第383話 地下牢
命令通り、私は城の地下にある石の牢に、晩餐で着ていた華美なドレスをまとったままで放り込まれた。
殿下に勇ましく啖呵を切った時にはこのまま首切りショー行きかと覚悟していたけれど、牢屋に入れたということは、今すぐ殺すということじゃないのだろう。背後で鉄格子に錠を掛ける重い音が響いた時、とりあえずだけど生命が助かったらしい安心で膝が笑って立っていられなくて、私は粗末な寝台の上にくずおれた。殺されてもいいって悲愴な覚悟をして、毅然とした態度で振舞うことはなんとかできたけれど、やっぱり死んじゃうことはものすごく怖かったんだ。
そして、グラスを握りつぶした直後に私に向けた殿下の眼には、執着とかいう領域を明らかに超えて、もはや狂気の炎が燃えていた。正直、ヤバい奴に惚れられてしまったっていう感じね。私のどこが気に入られてしまったのかは、未だにわからないのだけれど。
晩餐の席で交わした問答で、今回の叛乱がとてつもなくバカバカしい理由で起こったことはわかった。まさか、私のことを欲しいからだなんて思わなかったよ。
あんなことで、外敵である西教会を王都に引きずり込んだ殿下は、かなりのバカ殿、大バカ殿だ。そのバカ殿に熱く甘く口説かれてちょっとぽうっとなってしまった過去の黒歴史を、今すぐ消してしまいたい気分だわ。
もはやこうなっては、彼の求愛に首肯する未来は、金輪際ありえない。
私は真っすぐで誠実な人が好きなのだ。確かに私に対して殿下は真っすぐで誠実かも知れないけれど、本来一番愛するべき国民に対して、極めて不誠実でひん曲がっている。大事なことなのでもう一度言うわ、彼との未来はありえない。
私は、これからどうなっちゃうのだろう。あれだけ大バカ殿下に暴言を吐いてもその場で殺されなかったのは、弱らせたところにもう一度迫れば、妻になることを承諾するのではという目論見なのかな。だけどそんな気持ち悪いことを承服する気はないし、ましてやあの西教会のためにプロモーションをしてやる気なんて、さらさらない。そうなると、叛乱軍にとって私は単なる役立たず、いやむしろ邪魔者か。いずれ処刑される未来図しか思い当たらないなあ。
ああ、とっても心細いよ。もう一度でいいから、クララのちっちゃい胸に抱き締められたい。ビアンカと一緒にお茶を飲みたい、そしてカミルと……会いたい。
夜の地下牢は、ものすごく底冷えする。ふんわりドレスしかまとっていない私は背筋を縮めながら、ぺらぺらに薄い夜具をかぶって、静かに涙を流していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ううっ、気持ち悪い……」
恐らく二日後、私は猛烈な体調不良に見舞われていた。「恐らく二日」と言ったのは、地下牢には時間を教えてくれる道具が全くなく、運ばれてくるうっすいスープとかちかちの黒パンという粗末な食事の回数から推測したからだ。
私の体調不良は食事が腐っていてお腹を壊したわけではなく、地下牢の寒さに風邪を引いたからでもない。幼いころにずっと悩まされていた……魔力過多によるものだ。ここ数年というもの、いつも隣に魔獣や獣人さんがいる生活で、彼らが嬉々として私のおかしな魔力を引っこ抜いてくれていたから、すっかりそんな症状が自分にあることを忘れていたけれど……こうやって一人で監禁されていれば魔力は溜まる一方。ついにそれは身体からあふれ出し、ダルいし吐き気もするし、とにかく気分は最悪なのだ。
「おい、どうした。大丈夫か?」
気が付くと、地下牢の看守さんが鉄格子越しにもだえ苦しむ私を見下ろしていた。苦しかったので忘れていたけれど、もう食事の時間が来たらしい。この状態じゃあ、とても食べられる気がしないけど。
「死なれちゃ困るぞ、薬師を呼ぶか?」
武骨な言い方だけど何だか気を使ってくれているらしい看守は、よく見れば頭上にケモ耳が……ああ、猪獣人さんだ。うん、これはもう、恥を忍んでお願いするしかない。
「看守さん、申し訳ありませんが……左手を、お貸し頂けませんか? 手を預けるのがご不安なら、素足でも結構なので……」
「あんた、いったい何を言ってるんだ? まあ、いいけどよ」
そう言って左手を貸してくれる。ああ嬉しい……私は差し出された手を両手で包み込んで、獣人さんがびっくりしない程度に、私のおかしな魔力を流す。
「う、うおっ、これは何だ?」
「お嫌だったら言って下さいね」
「いや、嫌ではないのだが、何だこれは? 身体の底から力が湧いてくる!」
まあ、ここまで協力してもらったんだし、差支えない範囲で私のおかしな魔力の話をする。黙っていると魔力が溜まって酔ってしまうこと、解消するには魔獣や獣人さんに魔力を流す必要があること、その魔力は獣人さんにとって、能力を増したり傷を治したりする力があること……
「そ、そんなことが。それなら……後で頼みがある」
「とても楽になりました、ありがとうございます。私にできることでしたら」
うん、とっても、気分が良くなった。助けてもらったのだ、この獣人さんに、恩を返さないとね。
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