第364話 王都の城壁

「はぁ〜っ」


「どうした聖女、似合わない辛気臭い顔だな」


 テオドール様の言いようはいつも無骨だけど、私のことをいつも気にかけてくれているのが、よくわかる。


「戻ってきちゃったんだなあと、思いまして」


「聖女の故郷ではないか、いい思い出もたくさんあるのではないか?」


「それ以上に、ろくでもない記憶が多くて……」


 そうかと短く答えて、彼はもう一度城壁を眺める。


「さて、この堅固な城壁を、どう攻めたものかな」


 湿っぽくなった話題を、彼はふっと変える。テオドール様なりの優しさだってのはわかるけど、困っている表情も本当なのだろう。何しろ大陸最強を誇るアルテラ騎馬隊の本領は野戦でのガチンコぶつかり合いであって、攻城戦は苦手としているのだ。


「まったくだ、まともに攻めたら損害が大きすぎる、困ったものだ」


 不意に背後からかかった言葉に驚いて振り向けば、そこにはバイエルン軍を率いるローゼンハイム伯。


「いや、若者たちが何やらいい雰囲気なので、なかなか声をかけづらくてな」


 そんなことを言われたら、私は恥ずかしさで頬を染めるしかない。やっぱり他の人からは、私とテオドール様って、そう見えてしまうのかしら。一方のテオドール様は、平然として余裕の微笑など浮かべている。う〜ん、なんだか納得いかない。


「まあそれはそれとして……ここで消耗戦をやって部下を失いたくはない。聖女ロッテは『常勝の聖女』とも称されているお方、何かアイデアがあるのではないかな?」


 はあっ? それって、城壁攻略についてですよね? 私って、いつの間にか聖女から軍師扱いに昇格しちゃったの? まあ、まったく策がないわけではないのだけど。


「ふむ? その表情を見たら、良き案がおありのようではないか。ぜひ、聞かせて頂きたいが?」


 たいへんよろしくないことに、ローゼンハイム伯は本気で私をあてにしているらしい。テオドール様まで、少年のようなわくわく感あふれる眼で私を見ている。


「よし、では早速、陛下の御前で作戦会議と行こうではないか」


 はい? それって私もなの? とっても、気分が重いんですけど!


◇◇◇◇◇◇◇◇


「そうか『常勝の聖女』の献策を受けられるとは、幸甚の極みだな」


 ちょい悪っぽいブラウンの瞳をいたずらっぽく動かして、そんな意地悪なことを言うアルフォンス様。再会した時は何だか疲れた感じだったけれど、こんな冗談が自然に出るようになるくらい、元気になったみたいだ。まあ、念願の王都奪還がすぐそこに見えているのだから、そうなるか。


「そんなことをおっしゃられても、王都の城壁は堅固です。飛び越えることも掘り崩すこともできないですし……ご提案できるとすれば、ごくごく常識的な戦術になりますわ」


「その常識を、聞かせてもらいたいものだな」


「王都の城壁の中では麦の一粒、ミルクの一滴すら獲れません。そしてそこには二万の住民と、一万強の叛乱軍兵……王都につながる街道封鎖し、食糧の流入を止めてしまえば、多少時間がかかろうと、必ず敵は白旗を上げるでしょう、ですが……」


「確かに、その通りだね。だけど、気になることがあるようだね?」


 私の言葉にうなずいていたアルフォンス様が、問いかけてくる。


「ええ、この策の良い点は、お味方に損害を出さないこと。ですが、悪い点は、おそらく王都の民に、大きな負担を強いるであろうこと」


「うむ……」


「城壁内の食糧は、いずれ尽きるでしょう。しかしその分配は、決して公平なものにはなりません。まず貴族が優先され、次に軍隊。一般の住民がまず食糧の欠乏に苦しむことになるでしょう。そして住民の中でも、立場の弱い者が真っ先に飢えることになります」


「それは、獣人ということか?」


「ええ」


 そうだ。バイエルンでも差別がないわけではないけれど、ロワール、特に王都での獣人はほとんど奴隷に近い扱いだを受けている。備蓄食糧が足りなくなれば、彼らへの配分から削られるであろうことは、間違いないのだ。戦術としては兵糧攻めが最善と言うことはわかっているけれど、それを実行したが故に罪無き獣人さんたちが飢え死ぬと思うと、耐え切れない。


「なるほど、相変わらずシャルロットは、獣人のことを大事に考えているのだな」


 そう応えつつ、アルフォンス様が王都の城壁をもう一度眺める。私たちと城壁の間には、一面の麦畑……このあたりは、バイエルンより収穫が遅いみたいで、まだ刈られていないうちに戦争になってそれどころではなくなったということらしい。たっぷり実のついた穂が風に揺られているけれど、このまま二週間も放って置いたら、穂は落ちてしまうだろう。さすがにもったいないな。


 そんなことを思いながら麦畑をぼんやりと見ていたら、ところどころ麦の刈られた部分があるのに気づく。それも、ものすごく雑に、慌てて収穫された感じなのだ。


「ああ、君も気付いたか。城内のやつらも兵糧攻めをやられることを覚悟しているのだろう、深夜真っ暗な中、ひそかにグループで城門を出て、麦を刈れるだけ刈って逃げ戻るというのを、ここ数日やっているのだ」


「そんな危ないことを……」


「そう、危ない。それを、夜目が利く獣人にやらせているようだ。彼らにとって、獣人は死んでも構わないという認識だからな」


 確かに、城壁の中にいる貴族たちにとっては、獣人たちなど消耗品なのでしょうね。思わず怒りを覚えたけれど……うん? これは、チャンスかもしれない?


「アルフォンス陛下。この事態、利用できるかも知れません。私の部隊に、任せて頂けませんか?」


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