第384話 意外に快適?

 その夜、私のいる牢の前に看守さんが担ぎ込んできたのは、猪獣人の少年。たぶん十歳ちょっとくらいじゃないかと思うのだけれどその顔色は赤黒く、呼吸は浅く、速い。


「ひどい傷……いったい、どうして?」


「西教会の連中にやられたんだ。あいつら、叛乱軍が王都を占領してからというもの、やりたい放題だ。特に獣人への扱いが、滅茶苦茶だ」


 それはわかる、私も西教会の獣人に対する姿勢を良く知っているから、深くうなずく。格子の隙間から手を伸ばして、横たえられた少年の身体を確かめていく。


「腕の骨と肋骨が、折れていますね。外傷はあちこちにありますが、生命にかかわるものではないようです。一番の重傷は内臓、このままでは体内に出血が広がって、死ぬしかありません」


「あんたのその『おかしな力』でも、無理か?」


 看守さんはそのいかつい顔に、切なげな表情を浮かべる。う~ん、好みのお顔ではないけれど、切ない顔をする男性に、私は弱い。何とかしてあげないとって思っちゃうんだよね。


「精一杯試させてください。でも格子越しではほとんど何もできません、私を外に出すわけにはいかないでしょうから、この子を中に入れてもらえませんか?」


「お、おう、明日の朝までこの牢は俺一人だ。何とかなる」


 看守さんはためらわずカチャカチャと鍵を開け、少年を牢の中に入れて簡易寝台に横たえる。私は彼の上衣を脱がせ、その背中からふわっと抱くような形で添い寝して、ブランケットを一緒にかぶった。


「どこまで効くかわかりませんが……看守さんが交代する前に迎えに来てください」


 そう告げて、私は獣人少年に、本気で魔力を流す。大丈夫、君を死なせることはないよ。以前にクララがボコられて死にかけた時だって、こうやって治したんだもの。ぎゅうっと身体を抱き締めて集中する……背後で鍵が閉まる音が聞こえた気がするけど、間もなく私の意識は、地下牢の暗闇の中に沈んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「おい、おい、起きろ。もうじき夜が明けるぞ」


 看守さんの抑えたバリトンで目を覚ました私。う~ん、昨日は体調が悪すぎて眠れなかったけど、今晩は余分な魔力をぐぐっと抜いてもらったから、夢も見ずに眠ってしまったわ。


 あ、そうじゃなかった。私は獣人少年を助けようとして、魔力を注いでいたのだった。つい気持ちよすぎて、本来のお仕事を忘れてしまうところだったじゃないか。


「あ、この子は……」


 ずっと抱き締めていた少年にも、意識が戻ったらしい。その顔を後ろから覗き込むと、なんだか真っ赤だ。赤黒かった数時間前よりは良くなっていると思うけれど、まだ具合悪いのかしら?


「苦しいかな? 痛いところ、ないかしら?」


「お、お姉さん。だ、大丈夫……お腹も腕も痛かったけど、今は全然痛くないです。だけど、あの……背中に、胸が……」


 はっと気づいて、ばっと少年から離れる。そうだ、全力で魔力を上げようと背中から抱き締めていたのだから、まあそうなるわよね。貴族令嬢としては、たいへんはしたない振舞いだ。今更だけど恥じらう私に構わず、看守の猪獣人さんが、少年の手をがっと掴む。


「お前、本当に、治ったのか?」


「うん、不思議だけど、どこも痛くないんだ」


 看守さんが骨折していた腕を確認する。まあこれは予想通りだけど、しっかり治ってるみたいだ。心配なのは内臓だけど、こればかりは本人が苦しくないというのを、信じるしかないわ。


「ほ、本当だ、顔色も戻って……こりゃあ奇蹟だ。歌劇で話題の、獣人に力を与える聖女って噂は、本当だったんだな」


「まあ、獣人に関するところだけは本当です」


 それ以外のところは、めっちゃ盛ってますけどね……そう言おうとしたところで、大きくて武骨な手で、私の小さな手をぎゅっと握り込まれた。


「聖女の嬢ちゃん、あんた凄い、凄いな。この子は俺の兄さんの一粒種でな……ありがとう、この恩は必ず返す。獣人にとって一番大事な、家族を助けてもらったんだからな」


 うん、喜んでもらえて、私も嬉しい。恩を返してもらう機会は、たぶんないんじゃないかと思うけれど、私のおかしな魔力が、少しでも役に立ったって思えたら、それは幸せだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日から、地下牢の暮らしが、なんだか豪華になった。


 看守さんのはからいで、寒々しい簡易寝台にはきちんとしたマットが敷かれ、毛足の長い上等な毛布が持ち込まれた。粗末だった食事も一転、ほかほか温かくて野菜なんかもたっぷり入った健康的なものに変わった。下着なんかも着たきりでいろいろ気になっていたのだけれど、看守さんの奥さんが上等ではないけど清潔なものを届けてくれて、毎日替えられるようになってとってもありがたい。


 こんなあからさまな厚遇を受けて大丈夫かなと心配したけど、何も問題なかった。地下牢の看守さんたちはみんな獣人さんで、昨日の猪獣人さんが「聖女の奇蹟」を熱く語ってくれたら、何だか団結して私を大事にしてくれることで話がまとまったらしいのだ。


 とっても、とってもありがたいけれど、バレて叱られない程度の待遇にして欲しいなあ。

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