第317話 鬼が出た!

 数十体のゴブリンを討伐したところで、行く手に簡素だけど大きな小屋のようなものが見えた。


「あれが妖魔の本拠になっているのかな?」


「ゴブリンは、小屋なんか建てる知恵はないはずですけれど?」


 そうだよね、ゴブリンは天然の洞窟や木のうろを利用して生活することはあれど、建築の技術はないはずだ。すると、彼らはより上位の妖魔に率いられているということなのかしら。そんなこと考えていたら、騎士様から警告の叫びが上がった。


「オーグルだ! いったん引け!」


 やられた、やっぱり私、フラグを立ててしまっていたみたい。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 オーグルは普段あまりお眼にかからない妖魔だけど、とっても力が強いし、耐久力もあって魔法攻撃を浴びせてもなかなか倒せない、厄介なやつだ。


 動きを見る限り私の「弱体化」も、それほど効いていないみたい。聖女の業は、残り一発打てば品切れというところだし、考えて使わないといけないわね。


 騎士様がオーグルを囲んで攻撃を掛けるけれど、大型の棍棒をものすごい速度でぶん回す相手には肉薄出来ず、牽制くらいしかできていない。一人が勇を鼓して踏み込んだところにカウンターを浴びて吹っ飛ばされる。間違いなく一発で戦闘不能だ。駆け寄って手当てしてあげる余裕はない、なんとか生き残ってくれることを願うばかりね。


 円を描く騎士様の外側にいたカミルと殿下が、何やら短く相談していたかと思うと、ぐっと前に出る。


「どけっ、俺たちがやる!」


 いや、一応隣国の皇弟殿下なのだから、ケガをされたら困るんだけど……引き止める間もなく、二人はオーグルを挟んで前後から、挑発するような動きをし始める。


 新たな獲物に視線を移したオーグルが殿下にこん棒を振り下ろすけれど、速度型の戦いを得意とする彼は、軽々とかわす。そして背を向けた妖魔の脚を削るべく、カミルがロングソードを振るう。怒りに振り向くオーグルの背後からまた殿下が斬りつけて……これは、なかなか良い連携じゃないかな。やっぱりこないだ本気で剣を合わせているから、お互いの力特性が分かっているんだな。


 そうやって五分ばかり戦うと、オーグルの動きが悪くなってきた。カミルたちの狙いは、達成されつつある、もうちょっとね。


「やめろ! 手を出すな!」


 不意にカミルが叫んだ。その視線の先には、若い騎士様……オーグルが弱ってきたことで、これならやれると思ったのだろう。オーグルに一太刀入れれば、隊内の評価もきっと上がるでしょうしね。だけどそれは、妖魔の攻撃を間一髪で躱し続けていた二人の綿密な連携を崩す、外乱になりかねない行為だった。


 もう何度目かの横殴りに襲うこん棒を、殿下が常人よりはるかに速いバックステップで避けたその瞬間。彼の飛びのく先に、あの若い騎士様がいた。


 騎士様も殿下の邪魔をするつもりはなかったのだろうけれど、経験の不足している若者なのだ、百戦錬磨の殿下がどう動くかを読む力がない。そして自分の方に向かって殿下が向かってくるのが分かっても、素早く避けることができないのだ……だって騎士様の鎧は鋼のプレート製、私だったら歩くことすら危うい重量級装備なのだもの。


 そして激しく衝突してしまった二人は地に倒れ、無防備な姿をさらしてしまう。オーグルは自身にとって最大の脅威である殿下をまずは屠るべく、こん棒を高く振り上げる。これはマズい、とっておきを、今出すべき時だわね。


「雷光よ!」


 私のチャージしておいた聖女の力、その最後の一発を、オーグルの頭上から見舞う。最後まで浄化に使うか雷光に使うか迷っていたけれど、今は緊急時だ。私の浄化ではオーグルを弱体化させることはできても、あの棍棒を止めることはできない。それなら「雷光」で、いくつか数える間だけでも、動きを止められれば。


 狙いは一応、成功した。私の発した雷光は振り上げたこん棒の先端に落ち、妖魔の身体を一時的にだけど麻痺させたのだ。そして、やっとこさ稼いだ貴重な幾秒かを無駄にするカミルではない。彼は姿勢を低くして、渾身の力でロングソードを水平に、美しい円弧軌道を描かせつつ一閃。これまではじわじわ傷をつけるだけだったオーグルの足首を。一気に深く切り裂いた。


 その間になんとか体勢を立て直した殿下が、右足の自由を失って怒り狂い、なお闘志むき出しでカミルに襲い掛かるオーグルの左足首に、斬撃を送り込む。一颯入れたら逃げる前提だった時とはまったく違う、身体ごと思いっきり踏み込んだ渾身の一撃を。激しく肉に食い込んだ刀は抜けず、殿下は武器を失ってしまったのだけれど……左足の動きは潰すことができた。そして片足だけで踏ん張っていた妖魔がついにバランスを崩し、地面にその手をついた。


 その瞬間、カミルがにやりと笑ったように見えた。そうだ、彼が待っていた瞬間が、今なのだ。人間の二倍近い背丈を持つオーグルに致命傷を与えるには、なんとかして奴に頭を下げさせないといけなかったのだから。


 迷いもなく突っ込んだカミルが振りかぶったロングソードで首筋を切り裂き、返す刃で深々と剣をオーグルの首に突き刺し、貫通させた。妖魔はぴくぴく痙攣しながらもなお動いていたけれど、やがてただの肉塊となった。


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