怪奇植物の発見
ふと、マグリヴの耳が遠くから、何か嫌な音を拾った。アヴドゥルの屋敷の方からだ。何か、アヴドゥルの身によからぬことが起こってはいまいか……そう思うと、居ても立っても居られなかった。
マグリヴはすぐに
アヴドゥルの屋敷の門をくぐったマグリヴが見たのは、短刀を鞘から抜き放ち、その白刃を見つめるアヴドゥルと、彼の足元に転がっていた奇妙な植物の根であった。その植物の根は人間の四肢のように根が枝分かれしており、真ん中には人の顔にも見える凹凸がある。
それを見たアヴドゥルは、すぐさまその植物の正体に気づいた。
――どうして、マンドラゴラがこんなところに。
マンドラゴラ。それはマグリヴの故郷に自生する植物である。過酷な環境にしか自生せず繁殖力も鈍いため、西方の土地でも見かける頻度は決して高くないものの、西方の薬師であれば、この植物について知らないものはない。滋養強壮に優れた薬効成分も勿論であるが、この植物を特異たらしめているのは、その危険性にある。
危険性といっても、食用植物に似た有毒植物であるとか、触れると皮膚炎を起こすとか、そういった類のものではない。これを引き抜くと、まるで女の金切声にも似た不気味な音声が鳴るのであるが、これを聞いた人間は発狂し自殺衝動に駆られてしまうのだ。だから引き抜く際には耳栓を施し、尚且つすぐ近くで楽器を打ち鳴らすなどして、その怪音声をまともに聞かないようにしなければならない。
「やめろ!」
マグリヴはすぐさまアヴドゥルを取り押さえにかかった。彼が短刀の切っ先を自らの喉に向けていたからだ。マグリヴは彼の手首をわしづかみにし、短刀を取り上げようとした。
ところが、アヴドゥルは激しく抵抗した。武人として訓練を積んできたアヴドゥルの腕力を前に、マグリヴは力負けし始めた。アヴドゥルはまるで獣のようなうめき声を発しながら、力ずくでマグリヴを引きはがそうとする。
だが、このまま彼を死なせるわけにはいかない。その意志が、マグリヴに力を与えた。何がなんでも、彼から短刀を取り上げなければならない。
そうして、もみ合いにもみ合いが続いた末に、悲劇は起こった。短刀の切っ先が、マグリヴの首に突き刺さってしまったのである。
マグリヴの首からは、滝のように血が流れ出している。彼の目からは、だんだんと光が失われていった。短刀の刃がマグリブの首の血管を切り裂いたのと、アヴドゥルが正気を取り戻したのは、ほぼ同時のことであった。
「え……マグリヴ……?」
自らの意識を取り戻したアヴドゥルが見たのは、自らの首に刺さった短刀を握ったまま、地面に倒れ伏しているマグリヴの姿であった。恐らく彼は、死の間際まで、短刀を奪われまいとしたのであろう。
「嘘だろ……たのむ返事をしてくれ……たのむから……」
アヴドゥルの必死の願いとは裏腹に、マグリヴは微動だにしない。すでに呼吸も止まっていた。
少年の嗚咽が、夕暮れ時の空にこだました。
***
なぜマンドラゴラがこの場所に自生していたのかは分からない。恐らく何らかの経緯で種子が運ばれ、それがこぼれて増えたのだろうと思われるが、真相は闇の中である。
発芽、そして開花については、次のように推測できる。マンドラゴラは西方の乾燥地帯においてまばらに生える植物であるが(根がまるで人間の四肢のように細長く下方向に伸びるのも、地中深くの水分を利用するためといわれている。人間の顔のように見える凹凸も、水分吸収を効率的にするためとも)、この年の首都近辺が雨が少ないこと、屋敷という人の手が入り競合する他の植物の姿がなく日当たりがよいことから生育条件が整い発芽したのだろう、と。
皮肉にも、この事件によって首都近辺でマンドラゴラなる植物の存在が知られるようになった。とはいえ栽培は難しいようで、専ら一部の王族や高官、大商人などのために少数が西方から輸入されるに留まっている。
この頃、東方の大国である
そうして、アヴドゥルが十九になった年の初夏、タージャン王国と梁、東西の二大強国が激突することとなる。
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