第382話 決裂

 わからない。この王子殿下、国王になりたいと仰せなのに、国政には興味がないと言い切る……何を、考えているの? 


「おっしゃることが理解できないのですが……では、アルベルト様が国王の座を目指された目的は、何なのですか?」


「うん? シャルロッテは賢い娘だと思っていたのに、こういうところは察しが悪いなあ。それとも、鈍いふりをしているのかな」


 そうですね、まったく察することができなくて、苦しんでます。


「私が国王なんて面倒なものを目指す理由はただ一つだ。叛乱の神輿になって国王の役目を果たせば、君を私のものにしてくれると、奴らが約束してくれたからさ。私は国を率いたいなどと思っていないけど、シャルロッテと結ばれるためなら、何でもするよ」


「まさか……それだけのために?」


「それだけ、と言って欲しくないな。私にとっては、君を手に入れることが、人生最大の目的なのだよ」


 いやそれ、確かに光栄と言えば光栄なんだけれど……じゃあこの人、私を手中にしたら、もう何もしないつもりなのかしら。


「では、アルベルト様が国王、私が王妃になったとして、今後の国政はどなたが、どのように為されるのでしょう?」


「そんなものは、やりたいやつにやらせておけばいい。国王になった後、私の役目は飾り物だ。今回叛乱の絵を描いた西教会の連中が、国政をよろしく取り仕切ってくれることになっている」


 え、西教会が国政を握る? それって最悪じゃない。何かにつけ教条的な西教会の連中が政権など取ろうものなら、政教一体と称して西教会の教義を、バイエルン国民に押し付けるに決まっている。東教会の布教は禁じられ、聖像や宗教絵画は破壊され、地方土着の神を祀る行事などはもちろん厳禁だ。破れば異端だの悪魔憑きだのといって宗教裁判にかけられ、容赦ない処刑が待っている。


 そして西教会は、獣人に対する差別が東教会とは段違いに強い……彼らが政権を握ったら、シュトローブルやマリアツェルで私たちが築き始めている、獣人も人間も等しく働き助け合うコミュニティは、間違いなくぶち壊されてしまうだろう。


「まあ、多少は反発があるだろうね。だから、王妃たる君が率先して西教会の広告塔となることで、国内の平定を進めるのさ。国王である私の地位を固めるための仕事だ、当然やってくれると信じているよ」


 いや、貴方の言っている意味、わかんないんですけど。西教会から追放され、あげくに殺されかけた私が、彼らの広告塔なんか、やるはずないでしょう? でも、アルベルト殿下はなんでこんなに西教会なんかに肩入れするんだろう。宗教に関心のある方には、見えなかったんだけどなあ。


「あの……アルベルト様は、いつから西教会を信仰なされていたのですか? 王都には西教会の布教所はないはずですが」


「なんだ、そんなことが気になるのかい。私は西教会の信者ではないよ、彼らは私の目的に協力してくれたから、手を組んでいるだけさ」


「目的と言うのは、私を手に入れる……それだけのために?」


「それ『だけ』って言われると、少し傷つくね。私にとってのシャルロッテは、神との邂逅よりも玉座よりも、欲しいものなんだ。ここまで君を大事に思っているんだ、どう、嬉しいだろう?」


 なんだか、頭が痛くなってきた。そもそもこの殿下と私は、あの無理やりお見合いの時以外、言葉を交わしたこともないのに。このヤンデレ殿下は、勝手に脳内で聖女の虚像をふくらませ、それを子供のおもちゃみたいに欲しがっているだけなんだ。ただ欲しがるだけなら無害だったけれど、それを手に入れる手段として、よりによって一番始末に負えない連中を引っ張り込んでしまったんだ。


「アルベルト様」


「ん? シャルロッテ、言ってごらん?」


「私の顔が、愛の告白に、喜んでいるように見えますか?」


「まあ少し、怒っているように見える顔も可愛いね。突然のことで戸惑っているのだろうけど、心配はいらないよ、大事にしてあげる」


 だめだ、私の言うことの意味を理解しようとなんてしていない。この方はヤバいわ、もう自分の世界に入り込んでしまっている。婉曲に応じても通じそうもないよね、はっきり言っちゃおう。殺されるかも……知れないけど。


「私はアルベルト殿下のものにはなりません。いくら私のことを強く求めて下さっても、それを得るために民を不幸にすることをいとわない方の隣に立つことはできません」


「何だと?」


「もう一度申し上げます。私はアルベルト殿下の妻になる気は、まったくありません。国民に尽くすべき立場を目指そうというのに、欲望のみ在ってそれに伴う義務を果たさない方を、好ましくは思えませんので」


「……」


 精一杯の勇気を振り絞って反抗したつもりだったけれど、食卓を沈黙が支配するばかりで、殿下のレスポンスはない。私が胸の中で二十ほど数えたその時、ぱきりという鋭い音とともに、赤ワインを満たした殿下のグラスが不意に割れた。殿下は持っていた右手でグラスを握り潰していて……その手首に向けて、ワインと血が混じりあいつつ流れている。


「誰か!」 「はっ!」


 今までの甘さをかなぐり捨てた殿下の鋭い声に応じて、近衛らしい兵が二人、駆け寄ってくる。


「この女を、今すぐ地下牢に放り込め!」


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