第360話 ネズミ退治

 私は抜き放った魔剣を、両手持ちで斜めに構え、気合を入れる。見る間に私のおかしな魔力がグルヴェイグに伝わって、その刃から紫色のオーラがけぶるように立ち昇る。


「おおっ、あれが鋼鉄をも両断するという魔剣……」

「何という怪しくも美しい……」


 兵士たちから驚嘆の声が上がるけれど、今は感心している場合じゃないでしょ。私は目一杯声を張り上げ、叱咤する。


「さあ、もう人質はいません! この薄汚い裏切り者を、捕らえるのですっ!」


「おおうっ!」


 だけど、いつの間にか私たちは大勢のポワティエ伯爵軍に包囲されていた。確かポワティエ伯は、二千の兵を連れて合流してきたはずで……獅子身中の虫とはいうけれど、この虫は大きすぎて、かなりきつい。


 ベルフォール軍の兵が私のまわりに集まって壁になってくれているけれど、その外側には数えきれないくらいの敵……ちょっと、切り抜けられる気がしない。


「皆の者、聖女を捕らえよ! さすれば王党派は抵抗できぬ!」


 先程の柔和な顔から想像もつかないほど醜悪に眼を吊り上げたポワティエ伯爵の命に従って、兵士たちが迫ってくる。そりゃ、必死にもなるよね。いくらこの場は有利でも、さらにその外側に数万のアルフォンス派連合軍がいるのだ、私を盾にしない限り、全滅するのは彼らの方だろうから。


「掛かれ! うごっ……」


 大号令を掛けたはずの伯爵の脇を黒い騎馬の一団が駆け抜けたかと思うと、みっともない悲鳴と共に血しぶきが上がる。彼らは一旦包囲を抜けると、また突っ込んできて、瞬く間に十数人の敵を切り裂いている。その先頭を駆けているのは……


「テオドール様っ!」


 私の叫びに、一瞬だけ刀を上げて応えてくれたような気がするけれど、次の瞬間にはまた駆け抜けていくその黒い影は、間違いなくテオドール様の、黒い軍服だ。彼が配下の十数騎とともに、敵を引っかき回し、分断してくれているのだ。


 あっという間にぴゅーんと駆け抜けて行ってしまったけれど、騎馬で戦うテオドール様の姿は、いつもより十割増しカッコいい。人馬一体とでも言うのだろうか、馬と意志が通じているかのように自由自在に駆け跳ぶ姿は、今まで私が見ていた、地に足をつけて戦う彼とは、印象が全然違って……はっきり言って、とっても素敵。こんな姿を見てしまったら、ついつい惹かれてしまいそうだ。


 いやいや、今はそういう場合じゃないや。私が捕まってしまったら、万事休すなのだ……とにかく、迫ってくる敵を倒さないと。先頭を切って迫ってくる十数人の兵に向け、私はグルヴェイグを斜めに構える。


「うぐっ!」「ぐえっ」「わあぁっ! 虎が!」


 だけどそんな声とともに、眼の前にいる敵兵たちが、瞬く間に打ち倒された。驚く私の前には、美しく輝く毛皮に包まれた、一体のサーベルタイガー。


(お姉さんには、もうこれ以上触れさせませんっ!)


「ビアンカっ!」


 そう、素早く獣化したビアンカが、すっかり成長した虎型の身体で、敵兵に体当たりして吹っ飛ばしてくれていたんだ。


 彼女はそのまま、敵兵の集団に突っ込んでいく。ポワティエ伯軍の兵士たちは、サーベルタイガーなど見たことのある者の方が少ない、驚きと恐怖ですっかり腰が引けている……これはチャンスね。私も、敵兵の群れに飛び込んで、両手持ちしたグルヴェイグを一振り。


「ふぅん!」


 また、聖女っぽくない気合を入れてしまったけど、このくらい力を入れないと、重たいグルヴェイグは振るえないのだ。もちろん剣術の修行などしていない私だ、身体の動かし方はグルヴェイグが教えてくれるのだけどね。


 最初の一颯は私の腕に何の手ごたえも伝えてこなかったけれど、なぜか七~八人の兵から血しぶきが上がる。受け止めた剣は二つに折れ、身にまとった鎖帷子は切り裂かれ、盾は割れて……どう見たって切っ先が届いていない敵も、血まみれになって倒れている。


「何なのだ、あの剣は!!」


(魔剣グルヴェイグを知らぬとは、モグリじゃの。まあ、ここ数十年はよき主に恵まれなかった故、名が売れていないのも仕方なきことか。じゃが、主ロッテの魔力を得た妾は、無敵じゃぞ……その力、たっぷりと見せてやろうぞ)


 うわっ。私を主としてからというもの、血を吸う機会がめっきり無くなっていたグルヴェイグが、久しぶりの大量殺戮に高揚しちゃってる。本当はそんな機会、無い方がいいのだけど……今日ばかりは仕方ない、私は絶対に、敵の手に落ちるわけにいかないのだから。


「はあっ!」


 次の一振りで、また十人ばかりを倒す。紫に妖しく輝く魔剣を構えてゆっくりと近づいていく私を見る敵の表情に、言い知れぬ恐怖の色が浮かぶ。うん、このまま時間を稼げば、味方が駆けつけてきてくれるはず、もうちょっと頑張ろう。


 明らかに不向きな肉弾戦に目一杯とまどいながらも、私はもう一度精一杯の勇気を奮い起こした。


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