第387話 火刑

 その日の空には、重い雲が立ち込めていた。雨でも降ってくれれば火刑が延期になるかもしれないけれど、間が悪いことにしばらくは持ちこたえそうだ。


「咎人シャルロットよ、神に向かって最後の懺悔をする言葉はあるか」


「私は神に恥じるような行為をしたことは、一切ありません。そして、私の名はシャルロッテ・フォン・シュトローブル、辺境伯家の当主です。ふさわしい礼をもって扱って下さい」


 背一杯気力を奮い起こして、できるだけ堂々と振舞うべく、視線をぐっと前に向ける私。だって、罪を認めた背教者の雰囲気を出したまま殺されたら、西教会の奴らの思う通りだもの。教誨師は聖典を乱暴に閉じると、ふんと鼻を鳴らして去って行った。


 王都の中央広場をぐるっと取り巻くように、民衆や反乱軍の兵士が集められている。そしてその中央にしつらえられた太い鉄の柱に、私は括りつけられているのだ。そして足元には、人の身体を焼くにしてはずいぶん少なめの薪が積まれて……これも、私をじわじわ少しずついたぶることで、男たちを興奮させるための仕掛けなのだ。


 結局、謁見の間における昨日の茶番劇は、アルベルト殿下と西教会司教との賭け事であったようだ。


 殿下の申し入れを受ければ、殿下は欲しかった私というおもちゃを手に入れ、西教会は「東教会の聖女ですら膝を屈した」と宣伝しまくって、城壁の外に展開する国王派や、地方の貴族たちを大きく揺さぶるだろう。


 一方私が拒絶すれば、バイエルンの民が崇める「聖女」の身は教会の思うがまま。思うさまに残虐に扱って、反抗の機運が強く漂う王都住民や、城外の兵たちの心を折るために、存分に利用するだろう。まあ私は教会の注文通り、こっちを自ら選択してしまったわけなのだけれど。


 足元で、薪に火がつけられようとしている。女性の悲鳴が上がり、民衆の中からは怒号が聞こえる。ああ、こんな哀れな姿になっても、まだ私を思ってくれる人がいるんだ。せめてもの幸せと思うとしよう。


 獣人さんのグループが、私に対する扱いを兵士たちに猛然と抗議してくれているけれど、けんもほろろに追い返されているのが見える。嬉しいけど、私のためなんかにあまり派手に反抗しないでほしい、だって、人間の兵士は獣人さんを追い返すために暴力を使うことを、躊躇しないのだから。


 反対側の方からも叫び声が上がる。あたかも垣根のようになった群衆の足元を縫って、見覚えある鮮やかな赤毛の女の子が、すり抜けてきたのだ。


「聖女のお姉さんっ!」


「来ちゃだめ、ジルケちゃん!」


 それは、何年か前にパレードの事故で重傷を負って、私が治療した女の子。私の役に立ちたいって一生懸命勉強して、来年は飛び級卒業してマリアツェルに来てくれるなんて泣かせることを言ってくれたけれど、こんなところで捕まったら彼女まで教会に罰せられてしまう。


 私の鋭い言葉に一瞬立ちすくんだ彼女を、教会の連中が来る前に市民のみんなが群衆の中に引きずり込んでくれる。ああ良かった、私が殺されることは仕方ないかもしれないけれど、巻き添えはできるだけ、最小限にしたいから。


 傍らでうっとうしく響いていた聖典の朗読が、ようやく止まった。だけどそれは私にとっての猶予期間が、終わったということ。


 そして火のついた薪が三本、一斉に足元に積まれた薪の山に差しこまれた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 最初はそれほど熱さを感じなかったけれど、徐々に足先から耐えがたい苦痛が襲ってくる。刑吏によって計算しつくされた炎は、足を直接焼き焦がすことはないけれど、その熱がじわじわと身体をあぶる絶妙の火加減で、私を苦しめる。そしてもう一つ厄介なのは、私が括りつけられている鉄の柱だ。鉄は、ものすごく熱をよく伝える……今や足だけでなく、背中からも私はじっくりと焼かれているのだ。


 民衆を動揺させないために、悲痛な声を出してはいけないと、私は最初、気丈にも決心していた。だけどこうやって一息に苦しめるのではなくじわじわと責められることで、私のあまり強くない意志はあっさりと崩壊していた。


「ああぁ~っ!」


 今や、風が吹いて火勢が少し強まっただけでも哀れにかすれた悲鳴を上げ、少しでも火から逃れようと下肢をよじらせる。こんなシーンが下級兵士やエロ聖職者たちを喜ばせてしまうことはわかっているけれど、止めようがないのだ。


 そして、先輩聖女が口を酸っぱくして警告してくれた事態が、まさに私に襲い掛かる。焼けて感覚がなくなったり、煙に巻かれて失神できたりしたらある意味楽になるのだろうけど、生存本能が私の意志に反して勝手に「聖女の業」を発現し、火傷を治してしまうのだ。これは、いつまで続くのだろう……残念なことにここのところ「聖女の業」を使う機会がなかったから、精神力はフルチャージ状態なのだ。姉様と引き比べて自分の精神力の少なさを嘆いたこともあったけれど、今や半端に多い自分の精神力が恨めしい。


 残虐な処刑は、さらに続く。


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