第二章 一話 性欲のはけ口
俺の名はファルコン。もちろん偽名だ。女にもそう言ってあるが本名を教えて欲しいとしつこく訊かれる。だが、まだ出逢ったばかりなので教える気にはならない。女の名は、律儀にも本名を教えてくれた。
そろそろ車のトランクに積んである佳織の死体を実家の庭に埋めなければ。こういう場合、何時頃穴を掘ればいいのだろう。やはり、近所が寝静まった深夜か? 今日は土曜日で仕事は休み。深夜一時頃、実家に行って埋めよう。いずれは逮捕されると思われる俺は少しでも長くシャバの空気を吸いたくて悪あがきをしている。俺は自分でそう思う。
ユリには人を殺した、ということは言っていない。それも、自分の彼女を。もし、言ったとして誰かにチクられたらすぐにムショに入る羽目になると思う。
俺は今になって後悔している。佳織が本当に浮気しているかどうかを訊けばよかったと。後の祭りだ。
また、ユリを抱きたくなったので俺は電話をした。
「もしもし、ユリか。今すぐ来いよ」
少しの沈黙が訪れた。
「何だ、都合悪いのか」
「……」
「何か言えよ! 口ついてるんだからよ!」
俺は苛々してきた。
「アタシ、ファルコンと別れる……」
俺はユリの言っている意味が分からなかった。そして、
「何でだよ!」
「好きな人ができたの」
「ハァ? 何言ってるんだお前! 俺からそう簡単に逃げられると思うなよ!」
「……」
「ごめんなさい。アタシのことは諦めて」
俺は彼女の言っていることが楽しくなってきた。
「諦める? 俺がいつお前に惚れてるって言った? ただの性欲のはけ口なんだよ!」
俺は声を出して笑った。
「ひどい……」
「なんだよ、お前だって俺に抱かれたくてついてきたんだろ!? 自分だけ善人面するな!!」
俺は怒鳴りつけた。すると、電話が切れた。すぐに掛け直した。しつこく十回くらい呼び出した。だが、ユリは出ない。自動的に留守番電話サービスに接続された。
「チッ!」
俺は舌打ちをした。苛々が止まらないので近くにあったビールの空き瓶を適当に叩きつけた。すると、部屋の窓に当たってしまい窓ガラスが「ガシャン」という音と共に割れた。
「あちゃっ! ったく! 知らんわ!」
そう言って俺は割れたガラスはそのままにし、ふて寝した。
そのあとすぐにチャイムが鳴った。
「誰だよ! うぜえな!」
と、怒鳴ると大家の声が聞こえた。
「柿下さん! いるんでしょ? ガラス割れた音が聞こえたけどどうしたの?」
俺は仕方なく身体を起こし、玄関に出た。鍵を開けるとドアが開いた。
「はい!?」
と、返事をした。
「柿下さん、どうしたの? 大丈夫?」
大家はおばさんだ。
「ガラス割れちゃったじゃない」
俺は目の前にいるおばさんを睨め付けながら、
「直しますよ、直せばいいんでしょ!」
大家は目をくりくりさせながら俺を見て、
「業者の電話番号知ってる?」
と、言われたので、
「知らないっすよ!」
俺は怒鳴った。すると、大家は、
「今、連絡先教えてあげるから紙とペン貸して」
と、俺の目をまっすぐ見詰めながら言った。
「いいですよ! 自分で調べますから!」
「ああ、そうかい! ちゃんと直してもらってよ」
大家もついにはキレた様子で去って行った。
どいつもこいつも苛々させやがる。
ユリの野郎……。絶対、俺の女のままにしてやる! 逃がさない、絶対!
執念深い俺は、一度抱いた女のことは忘れたりしない。いつまでもしつこく付きまとう。蛇のような人間だと自分で思っている。
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