秦陽城の戦い

 城壁の周囲を、大軍勢が取り囲んでいた。城壁を囲むこの軍の掲げる血のように赤い旗には、細長い横文字が書かれている。タージャン王国の旗印だ。


 城壁に殺到する兵士たちが、石でできた城壁をよじ登ろうとする。だが、そう易々と城壁を登れるものではない。城壁の上に集結した守備隊は、群がる敵兵に容赦なく頭上からの攻撃を仕掛けてこれらをたたき落としていく。大量の矢弾に加えて熱湯や岩石、丸太、ありとあらゆるものが投げ落とされ、敵兵から城壁を死守していた。

 やがて、攻城側から衝車、雲梯などの大型兵器が姿を現し、城壁に取りついた。


夜叉檑やしゃらい用意! 放て!」


 守備隊の指揮官の咆哮とともに、トゲのついた丸太が城壁から投下される。それらは敵の大型兵器を狙って投げ込まれ、目標を粉砕する。役目を終えたトゲ付き丸太は、あらかじめ備えられた縄と両側の車輪によって、城壁の上から巻き上げられ回収された。

 らいというのは城壁を巡る攻防において守城側が運用する兵器で、位置エネルギーを活かして高い所から投げ落とし、敵兵や兵器などを圧し潰すものである。丸太にトゲをつけたものをらいと呼び、古くより使われてきた伝統ある兵器であるが、それに改良を加えたものを夜叉檑という。檑は強力である一方消費が激しく、持久戦にはあまり向かないのであるが、夜叉檑は縄と車輪を取り付けることによって一度投げ落とした後であっても回収し、再度使用することができる。


 この地、秦陽城しんようじょうは、りょう国の西方に位置する城郭都市である。梁の西辺における一大拠点であり、同国の西方進出の橋頭保でもあった。


 この戦いには、次のような経緯がある。

 梁とタージャン王国の中間には、複数の小国家群が点在している。ところが梁の西方への拡大政策によって梁がこれらの小国家と接すると、梁は武力を背景に彼らを威圧した。梁側のこうした外交方針から、小国家群は宗教的な背景もあってタージャン王国との結びつきを強め、彼らとよしみを通じたタージャン王国が同盟国の保護を名目に兵を出したのである。

 アラン・マフムード将軍率いるタージャン軍が、小国家群の支援を受けて山脈を超え東進した。総兵力二十万の大軍である。趙舜徳ちょうしゅんとく将軍率いる十二万の梁軍は河川をたのみに迎え撃ったが敗北し、秦陽城まで撤退すると素早く食料と武器を集めて籠城戦の構えを取った。敵軍は遠征で疲弊しているはずであり、長期戦には耐えきれないであろうと踏んだからだ。

 

 秦陽城の守りは、堅牢そのものであった。力押しで攻め落とそうにも長期戦は必至であり、多大な損害を出すであろうことは誰でも分かる。さりとて無視して進めば、城内に駐屯する十万余の梁軍に背後を脅かされてしまう。


「ああ、まだは届かんのか」


 褐色の肌に白い口髭を蓄えた老将アラン・マフムードは、陣中で腕を組みながら焦りの色を浮かべていた。眉根には皺が深くたたまれ、元より厳めしい彼の顔つきをより一層峻厳しゅんげんなものとしている。

 この時、アランは本国にとある兵器を前線に送るよう発注していた。しかし、前線と本国の間の補給線は大分伸びており、そうすぐに物資のやり取りができるわけでない。

 

 戦況は、膠着状態にあった。

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