第367話 王と皇弟
「あんたは、一体誰だい?」
私が押し出した若い男性に、狼獣人さんはうさん臭いものを見る眼を向ける。うん、そうなっちゃうよね……見るからに、彼らが嫌う貴族の装いをしているのだもの。
「ああ、私はロワール国王、アルフォンス二世だ」
「はあぁっ?」
驚愕する狼獣人さん。穏やかな声で応えたアルフォンス様は、真っすぐに彼の眼を見ている。
「いや、何で国王がこんなとこにいる……いや、いらっしゃるんだい? こっちの聖女さんはちょっと頭がおかし……いや、とにかく、ここはその気になりゃあ、城壁の上から矢が届くところなんだぜ!」
「そのおかしな聖女が、ここへきて自ら説くべきだと言うのでな」
何だか聞き捨てならない暴言が混じった気がするけれど、ここは突っ込んだらいけない流れか。とにかく、アルフォンス様が何かを変えてくれると、彼らに信じてもらわないといけないのだ。
「聖女は、人間も獣人も等しくチャンスを与えられる社会がつくりたいのだと言う。私もそうできれば良いと思うが、社会は急に変えられるものではない。だから、一歩ずつ出来ることを変えていくことを約束しよう。私が王都を回復したら、国軍に獣人部隊を創設し、まともな待遇の雇用をつくること、そして獣人向けの学校を建設し子供に無償の教育を与えることを約束しよう。まあこれは聖女の所領で、すでに実行されている施策なのだがな」
「う、うむ……それは、悪い話ではないと思うが……あんた、いや陛下だって王室の人間だ、獣人なんていつ裏切るかわからない者たちだと考えているだろう!」
「あら、ご存じないでしょうか。陛下の個人所領をご覧になればわかります、領の家令さんは狼獣人さんですし、経理長や私兵隊長も獣人さんですよ?」
「ほ、本当か……」
「ええ。ですから、陛下個人が獣人を嫌厭していないことは、私が保証しますわ」
もっとも、その獣人さんたちは、婚約者だったころの私が推薦したのだけれどね。何はともあれアルフォンス様が獣人を重く用いているという事実は、狼獣人さんを考えこませるに、十分だった。
「……なるほど。失礼した、あんた達は俺たちをだまそうとしているわけじゃないようだ。仲間と相談するから、ちょっと待ってくれ」
相談とは言っているけれど、この狼獣人さんはみんなに信頼されているようだし、統率力もあるみたいだ。必ず、私たちの望みをかなえてくれるだろう。不安そうな表情を浮かべるアルフォンス様に向かって、大丈夫だよと想いを込めて微笑んでみる……この暗闇だから、気付かないかもしれないけれど。
◇◇◇◇◇◇◇◇
暗闇の中、城壁の一部から、灯火が覗く。それは左右に二回、上下に三回揺らいだ後、ふっと消えた。
「先発隊、進め!」
号令に合わせ、千人ほどの部隊が静かに、しかし急いで進む。私には見えないけれど、おそらく城門のある方向へ。やがて彼らが城門付近を完全に確保したらしく、篝火が焚かれた。
「よしっ、速やかに、全軍突入!」「もはや妨げるものはない、王都を制圧せよ!」
ベルフォール辺境伯とローゼンハイム伯の命令が、相次いで下る。あくまで奇襲だから鬨の声は上がらないけど、兵士たちは最高レベルに高揚しているみたいだ。そりゃそうか、ようやくここ一ケ月あまりの勇戦が、報われる日が来たのだから。
「何とか、うまくいきそうですね」
「うん、シャルロット……いや聖女ロッテのお陰だ。さすがは『常勝の聖女』と言われるだけのことはあるな」
アルフォンス様の賞賛に、苦笑いで応えるしかない私。まあ確かに、こんな簡単に入城できたのは、私の策が当たったと言えなくもないのだけれど。
私は、突撃麦刈りを強いられていた獣人さんグループのうち三十人を、マリアツェル獣人部隊のメンバーに入れ替えて、麦穂を満載した荷車と共に王都に戻したのだ。城門の門番は一人一人の顔なんか覚えちゃいない、だって彼らにとって獣人なんか人間じゃないと思ってる、ようは関心の外なのだもの。人数さえ合っていれば、バレることはないはずだと判断したことは、間違っていなかったようね。
そして麦刈り隊は城内で解散するのだけれど、潜り込ませた獣人兵たちはひそかに合流して、王都の東門を内側から襲って、城門を開けたというわけなのよ。もちろん各門を不寝番が守っているけれど、身体能力と夜目に長けた三十人の獣人たちがひっそり近づいて襲えば、抵抗のしようがないからね。
「そう、聖女がいるところに勝利ありだ。だから聖女にロワールに帰られたりしたら困るのだ、すぐ流される聖女をこれ以上口説くのを控えてもらおうか、アルフォンス陛下」
後ろから割り込んでくる声は、言わずと知れたテオドール様のものだ。
「皇弟殿下こそ何の関係が……」
「俺も聖女に絶賛求婚中でな」
なんだかアルフォンス様との間で、見えない火花がバチバチ飛んでいる気がする。お願いだから、話をややこしくしないで欲しいなあ。
二人の無言バトルは、王宮陥落を知らせる烽火が上がるまで続いたのだった。
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