第319話 火竜出現?
「空を飛ぶ火竜を見たという商人からの報告が、最近多いのです」
シュトローブル領軍のトップとなったエグモントさんが、いきなりそんな報告をする。私は慌ててマリアツェルの首脳陣を集めた。
「それで、火竜はどのあたりで目撃されているのですか?」
「はっ、ほとんどの報告が、バイエルンとアルテラの旧国境付近なのです」
半ば予想していたけれど、やっぱりそこだったか。う~ん、そうなると、思いあたるフシがいっぱいありすぎるなあ。
「それって、こないだの戦のせい、なんでしょうか?」
「間違いありませんな。あの戦で火竜の魔石をエネルギー源とした魔導砲が使われました。火竜がその魔力波動を感じ、同族の消息を探しているのだと考えられます」
関係ないって誰かに言って欲しかったのだけど、賢者ディートハルト様にきっぱり断言されてしまった。やっぱり、あれだけ派手に特有の紅い魔力を顕現させたら、魔獣の最上位種たる火竜には、気付かれないはずもないよね。
あ、ヤバい。あの時ちょろまかしてきた魔石、まだ私が持ってたんだったわ。魔導砲をぶった斬ったあの晩から怒涛の進撃、そして終戦処理のバタバタで忙しすぎて……魔石を執務室の引き出しに放り込んで以降、その存在を半ば忘れてしまっていた。
「あ、あの魔石なんですが……」
「そう、あの晩以降、戦場を探させたのですが見つかりません。おそらくアルテラの敗残兵が我が物にせんと持ち去ったのかと。まあ、あの日の状況からすると、持ち去った者も森のどこかで野垂れ死んでいる公算が大ですが」
うっ、ディートハルト様の言葉がぐさぐさ私の胸に突き刺さる……これは叱られそう。でも、ここで白状しないと、余計にこじれちゃうわよね。ええい、ゲロっちゃおう。
「実は……私が持っています」
「ええっ!」「お姉さんが?」「何で……」「言ってくれれば……」
はい、すみません。私は身体を縮めて、ひたすらみんなのぼやきを受け止めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「これが火竜の……」
「大きさも美しさも素晴らしいものですな」
「発するオーラがすごいですね……」
私がこそこそと執務室から持ってきた魔石を囲んで、みんなはしきりに感心している。
男性の握りこぶし大のそれは、上質なガーネットのように紅く澄んで、その表面は何かで磨いたように滑らかな光沢をもっている。美しいと言えば美しいけれど、それほど凄くは見えないけれどなあ。
そんなことを考えながら、テーブルの反対側にいるメンバーにも見せようと、私が魔石をつかんで動かそうとすると、みんなが息をのむ。ん? 何で?
「ロッテお姉さん、素手でつかんだりして、大丈夫なのですか?」
「うん、触っても熱くないし、ただの石だよ? だって、これ持ってくる時だって、こうやってポイっと……」
そう言って魔石を神官服の胸元に放り込むまねをすると、クララやディートハルト様が何とも言えない表情になる。そうか、魔力の見える彼らには、きっとこの魔石がとってもアブない物に見えるんだろう。
「大丈夫だったよ、むしろとっても暖かくて、優しい魔力を感じたけどなあ?」
うん、さすがカミルの同族だなって、あの時思ったもの。
そのカミルは、さっきから何も言葉を発せず、ひたすら紅の魔石を凝視している。さすがに同族の死体から出たものだし、思い入れが強いのだろうか。
「ねえ、カミル。辛いかも知れないけど、触ってみる?」
私の言葉に、覚悟でも決めるように大きく息を吸い込んだカミルが、ゆっくりと魔石に近づいて、両掌でそうっと優しく包み込んで、静かに持ち上げる。そして胸の前でずっと抱いて、見つめ続けている。その眼はいつもより大きく、見開かれていて。
「カミル?」
明らかに様子がおかしいわ。彼は同族の死を悲しんでいるようには見えないし、同じ波長の魔力に触れて高揚しているようにも見えない。いったいどうしたんだろう。
「カミル?」
もう一度呼びかけてみたその時、カミルの茶色い眼から透明な雫があふれるのを、私は見てしまった。決して悲しんではいないはずなのに、彼は泣いているのだ。
「母……さん……」
「えええっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ね、カミル、落ち着いて考えよう? カミルはお母さんに会ったことないんだよね。この魔石がお母さんのものだって、どうして思うの?」
「理由なんてない、わかるんだ」
いつもは私の言うことなら何でもデレデレしながら聞いてくれるカミルが、今日はなんとも頑固だ。困った顔をするしかない私。
「いえ、カミルの言うことは恐らく本当です」
「ロッテお姉さん、私もそう思います」
「そうね、カミル君がそう感じるなら、間違いないと思う」
だけど、クララとビアンカ、そしてヴィオラさんの獣三人娘が、口を揃えてカミルの味方をするの。
「魔獣は、魔力でその血縁を確かめるものなのです。自分と縁の続く者の魔力には、心が震えるのです。決して間違えることはありません」
クララにそう力強く言い切られたら、私は反論する言葉を見いだせなかった。
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