第386話 これ、詰んだ?
刑吏に連れて行かれたのは前回とは違って、国王が臣下を迎える、謁見の間だった。いきなり寝室に連れ込まれる危険を感じないでもなかったので、ちょっとほっとする。
正面の玉座には、アルベルト殿下がどっかりと座っている。そして左右の上座側には、西教会の司教たち。本来陛下に近いところに立つべき大臣たちや将軍たちは、教会メンバーより下座側に置かれている。そして、アルベルト殿下を差し置いて、その左側に立つ司教が言葉を発する。
「シャルロット・ド・リモージュよ。その方、異端の罪を犯したにも関わらず、東方の邪教に接近しあまつさえ『聖女』などと僭称した罪、極めて赦し難い。本来であれば宗教裁判の上、即死刑に処するところなれど、アルベルト陛下は慈悲深いお方だ。その方が悔い改めて正しき教えの道に戻り、陛下の伴侶として貞節と従順を尽くすならば、これまでの罪悪を赦そうとのありがたい御諚である」
はあ、ある意味予想通りの要求ね。賢く立ち回ろうと思ったら、ここは一旦提案を受けて、最悪この王子に身を任せても、まずは生命をつなぐところだろうな。だけど私は、残念ながらあんまりお利口じゃないのだ。
「リモージュ伯爵令嬢、この寛大な御心、お受けするや否や?」
「……お断り申し上げますっ!」
力一杯声を出したので、語尾が上がってしまった。好奇な令嬢のマナーとしてはアレだけど、私は「異端者」だし、もうどうでもいいよね。アルベルト殿下が、慌てて玉座から立ち上がる。
「シャルロッテ、もう一度よく考えて。そうしないと私は君を……」
「はい、十分考えました。ですが、たった今私の眼の前にいる人は『陛下』などではありません。課せられた責任も果たさず、定められた秩序を貶め、国民の幸せをぶち壊したあげく、自らの欲望だけ垂れ流している、ただのお子様です! 私は決して、そのような方に心を差し上げることはございません!」
「……もう一度言ってみろ」
「何度でも申しますわ。眼の前にいるのは、ただの我がまま坊やです。真の国王は常に自身より国のことを優先し、懐深いお父君、ルドルフ陛下のみ。貴方に王たる資格はないわ!」
ああ、これを言ってしまったら、完全決裂だ……彼は激怒し、私に死を命じるだろう。だけど私は、自分に嘘をついてまで生命永らえようとは、思わない。覚悟を決めて、もう一度アルベルト殿下を真っすぐ見つめる。
「ふ、ははっ、ふふふ……」
この場に似つかわしくない力無い笑い声。そこには怒るでもなく、ただ虚ろな表情で笑い続ける、からくり人形のような殿下の姿があった。そして、意志を失ったような彼に代わって、司教が話を引き取る。
「これで、決まりですな。陛下がどうしてもとおっしゃられるゆえ、もう一度だけチャンスを与えたのですが、無駄だったようです。では、異端者についての処分は、教会に一任いただくということで、よろしいですな、陛下?」
「はっはっは……」
玉座にもう一度崩れ落ちるように座った彼は、それに応えるでもなく、ただ呆けたように笑い続けている。その姿に冷たい一瞥をくれた司教は、私に視線を移した。
「異端者シャルロットよ、背教の罪軽からず、よって火刑に処するものとす」
爬虫類のような眼を私に向けたまま、司教は唇の片端を、醜く歪ませた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
火刑、ようは火あぶりだ。
ロワールでもバイエルンでも、死刑はある。だけど死刑は、ギロチンで首を一撃で切り落とすやり方がほとんどで、火刑を行う例は、まれだ。
そのまれなケースが、宗教的理由で処刑される場合。悪魔に取り憑かれた異端者を、その肉体ごと完全に火の力で浄化するため、というのがその名目になっている。だけど実際は、衆人環視の中で異端とされる者をじわじわと残虐に殺すことで、民衆に恐怖を植え付け反抗させないようにするのが主目的なのだ。
だが、聖女の処刑に限って言えば、さらに暗く淫靡な目的が加わるのだ。
一般人を火あぶりにしたら、確かにギロチンよりは苦しみは長いけれど、それほど長い時間はかからず対象は気を失うか、こと切れてしまう。だけど聖女の火刑が不幸なのは、多少力の差はあれど、みな身体治癒能力を持っていることなのだ。身を炎で焼かれた聖女は、本能的に自らに治癒を使ってしまい、またそこに新たな火傷を負う……つまりは、聖女の精神力が続く限り、死ぬことも気を失うことも叶わず、いつまでも苦しみが続くのだ。
そして、禁欲を旨とする男性聖職者にとっては、若い娘が身をよじって悶え苦しむ様子を観ることが、何よりも満たされぬ汚い欲望のはけ口になるのだそうで……だから聖女や魔女に関してだけは、この残虐な刑が無くならないのだという。
何でそんな品のないことを、私が知ってるのかって? それはロワールの聖女教育で厳しく習うからなのよ。聖女にとって火刑だけは絶対避けなければならない、だから異端に手を染めるなと、先輩聖女から必死の表情で叩き込まれたからよ。
だけど、そんな「絶対避けるべき」火あぶりの刑に、私は処されようとしているのだ。
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