第361話 殊勲は皇弟様?

「何をしている! 魔剣があろうがなかろうが、聖女はたった一人ではないか! 三方から囲んで突っ込め! 身体をぶつければ、こっちの勝ちだ!」


 指揮官らしい男の号令が響き渡ると、我に返ったらしい敵が、またじりじり迫ってくる。そう、この指揮官の言うことは正しいわ。私は接近戦を演じるには圧倒的に体重が足りない、屈強な兵に体当たりされたら、一撃で押し倒されて戦闘能力を失ってしまうだろう。


 私は思わず、一歩引いた。だけどそれは失敗だったみたいだ。私が引いたことで、敵は有利を確信して、はっきりと前進してくるようになった。これは……マズいかな。


「よし、一気に突っ込むぞ、お……」


 指揮官の声が、突然止まった。部下たちが振り返ると、そこにはさっきまで彼らの上官であったはずの物言わぬ石像が、一歩足を踏み出した姿勢のまま、そこにあったのだ。


「た、隊長殿?」


 そう。今回のイベントは魔獣に慣れていない貴族たちを歓迎するもの。いつも私の肩にいるルルには、遠慮してもらっていたのだ。森に遊びに行っているはずだったのだけれど……私のただならぬ気配を感じて、飛んで戻ってくれたらしい。さすが、私の可愛い娘だわ、コカトリスだけどね!


(ママをいじめるやつら、許さないよ! 私の力、見せてあげるわ!)


 ルルが左側を向いて一声鳴くと、そっち側から迫ってきていた敵兵が十数人、一気に石になる。


「え……ルルの石化、こんなに強力だったっけ?」


(ママの魔力で一杯練習したからねっ! 引かれるかと思って隠してたけど、このくらいなら軽いもんだよ!)


 さすがにこの石化ショーを見た敵の足は、完全に止まった。そりゃそうよね、剣での斬り合いなら相手が強くても大勢で掛かれば勝機が見いだせるものだけど、ひと睨みで石にできるルルの能力を見たら、ノーチャンスって思っちゃうだろう。


 足を止めた彼らの真ん中を、テオドール様たちが駆け抜けてさらに分断し、私に近い敵から順番にビアンカが吹っ飛ばしていく。そしてアルマさんアベルさんたち隠密部隊もようやく本領を発揮して、隊長格の者を狙って背後に迫り、確実に倒していく。


 やがて彼らの後方から、地響きのような雄叫びが押し寄せてくる。ああ、ようやっとベルフォール様の本隊が、来てくださったんだ。安堵で座り込みたくなる膝を必死になだめて、私はグルヴェイグを構え続けた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「申し訳なかった。味方と称して参じる貴族が一気に増えたことで、チェックが甘くなっていたのだ……そのせいで聖女を生命の危機にさらしてしまった。慙愧の極みとしか言いようがない」


 ベルフォール辺境伯が、深々と頭を下げる。本来なら高位貴族が簡単に頭など下げてはいけないのだけれど……隣国から援軍に駆けつけた「看板」が危険に陥ったのだ、仕方ないだろうと私も思う。そもそもポワティエ伯の部下が数百人あの場にいたことがおかしい、ここんとこの戦勝続きで、やや雰囲気が緩んできているんじゃないかな。


「私に関しては、謝罪を受け取ります、無かったことにしましょう。ですが、私が無事だったのは、テオドール殿下を始めとして尋常ならざる戦力がそばにいてくれたためで、幸運であったということでしょう。同じような失態が、アルフォンス陛下の身に起こりませぬよう、ベルフォール閣下にはご配慮頂ければと思います」


 そう、アルフォンス様の近侍たちでは、とても今日みたいな敵の攻撃をしのぎ切ることはできないだろう。だから、私も少しだけ厳しいことを言わざるを得ない。まあ結局のところは、危ないヤツはアルフォンス様に会わせない、あるいは拝謁は一人で行うようにする、とかにしてもらわないとね。


「寛大なお言葉、痛みいる。うむ、聖女の助言、耳が痛いな……今後、陛下への謁見は限られた者だけにするとしよう」


 さすがはベルフォール辺境伯様、私のアドバイスを、正確に理解して頂けたらしい。とりあえずやるべきことはやった安心感で、私は大きく一つ息をついて、肩の力を緩めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 頬の傷は結構深かったけれど、ビアンカが丹念に舐めてくれていたら、一時間かそこらで治ってしまった……すごいよね。クララに毒の治療してもらった時もそうだったけど、これってやっぱり私の魔力がブーストかけちゃってるんだよね。


 心が落ち着くとされるハーブティーを淹れてくれたのは、やっぱりビアンカ。私は彼女にお礼を言った後、ふと気になっていたことを口にした。


「一番危なかったのは、私が伯爵に捕まっていた時よね。あの時、不意に伯爵の腕が緩んだから逃げられたのだけど……どうしてだろう?」


 ビアンカが少しぴくっと反応する。何か、マズいこと聞いたかな? いぶかる私の表情に気付いた彼女が、はっと表情を改める。


「あれは……伯爵の肩に矢が刺さったのです」


「矢ですって?」


「そうです。あのような混乱の中、しかもわずかにそれればロッテお姉さんに当たる状況の中、冷静に弓を射る胆力は……」


「それって、誰なの?」


 そうだ、伯爵は私を後ろから締め上げつつ、左右に激しく向きを変えていたはず。あんな中で正確に肩を狙うなんて、技術より先にメンタルがものすごい。


「それは……悔しいですけど、テオドール様です」


 ええっ!

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