第388話 早く来て、カミル

 熱くて、痛い……そう言えば、王都のギルドに捕まって、燃えさかる建物の中から、助けを求めたことがあったっけ。あの時は、必死でヴィクトルを呼んだものだった。


 だけどもう、彼はこの世界にいない。そして、ここで私が誰かの助けを呼んで、その人が来てくれたとて、この広場は叛乱兵に囲まれている……間違いなく、死体を増やすだけなのだ。下手に助けてなんて叫んだら、クララやビアンカは地の果てから飛んできて、迷わず生命を捨ててしまいそう、危ない危ない。


 だけど、さすがにもう、限界だ。火傷は負うそばから「聖女の業」で治していくけれど、逃がしようもない体温が気力を鈍らせ、ひたすら私を苦しめる。ついにローブの裾に火が付き、ゆっくりと炎が衣を引き剥がしてゆくのが分かるけれど、もう私は、身があらわになることを恥じらう思考もできなくなっていた。


 ああ、たぶんこのまま、私は死ぬのだろう。ようやく、終わりのなさそうな苦しみから、解放される……そんな想いが頭をよぎり、身体からすべての力を抜いて眼を閉じると、まぶたの裏に私の大切な人たちの姿が浮かんだ。


 いつも私のことを第一に考えてくれるクララ、これからは私に注いでいた分の愛も、旦那様やファニーにあげてほしいな。そして可愛い妹、ビアンカ……あの子も私のことばっかりなのよね、私がいなくなったらお父様譲りの優秀な頭脳を、自分のために使ってほしい。


 そして、最後に浮かんだのは、鮮烈な印象の赤毛と、穏やかな茶色い眼。弟のくせにいつの間にか私より大きく、強くなったあの子。可愛いけどカッコよくて、いつも私を護るって言ってくれて、とっても大切な……そこまで想った次の瞬間、私は閉じたまぶたをもう一度かっと開いて、思いっきり叫んでいた。


「カミルっ! お願い、カミル! 私を……助けてっ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 来る。


 私の眼には見えないけれど、必ず来てくれるって、心が感じている。理屈じゃなく私の心が、求めているつがいがすぐそこまで来ているって、告げているのだ。


 私は気力をふり絞って、本能ではなく自分の意志で治癒の業を発動する。全身を冒し始めていた火傷が、見る間に回復……間違いない、カミルの存在を感じて、私の力が増幅されているんだ。もちろん炎がまた私の身体をあぶるけれど、大丈夫だ。彼がここへ来て私を抱き締めてくれるまで、死にはしないわ。


 処刑されている最中、それも死ぬ寸前だったというのに、私は高揚していた。それは、カミルが世界で一番大好きだったってことに、ようやっと気付いたから。こんな状態になるまで気付かなかったってどうなのって思うけど、鈍い私はヴィクトルに残した想いや、テオドール様のストレートな求愛の間でふらふらして、カミルの想いに応えることをしてこなかった。ごめんカミル、もう迷わないから。


 やがて私の背後……北の方角から、兵士たちのどよめきや驚きの声がこだまする。


「うわっ、何だあれは?」

「遠くてわからんが……鳥の群れか?」

「鳥があんなに大きいものか、この距離であの大きさは……」

「馬鹿者、あれは竜だ!、しかもあの紅き姿は……竜の王種、火竜!」


 ものすごい飛翔音が、頭上を飛び越えていく。見上げた私の眼に飛び込んできたのは、百を超える紅き竜の姿……そしてその先頭で羽ばたくのは、ひときわ大きく、ガーネットのような輝きを放つ鱗を全身にまとった、私の愛しい竜。


「カミルっ!」


 一瞬、カミルと視線が交差した気がした。そして私の姿を認めたらしいカミルが、地平線まで届こうかというような音量で、怒りの咆哮をあげる。火竜の群れがそれに応えて大きく鳴いたかと思うと、暫時の静けさが訪れた。そして次の瞬間。


 百を超える火竜の口から、一斉に炎のブレスが放たれた。それは王都の西側を守る城壁に、そして堅固な城門に浴びせられ……炎のまばゆさに見る者は皆、あわてて眼を閉じた。そして人々が恐る恐るもう一度目を開いた時、彼らは自らの見た光景を疑った。堅固な石造りであったはずの城壁も城門も、全てが灰燼に帰していたのだ。兵士たちは狼狽し、聖職者たちも、顔色を失っている。


「敵襲です! 王都西側の敵、一斉に突撃してきます!」


 伝令の声に、民衆が一斉に逃げ散る。そう、西側城外に布陣した国王陛下の軍は、兵力も士気も軽く叛乱軍を凌駕する……あの悩ましい城壁さえなければ、一気に方をつけて下さるはず。


「ええい、隊列を整え、迎撃せよ! 市街戦ならば、敵がいくら多くても不利にはならぬ!」


 叫んだ将校の言うことは、ある意味正しい。ただそれは、守る兵士の士気が、まともであった場合だけどね。カミルたちが城壁を焼いただけで、許してくれるわけないでしょ。


 そう、カミルたち火竜は市街地に舞い戻ってくると、また一斉にブレスを吐いた。王宮のシンボルであった二本の尖塔が、脆くも崩れ落ちる。その光景を目にした兵士たちの表情が、絶望に染まる。自分たちは、敵にすべきでない者を、敵に回してしまったのだと。彼らはめいめい勝手に武器も防具も放り出し、あげくの果ては軍服まで脱いで逃げ出した。


「くそっ、こうなれば、異端の娘に早く止めを刺せ!」


 えっ、そう来るの?

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