食欲がない僕は朝食を抜いた。昼ご飯は食べなさいよと、母に言われたがその気がない。
父はまだ布団に入ったまま起きてこない。どうしたのだろう、具合い悪いのかな。少し心配。今の父は自分のことで精一杯のようだ。僕も同じだけれど。父は統合失調症という病気らしい。どんな症状なのだろう。起きてきたら訊いてみよう。僕が聞こえてくるのは幻聴というのかな。
しね、ころすぞ、あと名前を呼ばれる
とか、そういったことが聞こえてくる。特に独りでいる時が多い。この話しを母にするべきか。それとも愛ちゃんにした方がいいかな。彼女ならきっと親身になって聞いてくれると思う。まあ、母も聴いてはくれるだろう、親だから。多分。
母は根っから明るい人だから、あまり暗い話しは好まないイメージがある。だから言いにくい。ただ、親だから心配して気遣ってくれるだろうと思うことはある。今回は父もこんな状態だし、僕もだし。そう思うと母であり妻であるこの女性は大変な立場だと思う。心配は尽きないだろう。僕からしたら仕方ないのかな、と思う。この状況を打破するには、早く病気を良くしないといけない。焦ってよくなるのかどうかは分からないけれど。
早速、母にも話してみた。
「母さん」
「なに?」
母は忙しそうに朝食を作っている。今はまずいかな、と思ったので、
「やっぱり後でいいよ。今、忙しそうだし」
ずいぶん気がまわるじゃない、と母は笑みを浮かべている。
「それくらいの空気は読めるよ、僕だって」
今度は、「アハハハッ!」と声に出して笑った。母は相変わらず明るい。羨ましい。
それから僕は再度、自室に戻って横になった。倦怠感が半端ない。でも、寝付けないのが辛い。今日だって、三時間くらいしか寝てないし。何だか生きるのがこんなに大変だなんて初めて思った。僕のような思いをしている人は世の中にどれくらいいるだろう。ネットで調べてみようかな、面倒だけど。
すると、自殺者の数が出てきた。興味があったので見てみると、年間三万人くらいいるそうだ。事実、僕もそういう気持ちになったことは何度もある。でも、そんなことをしちゃいかん、と思って踏ん張っている。いつまでこの踏ん張りは続くかな。
調子が悪いけれど、気になる現実が待っているので母に話しをしに階下に降りた。出来ればこんなこと話したくない。でも……。
母の仕事は今日休みのようだ。出掛ける気配がなく、テレビを観ている。
「母さん」
「ん? どうしたの」
母は何も気にしていない様子だ。
「話があって来た」
「だから、なに?」
「……家、これからやばいよね。父さんもあんなだし、僕もこんなだし……。母さんだけの収入じゃ生活できないだろ」
「まあ、そうね」
母は何を考えているのか、表情に変化がない。
「現状は役場に話に行くよ、あんたの言う通りこのままじゃ大変なことになるからね」
やっぱりそうか、と思った。僕の考えもあながち間違っていないようだ。
「役場に何しに行くの?」
母は、えっ! というような顔をしている。
「あんた、そんなことも分からないで言ってるの?」
僕は言い返す言葉が見付からなかった。なので、黙っていた。
「とりあえず、経済的な心配より幹人は体調を良くすることを考えなさい」
僕は頷いた。
「それと、」
「なんだい、まだあるのかい」
「僕、仕事、ドクターストップかかったらどうしよう?」
母は、フンっと鼻を鳴らし、
「その時は店長に相談しなさい。今まで頑張ってきたんだから、悪いようにはしないと思うよ」
僕は内心、そうだといいけど、と思った。
時刻は朝九時頃。
愛ちゃんはもう少ししたら来ると思う。面倒だと思いながら支度を始めた。
今は秋なので外は寒いかもしれないと思い、黒い長袖のTシャツの上に青い格子柄のシャツを羽織った。下はブルージーンズをはいた。シャワーは昨夜浴びたのでこのまま行く。
支度が終わり、部屋に戻ってみるとスマホのランプが点灯していた。もしかして、愛ちゃんがきたか? と思い、窓から外を覗いた。すると、愛ちゃんの愛車の赤い軽自動車が停まっていた。
ヤバい! 待たせちゃったと思い電話をかけた。今すぐ行く、という旨を話しトートバッグに財布とスマホを入れて慌てて家を飛び出した。と、一つ大事なことを忘れるところだった、病院代を親から貰わないと! 貯金出来る程の給料をもらってないからいつもカツカツだ。外に出ていたので愛ちゃんに病院代の話しをして、家に戻った。
「母さん! 病院代ちょうだい!」
「えっ! 幹人、あんたお金持ってないの?」
痛いところを突かれたけど、無いものは無い。なので、
「僕の給料じゃ、貯金なんか出来ないよ」
「もう! 仕方ないね!」
プンプンと怒って別室に行った。きっと、お金を取りに行ったんだろう。母は少しして戻って来た。
「これで払いなさい」
渡されたのは一万円札一枚。ありがたい。
「ありがとう。残ったら返すから」
母は手を左右に振り、
「いいよ、残ったら使いなさい。どうせないんでしょ?」
僕は苦笑いを浮かべながら、うん、と答えた。
「じゃあ、行ってくるわ」
「気をつけてね、愛ちゃんによろしくね」
わかったと答えて僕は愛ちゃんの元へと急いで行った。医者にはなんて言われるか気になりながら。
様々な共通点 遠藤良二 @endoryoji
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