第318話 ほだされそう?

「もうっ! ハラハラさせること、しないで下さい!」


 涼しい顔をしている殿下に、食ってかかる私。だって、ヤバい状況だったことは、間違いないのだもの。


「ふむ? あの程度の危険なら、尚武気質溢れるアルテラ皇族としては日常茶飯事で……」


「殿下がお怪我をされたら、外交上困るのです!」


 呑気な殿下にちょっとイラっときた私は、つい声のトーンを上げてしまう。


「そうか、私を守るために最後の力をふり絞ってくれたと喜んでいたのだが、あれはバイエルン王国の為だったか。残念至極だ」


 殿下が肩を落としてあからさまに傷付いた顔をする。いつも明るい茶色の瞳が伏せられると、なんだか私が不当に悪いことをしちゃった気分になってしまう。うん、ここはフォローをしておこう。


「言い直します、私はテオドール様に、傷を負って欲しくありません。その明るくお元気な姿が好きですので、いつも快活で、健康であって頂きたいと思っているのですわ」


 そう口に出した途端、殿下の顔がぱあっと明るくなって、いつもの通りがしっと手を握り込まれ、ぶんぶん振り回された。


 う~ん、なんだかこの人、とっても単細胞だよね。


 まあ、裏表のあり過ぎる人たちから散々な目にあわされてきた私の眼には、こういう分かりやすい男性は、とても好ましく映る。カミルやヴィクトルもそう……ただひたすら、私を大事にしてくれるから。


 そういえば、気になることがある。これは聞いておかないと。


「あの……テオドール様。『最後の力』っておっしゃいましたよね。なぜ、あれが私の最後の一発だって、ご存じでしたの?」


 そうなのだ。私の精神力がどのくらい残っているかなんか、私にしかわからないはずなのに、殿下はどうしてラストだってわかったのだろう。


「あの雷光を撃った直後の表情が、やけに切迫していたからだ。それまで撃った数発の時は、頬や眉間に余裕があった。だから思ったのだ、最後のとっておきを、俺を守るために使ってくれたのだろうと」


「そ、そんな細かいところまで見ていらしたのですか?」


「当然じゃないか、私が求めている令嬢なのだからな」


 しゃあしゃあとそんなことを言われて、不覚にも頬が熱くなる。脳筋単細胞のくせに、あんな激しい戦いの中でも、私のことをそんなに見てくれていたなんて。


 決して籠絡された訳じゃないよ、だけどそれだけ本気ですって言われた気がして、やたら恥ずかしいけど……やっぱり嬉しくなってしまったのだ。


「お姉さん、落とされちゃだめだよ。僕だって頑張ったんだからね」


 そんな言葉とともに袖を引っ張られて、はっと我に返る。そこには少し不安な顔をした、カミルの赤毛が。ああ、いけないいけない、つい流されてしまうところだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 オーグルまで登場したことで、マリアツェル領の妖魔対策は、もう一歩進めないといけなくなった。


 これまではせいぜいゴブリンやオーク程度だったから、冒険者に依頼したり、手ごわい奴は騎士様と私が組んで討伐するってやってきたけど、もう少し本格的にやらないといけないようね。


「そんなわけなので、マリアツェル領の西半分は、サーベルタイガーの『テリトリー』として、ヴィオラさんの一族に管理してもらいたいです。どうですか?」


「そうね、昨年産まれた虎たちも狩りができるようになってきたし、今年はまたうんと子供が増えそうだから、遠慮なくもらっちゃおうか」


 いよいよ大きくなったお腹をなでつつ、族長ヴィオラさんは快諾だ。


「あれだけ広い森をもらえちゃうなら、一族を二千くらいまで増やしてもいいかもねえ」


 うはっ、二千かあ、そうなったらすごいな。


 現在のサーベルタイガーは昨年のベビーブームで大きく増えて、五百頭弱くらい。彼らは今、三つの領地……ハルシュタットとシュトローブルに二百ずつ、そしてマリアツェルに百頭くらい、分かれて住んでいる。


 人間と余分なもめ事を起こさないよう彼らの「テリトリー」を設けて、そこには特別な許可を受けた狩人以外は踏み込まない。その代わりサーベルタイガーは、人間の領域に妖魔があふれ出さないように、妖魔を間引いて管理する。そういう契約をヴィオラさんと私で交わし、今のところは順調に機能しているのだ。


 マリアツェル領の西半分は森の中にぽつりぽつりと開拓村はあるけれど人間の町はない。こんな地域の妖魔を私たちが討伐しに行くのはとっても大変、それならそっくり虎さんたちに管理してもらおうというわけなの。まあ、そんな広大な領域をカバーできるほどたくさんの虎さんはいないわけだから、ヴィオラさんが「産めよ増やせよ」計画を立てるのは、当然のことよね。


 だけど、二千か……そのくらい魔獣が増えてきたら、人間と魔獣の領域を完全に分けるっていう今のやり方は、難しくなるかも。いよいよ、混住を考えるときかな。


 そう、私はずっと、友好的な魔獣と人間が同じ場所で暮らすことはできないかって、ずっと考えていた。人間たちは戦闘能力が弱いけど、知恵や道具、食糧の保存法や農耕による生産の業を持っている。うまく協力すれば、魔獣たちが村人を妖魔の害から守り、その代わり人間が冬を凌ぐ住まいや食糧を提供する、そんな関係が築けないかなって。


「我が領主さんは、大胆なことを考えるね……」


「確かにそれが出来たら素敵ですけど……」


 ヴィオラさんもビアンカも私の夢に反対ではないようだけど、何か言いよどむ感じ。


「うん、言いたいことはわかるんだ。魔獣と人間が話すことができないと、難しいよね」


 そうなのだ。魔獣の知性は高いけれど、言葉はしゃべれない。魔獣の念話を理解できる人間は、私くらい。獣人だって素の姿で話せるのはカミルのような最上位種だけ、あとはクララやビアンカみたいに獣化してようやく意志が通じるかっていう程度だ。獣化だってかなり高度な技だし、こんな特殊能力に頼るのではなく、もっと簡単に魔獣と人間の意思疎通ができるようにならないと、混住は難しいよね。


 とりあえずこの夢は、置いとくことにした。いつか、実現できるといいのだけど。

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